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リアル

2006-07-24 22:32:07 | Weblog
自分には4つのふるさとがある。

なんか、この前見た日本沈没をまだ引きずってる。
映画を見たとき、不思議な感覚があった。よく、できているとはいえ作り物の絵、実感を伴って見られるはずもないんだけど、妙に入り込んでしまうときがある。あとで考えると、前に住んだことのある場所だった。東京出身だけど、今までに札幌・名古屋・そして広島に住んだ。どれも、そんなに長く住んだわけではない。でも、自分の足で歩き、自転車に乗り、クルマで走り、確かに自分はそこにいた。

ジャワの津波では600人犠牲者が出たらしい。ひどい話だ。けしてヒトゴトではない。でも実感は沸いてこない。想像力が足りないのだとは思う。

神戸に行ったことがある。賑わう三宮、そびえるビル、大阪やリゾートと結ぶ阪神高速、明石焼き。同じ港町の横浜に似たおしゃれな街並。

1年後、大きな地震が襲った。自分が走った阪神高速がピアノの壊れた鍵盤のように無残な姿になっていた。ビル街も三宮も元のサマを想像できない姿になった。

言葉をなくした。

すれ違っただけの街なのに、そこにはリアルがあった。

その場所に行くではなく、人がその場所に住むってことはもっと大変なコトだ。人は本当に土地に縛られる。家に縛られ、町に縛られ、国に縛られる。その場所が正義で、その場所を中心にしてしか考えられなくなる。アメリカやオーストラリアの世界地図を見ると日本が見つからないらしい。今度見てみよう。

4つのふるさとは映画にリアルを与えていた。映画を通して、その場所のイメージが浮かんできて、それが実感に変わる。そのとき確かに、津波の前に自分が立ち、逃げ場を無くしていた。現実に起こることがリアルなのじゃなく、人の心がリアルを作る。偽物でもリアルなら意味があるのかな。

でも、いいことは多い。その地域出身の高校が甲子園で活躍したとき、なんかうれしい。NNN24でふるさとニュースを見ると何かなつかしい。そこの出身者との話が盛り上がる。観光客の行かない場所に行ったことがあるのは、ちょっと優越感(そのくせ観光で行くところにあんまり行ってなかったりする)。写真は札幌時計台。住んでたときは近すぎて、何とも思わなかったけど、離れてみると確かに札幌そのものだ。ふるさとって、そんなものでしょう。
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サバイバル/山本圭一

2006-07-24 00:16:22 | Weblog
生き残るのって大変、日本沈没しなくても。

HGとか小梅太夫とか、どうして、そういうイバラの道を選ぶのか。どう考えても、定着しないし、転身が難しい。急にスタイル変えたら、違和感が。

古谷三敏って漫画家が落語家の話を書いてるんだけど、その中で、印象的だったのは、自分の妻に「俺はしばらく売れないつもりだ。迷惑かけるけど、辛抱してくれ」ってシーン。すぐ売れるとすぐ飽きられる。天才は下積みが長くなくても、大丈夫かもしれないけど、凡才は引き出しが少ないとすぐ終わるんです。下積みはそのためにある。
付け加えると、天才でも生き残るのは大変。サザンにゆーみんに中島みゆき。みんな、ビッグネーム。でも、ユーミンはつらくなってる気がする。派手にやり過ぎた?サザンはずっといいけど、はじめのころのように、コミックソングみたいな先鋭的な歌のヒットが無くバラードばかり。中島はロングヒットとかスローペースで息の長い仕事。これもありか、と思わせる。

こんだけ、みんな苦労してる。生き残るのは大変。サラリーマンじゃないから、「とにかくウケなきゃ」ってことで派手な方向に走るのは分かるけど、生き残れるのかな。

ひょうきん族から見てるから、誰が生き残ったか知ってるけど、たけしにさんまに紳介?みんな派手な笑いが無くても生き残れるやつばかり。人間は飽きっぽいんだな(関西人は優しいみたいだけど)。

だから、腹が立つ、山本。芸人の下半身がゆるいのはいいけど、本業終わらせてどうする。君はピラミッドの上の方にいたんだぞ。

それがどれだけ大変なことか。どうにも寂しい幕切れだよ。
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