今年も残りわずか…。いろんなことがありました。12月上旬から、気分的にいっぱいいっぱいになってしまいまして。結局犠牲になるのが、ここでの活動だったりします。リア充も大概にしとかんとね。
先日、深夜映画で『マディソン郡の橋』を見ました。ツッコミ所満載の映画だったのだけど、うーむと考えさせられる部分もありで。ああ、アメリカの片田舎の主婦だって、似たような想いを抱えて生きていたんやなぁ…なんてサ。
思春期の子どもにツンツンされながら、気丈に一家を守っていたヒロイン(メリル・ストリープ)が、行きずりのカメラマンに、ふらっとよろめいてしまう訳ですよ。このカメラマンがね、クリント・イーストウッド。撮影当時、御年60ウン歳ですか。いくら’中高年の恋’をテーマにした作品つったって、年行き過ぎだ! (爺ちゃんにしか、見えませんでしたからーっ)
クリント・イーストウッドと言えば、老体に鞭打ち暗殺犯を追跡する『ザ・シークレット・サービス』の芝居が印象に残っておりまして。あの作品でさえ『マディソン郡…』より前ですもん。もう無理っしょ感しか出てこない。ヒロインは女ざかりMAXのお年頃だからいいけどさ~。あんまりドキドキさせると、彼の心臓に悪いわよぉなどと、いらぬ心配をしつつ、二人の恋の行方を見守ってしまうのでした。
メリル・ストリープ、きれいだったな。 初めてそう思えた(←こら)。子どもたちからすると、困ったオカンなのだけどね。
母が亡くなり、貸金庫があるというので、いそいそと出かけて行くのよ。もしやお宝!?なんて期待するのが、人情やないですか。ところが中から出てきたのは、かつての恋の証。自分たちの窺い知れなかった母の顔が、ひょっこり飛び出しまして。’ばぁ~’ びっくり箱 びっくり箱 驚いた…明石家さんまの歌じゃあるまいし、いたずらにも程がある。
予想だにしなかった真実を眼前に突きつけられ、逃げようとする長男、受けとめようとする長女。’男って、やっぱ弱い生き物なんやなぁ’ じんちゃん、いたく納得。ここですなぁ~!それでも健気な彼らは、家族が留守をしていた4日間に、母の身に起こった出来事を辿りつつ、わが身を振り返って、行き詰りかけていたパートナーとの関係を、紡ぎ直しちゃったりするのです。ポジティブだよねぇ。涙が出る程に。
あなたについて行きたいの♪でも、イケナイわ。行けないわっ。身もだえしながら、家族を守った甲斐があったって訳だ。しかし、メリル・ストリープの感情移入っぷりもスゴい。道を尋ねる為にぶらり、立ち寄ったおっさんにゾッコンとなり、それからの4日間に、女としてのすべてを、一気にぶち込む。うりゃあああああ。正直たまりませんね。何が、彼女をそうさせたのか?なんて想いを馳せ出すと、エピソード1とか2とか、サイドストーリー(←どっちかっつーと、こっちが気になるのだ)がぽこぽこ生まれそうよ。
家庭の中心で、ドッカリ存在しているはずのヒロインが、置いてけぼりを食らったように、自信なさげにしている。向こうの女性ってサ、もっと意識が高くて逞しいイメージだったから、この設定は、ちょっと意外だったな。舞台となった土地柄の所為なのかもしれないし、そういう時代だったのかもしれないけれど。約20年前、この映画が世界的にヒットした背景には、そういったヒロインの心情を理解できる土壌が、まだまだ残っていたんじゃないかと。行きずりの男になびく人妻の心持ちとして、興味深かった。
さて、じんちゃんの2013年は悲喜こもごもでしたが、どうやら笑顔で年を越せそうな感じ。不本意な結果に終わったこともあった。が、己の努力だけではどうしようもなかったと解釈している。しんどくても、辛くても、頑張れば頑張っただけ、やったーと充足感の得られる、そんな場面が、自分に残されていただけ幸せ。
来年も、本読んで、映画を観て、エッセイ書いて、マイペースでやっていけたら、御の字かな。西野カナ。
先日、深夜映画で『マディソン郡の橋』を見ました。ツッコミ所満載の映画だったのだけど、うーむと考えさせられる部分もありで。ああ、アメリカの片田舎の主婦だって、似たような想いを抱えて生きていたんやなぁ…なんてサ。
思春期の子どもにツンツンされながら、気丈に一家を守っていたヒロイン(メリル・ストリープ)が、行きずりのカメラマンに、ふらっとよろめいてしまう訳ですよ。このカメラマンがね、クリント・イーストウッド。撮影当時、御年60ウン歳ですか。いくら’中高年の恋’をテーマにした作品つったって、年行き過ぎだ! (爺ちゃんにしか、見えませんでしたからーっ)
クリント・イーストウッドと言えば、老体に鞭打ち暗殺犯を追跡する『ザ・シークレット・サービス』の芝居が印象に残っておりまして。あの作品でさえ『マディソン郡…』より前ですもん。もう無理っしょ感しか出てこない。ヒロインは女ざかりMAXのお年頃だからいいけどさ~。あんまりドキドキさせると、彼の心臓に悪いわよぉなどと、いらぬ心配をしつつ、二人の恋の行方を見守ってしまうのでした。
メリル・ストリープ、きれいだったな。 初めてそう思えた(←こら)。子どもたちからすると、困ったオカンなのだけどね。
母が亡くなり、貸金庫があるというので、いそいそと出かけて行くのよ。もしやお宝!?なんて期待するのが、人情やないですか。ところが中から出てきたのは、かつての恋の証。自分たちの窺い知れなかった母の顔が、ひょっこり飛び出しまして。’ばぁ~’ びっくり箱 びっくり箱 驚いた…明石家さんまの歌じゃあるまいし、いたずらにも程がある。
予想だにしなかった真実を眼前に突きつけられ、逃げようとする長男、受けとめようとする長女。’男って、やっぱ弱い生き物なんやなぁ’ じんちゃん、いたく納得。ここですなぁ~!それでも健気な彼らは、家族が留守をしていた4日間に、母の身に起こった出来事を辿りつつ、わが身を振り返って、行き詰りかけていたパートナーとの関係を、紡ぎ直しちゃったりするのです。ポジティブだよねぇ。涙が出る程に。
あなたについて行きたいの♪でも、イケナイわ。行けないわっ。身もだえしながら、家族を守った甲斐があったって訳だ。しかし、メリル・ストリープの感情移入っぷりもスゴい。道を尋ねる為にぶらり、立ち寄ったおっさんにゾッコンとなり、それからの4日間に、女としてのすべてを、一気にぶち込む。うりゃあああああ。正直たまりませんね。何が、彼女をそうさせたのか?なんて想いを馳せ出すと、エピソード1とか2とか、サイドストーリー(←どっちかっつーと、こっちが気になるのだ)がぽこぽこ生まれそうよ。
家庭の中心で、ドッカリ存在しているはずのヒロインが、置いてけぼりを食らったように、自信なさげにしている。向こうの女性ってサ、もっと意識が高くて逞しいイメージだったから、この設定は、ちょっと意外だったな。舞台となった土地柄の所為なのかもしれないし、そういう時代だったのかもしれないけれど。約20年前、この映画が世界的にヒットした背景には、そういったヒロインの心情を理解できる土壌が、まだまだ残っていたんじゃないかと。行きずりの男になびく人妻の心持ちとして、興味深かった。
さて、じんちゃんの2013年は悲喜こもごもでしたが、どうやら笑顔で年を越せそうな感じ。不本意な結果に終わったこともあった。が、己の努力だけではどうしようもなかったと解釈している。しんどくても、辛くても、頑張れば頑張っただけ、やったーと充足感の得られる、そんな場面が、自分に残されていただけ幸せ。
来年も、本読んで、映画を観て、エッセイ書いて、マイペースでやっていけたら、御の字かな。西野カナ。