源平の史跡を訪ねて

全国いたるところにある源氏と平家の史跡を訪ねています。少しだけ源氏物語の史跡も紹介しています。

室津と平家

2013-03-19 02:15:02 | 源平合戦

都で勢力を増していた義仲軍を討つため、平家軍は、知盛、重衡を大将軍に、二万余騎で室津の室山城(兵庫県たつの市御津町室津の港奥の山の頂上付近)に陣を取った。

1183(寿永2)年11月源行家は五百余騎をもって室山に押し寄せたが平家軍に打ち負かされました。
こうして水島、室山両合戦に勝利を治め、1184年(寿永3年)1月
にはかって平氏が遷都した摂津福原に戻り、播磨との国境に一ノ谷の城郭を構え源氏に備えた。

室津は、平家に勢いがあったころ、平家の軍が陣取っていました。


 

海駅館に、清盛の肖像画と平治の乱を描いた屏風があります。

平治合戦

シーボルト(賀茂神社について記述そています)


海駅館


平清盛と室津

2013-03-16 02:17:10 | 平清盛

1190(治承4)年、平清盛が宮島に行く時に寄港した室津、昔の風情を残した港町です。

(兵庫県たつの市室津)


室津港全景(右の森に賀茂神社があります)

上の説明文の中で1190年とあるのは、1180年の誤りです。

清盛は、賀茂神社に参拝しています。そのことが「高倉院厳島御幸記」に記されています。
「(賀茂神社には)立派な社殿が五つ、六つ並びたち、巫女たちが集まって休みなく神
楽を奏し。」




賀茂神社石段



本殿

 


江戸時代の賀茂神社
右の方に石段があります。今もほとんど変わらすに建物が配置されています。


シーボルトが見た賀茂神社


賀茂神社から見た景色

 


室津の歴史
●神武天皇の時代に、この地に港を造ったと言われています。
※神武天皇は、初代天皇で日本書紀、古事記に出てきます。天皇即位は、紀元前660(神武天皇元年)年

●播磨風土記に「この泊り、風を防ぐこ室のごとし、ゆえに名となす」と室津の名の由来を記述しています。713(和銅6)年奈良時代

●万葉集に唐荷島や鳴島が記載されています。726(神亀3)年

●摂津五泊に河尻(大阪)、大輪田(神戸市)、魚住(明石市)、韓泊(姫路市)、室津(たつの市)として制定される。729(天平年間)年

 兵庫県たつの市室津 (地図

 

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