源平の史跡を訪ねて

全国いたるところにある源氏と平家の史跡を訪ねています。少しだけ源氏物語の史跡も紹介しています。

布引の滝を詠んだ和歌(藤原忠通)

2005-08-31 01:45:51 | 布引の滝と和歌
                  藤原 忠通の詠んだ歌

  さらしけむ 甲斐もあるかな 山姫の たづねて来つる 布引の滝

滝の水の落下する様子を白布をさらすのにたとえ「来つる」に「着つる」をかけている。山姫は山の女神である。



7月16日にアップした「布引の滝を詠んだ和歌」の続きです。
カテゴリー「布引の滝と和歌」
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義経とホリエモン

2005-08-30 02:26:03 | 源平の歴史
義経とホリエモンは、私にはかぶって見えます。

義経は、平家にあらずんば人にあらずと豪語した平家を打ち破り武家社会の扉を開いた天才的戦略家。
ホリエモンは、Windows全盛のIT業界に挑戦して世界一のIT企業を作ろうとしているIT界の風雲児。

義経が活躍した年齢とホリエモンの年齢がほとんど同じです。そして、旧来の常識を覆す手法で社会に挑戦して勝利を手中にしています。

義経は、鵯越の坂落しや嵐の中猛スピードで四国に入り屋島急襲、壇ノ浦ではこぎ手を撃つ禁じ手を使い、ひきょうだと言われようが戦に勝って源氏の世を作る扉を開いた。
ホリエモンは、近鉄球団買収で名をあげ、フジテレビ買収では法の盲点をついた手段で多くの企業経営者を震えあがらせ、今、守旧派のドン亀井氏の地盤で立候補。
勿論、落ちるのも当選するのもどちらも想定内のことでしょう。どちらに転んでも世界一のIT企業を作るためにライブドアの知名度を上げる目的は達成します。

義経もホリエモンも勝つためには、常識にとらわれずに実行する点では同じです。

野茂が大反対にあいながらもメジャーに挑戦したことが、今や才能のある若者がメジャーに、サッカーではヨーロッパのプロチームでプレーをする道を切り開いた。
音楽の世界では、プレスリーもビートルズも出てきたときはTVにも出演させてもらえなかった。しかし今、彼らの流れを継承したロックが全盛で、誰も不良の音楽だなんて言う人はいない。

いつの時代でも、若者が世に出ようとするとブーイングやパッシングにあうが、それを乗り越えて新らしい時代を作っていく。


義経は、ドラマの世界では「戦のない平和な世をつくるため鎌倉殿のために働く」という理想的なことを言っていますが、本当はギラギラした野望を持って「自分こそが武士の世の棟梁になってやる」と思っていたでしょう。それを警戒した頼朝が戦では天才的能力を発揮するが世渡り下手な義経を討ち滅ぼす。
「義経、信長、長島」は絶大な人気はあるが野望を達成することは出来なかった。「頼朝、家康、王」は人気は劣るが磐石な基盤を築いた。

さてホリエモンはどうなる、結末はこれからです。 
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28日大河「妹への密書」

2005-08-29 01:12:20 | 大河「義経」
注目の義経をとりまく3人の女の場面は、前半に登場して直ぐに次の場面に変わってしまいました。義経の正妻・萌、愛人(妾)・静そしてうつぼとこれだけ集まればもめごとがあってもおかしくないのに、そこはテレビ、仲良く「義経様の留守を守る」と一致団結。昔でもこんなことってあるの。義経君は幸せ者、当代一のプレイボーイ。しかし、これほど寛大な女性が3人も居るなんて考えられない。又この場面あまりNHK的ではないです。

うつぼの存在がよく分からない。設定では、義経とは幼馴染で、義経に思いを寄せるが、静が現れ義経をとられてしまい、ある男性と結婚するが男は死んでしまう。義経が頼朝に追われて平泉に行くと後を追い義経の最後を見取る。
義経の追っかけをしている中途半端な役どころでいなくてもいいようなもんですが、当代随一の若手人気女優「上戸彩」を随所に登場させるための苦肉の策なんでしょう。

次回9月4日放送「決戦・壇ノ浦」はNHKも力が入っているようです。


26日(金)夜からネットへの接続がうまくいかなかった。あまりにも時間がかかるので27日0時ころからインターネットやめていました。29日1時ころにやっと正常になりました。原因は不明ですがMSNデスクトップサーチをインストールしたせいかなと思って削除したら直りました。しかし、デスクトップサーチが原因かどうかはわかりません。
とゆうわけでコメントの返事が遅くなってすみませんでした。
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源平史跡訪ねる資料

2005-08-28 00:13:12 | 源平の歴史
神戸市内の源平の史跡を訪ねるのに使っているマップです。神戸市総合インフォメーイションセンターや駅などに置かれています。
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残暑お見舞い

2005-08-27 00:43:07 | 風景

朝晩、少しは涼しくなってきたようですがまだまだ暑さは続きますのでお体ご自愛ください。

大河「義経」もいよいよ後半戦に入ってきました。
当ブログでは今後も源平に関する史跡を紹介していきますのでよろしくお願い申し上げます。
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28日「義経」予告

2005-08-26 01:25:05 | 大河「義経」
28日は「妹への密書」、ドラマの内容よりも若手4女優の競演が見所です。

うつぼ(上戸彩)と静(石原さとみ)が会っている所へ義経の妻・萌(尾野真知子)が姿を見せる。本来ならここで義経をめぐって3人の女が壮絶なバトルが繰り広げられるところですが、
「義経様の留守をともに守りたい」と仲良し3人組となる。

義経の妹・能子(後藤真希)も出番が多くありそうです。

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羅漢像

2005-08-25 01:42:38 | 義経道コース
多聞寺に登る脇参道に羅漢像が置かれています。写真のチビ羅漢が約100体と大きいのが20体ほどです。
鞍馬の羅漢像と同じく、同じ顔の羅漢像はありませんでした。

逆光写真の撮り方でアドバイスをくださった方、ありがとうございました。
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多聞寺

2005-08-24 02:28:34 | 義経道コース
平清盛が福原遷都のとき、京の鞍馬山に擬して新都の守護として伽藍を建てたと伝えられています。又、都北辺の防禦の拠点とした。
義経の別働隊が福原を背後から突こうとしたとき、多門寺のみ平家に味方したので、焼かれ寺領も没収された。

写真の寺入り口から百段ほどの階段を登った山の上にお寺があり、山城のようです。
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再び布袋寺その2

2005-08-23 10:21:57 | 義経道コース
お寺の周りは田んぼや畑でイチゴが栽培されています。季節にはイチゴ狩りが楽しめます。

お寺から10分くらいの所に神戸電鉄の二郎駅があります。小さなプレハブのボックスがポツンと建っているだけで無人、乗り降りする人も見かけませんでした。駅前には家が2軒建っていてあとは田畑山に囲まれています。

昔は、このあたり一帯がお寺の敷地だったのではないでしょうか。


写真を逆光で撮ると絵が暗くなりソフトで修正すると画像が荒れますが、逆光で撮る場合の注意点を教えてください。
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再び布袋寺

2005-08-23 00:24:04 | 義経道コース
 22日、神戸の一番北にある史跡を訪ねました。

平教経(のりつね)の子孫である宮崎弾正二郎広綱の開基と伝えられ、かっての領地であったこの地を二郎と名づけこの寺を建立した。今でもこの辺りの地名は二郎です。
寺には、清盛の自画像、琵琶塚碑面文字の屏風、清盛塚移転時の経石2個があります。

お寺には人がおられませんので所蔵品を見ることができませんでした。

※教経は、屋島の合戦時、佐藤継信を射殺した弓の名人。
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