40年前ビートルズがやってきた!

東京公演のオープニングナンバーはチャックベリーのカバー曲
『ロックンロールミュージック』だった!

40年前の1966年6月30日、イギリスの4人組のロックグループ
ザ・ビートルズが日本公演にやってきた。

といってもオレはリアルタイムで見たわけではない。

10年以上前にTVで放送されたザ・ビートルズの東京公演の映像を
見たのだ。

映像ではコンサートの様子だけじゃなく、1966年当時の東京の様子なども
映されていた。
昭和41年当時の東京の映像はさすがに昔だな~と思うのだが、
ビートルズのメンバーの姿と音楽は全然古さを感じさせない。
今見てもたしかにオールディズな雰囲気はあるものの十分にポップだ。

彼らのうちジョンとジョージがすでに他界したなんて・・・
そう思うと悲しさを感じる。

でも今日1日『ビートルズディ』としてビートルズの曲を流し続けている
J-WAVEのFM放送を聴いているとジョンのシャウトするボーカルもジョージのギターも健在。
彼らの音楽が空間に流れればいつもそこに二人はいる。
そしてビートルズはいつもオレのそばにある。Let it Be



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今日のシジュウカラ

今朝も早朝からシジュウカラの夫婦は雛のためにせっせとエサ運び。

なんとか写真を撮ろうと思うのだが・・・とにかく動きが早い。
もうなんだかんだでカメラを持って30分も待ってるんだけど・・・

そろそろ限界・・・朝食たべなきゃ会社に遅れる・・・と思ったとき・・
親鳥が飛んできて巣箱の前で少し静止してる。

「今だっ!」と撮ったのが下の写真

園芸用の棒を巣箱の近くに取り付けて止まり木の代わりにしたら、
そこにちゃんと停まってくれた。

写真を撮るのに夢中で近くにいって、シジュウカラを驚かせたくないから
この距離くらいが限界だな。




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あれから1年

今日は暑い一日だったけど、たしか1年前の今日も暑い日だったような記憶がある。
最後は食堂でコーヒーを飲んで別れたね。

あの教室から巣立って今日で1年。
早いような、それでいていろいろあったな~とも思う。

20年ぶりでの学生生活は新鮮だった。
いままでの生き方のリカバリーができた7ヶ月間。
少し硬くなりかけてる頭だけど、いまでもなんとか習ったことの輪郭だけは覚えている

今は仕事についたけど順調というわけでもなくいろいろあるけど、
あそこで学んだことを思い出すと、人生なんとかやっていけるんではないかと思うことが多い。

最後まで楽しく学んだ(遊んだ)仲間たちは最高だった。
なかなか会えないけど、たまには会って楽しい時間をすごしたいものだ。

それからあの日から会ってない人たちのこともみんな覚えている。
そして恩師の両先生。
どうかみんな元気ですごしていてほしい。
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入居者あらわる!

              
ついに入居者が決まった!
以前庭の木に巣箱を取り付けた記事を書いたけど
二つ取り付けたうちの一つに住人が住み着いた。

上の写真の巣箱の右上にある枝に停まってる小鳥がわかるだろうか?

拡大すると


こんな感じ


しじゅうから だ!

今月初めから、つがいでこの木の周りを飛び回っていたなと思ったら、
巣箱の中に産卵用の巣を作った。
ここ二三日かなり頻繁に巣箱に餌をくわえて飛んでくるので、
雛が卵からかえったのかもしれない。

ここから雛が巣立つまで三週間ほどかかるらしい。
休日は驚かさないように注意しながら観察していきたいと思う。
このブログにも、もっとくわしく記事を書きたい。
それに、もうちょっとしっかりした写真がとれるようにも頑張りたい。

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もっぱらこれっ!

最近梅雨といえどもそこそこ気温が高い。
そーなるとどうしても1杯飲みたくなるのがビール。
しかし仕事から帰ってくれば腹も減ってるからお米のご飯も食べたいんだよな。

でもねービールとご飯を普通に食べるとカロリーがね~。
いま話題のメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)になりたくないし。

そんなことで最近はこの発泡酒『サントリー・ダイエット』
カロリーや糖質は


こんな感じ

1本あたり約80カロリーくらいだ。
これならおかずを取りすぎなければ、ご飯も少しは食べられる。

味は同じサントリーのビール『モルツ』と同じで天然水仕込み。
モルツよりはコクがないというかすっきりした味。

夏場に向ってオレには強い味方だ。
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ユアスタにザイの気迫!みちのくダービー両者譲らず!(第24節山形戦)


<試合開始2時間前にすでに山形サポーター席はほぼ満席>

<ダービー記念グッズは発売1時間もたたないうちに売り切れ>


ベガルタ仙台1-1モンテディオ山形  
みちのくダービー…やはりこのカードだけは別格だ。
ベガルタ仙台対モンテディオ山形。
今日の試合の入場者数はほぼユアスタ満員の18500人。

前回4月に山形で対戦した時は3-0とダービー史上最多得点差でベガルタが勝った。

今回も前半開始4分ほどでCKからボルジェスのゴールで先制!・・・
・・・と思ったのだが惜しくもオフサイドの判定

前回の再現ドラマのような大量点の勝利ならこの判定が分岐点だったと思う。
この微妙な判定でベガルタは波の乗りそこねた。

そこででてきたのがあの男…元ベガルタ10番の財前宣之だ。
ペナルティエリアのすぐ外でベガルタの選手がファールを犯して山形のFK。
キッカーはもちろんザイだ。
あの高速で艶っぽいカーブを描いてピンポイント飛んでくるボールが
ベガゴール前に詰めていた山形DFの内山の頭にあたりゴール!山形1点先制!

しかし一瞬の隙、誰も内山をマークしていないとは・・・。
そこを狙うザイ・・・やはりスゴイ。

最初の5分ほどはベガルタの一方的な試合になりそうな感じだったが
この1点で流れは完全に変わった。

サイドで財前が攻撃の起点になりクロスを入れるは、
ドリブルで突破してくるはで仙台ゴールに襲い掛かる。
セットプレーになればまた正確なボールをゴール前にいれてくる。
マークにつく菅井は完全に翻弄されっぱなし。
完全に試合は山形に流れがいく。

仙台は先制点を奪われたことによりダービーに絶対勝たなくてはならないとの意識が強まり、それが単調な攻めになってしまった。

まさに財前の思う壺にはまった感じだ。
本当に敵にすると恐ろしい選手である。

30分過ぎにやっとベガルタの選手が落ち着きを取り戻すとだんだんと
ベガルタに流れがやってきて前半終了間際にカウンターから熊林のパスから
ボルジェスのゴールが決まり同点!

後半はベガルタが主導権をにぎるが山形が完全に引いたかたちで
カウンター狙いになったため最後まで攻めるが点が入らずドロー。


両チーム惜しい場面もあったがやはり両者の意地がぶつかりあうダービー。
その独特の雰囲気がプレーの一つ一つに影響をおよぼす。
これがダービーの難しいところかもしれない。


しかし現在3位のベガルタ、上の二つ柏と横浜も引き分け、
すぐ下の神戸も引き分け。
引き分けは残念だが負けていたら大変なことになっていた。
まさに上位混戦のJ2はこまめに勝ち点を積み上げていくしかない。

※久しぶりで仙スタで見る財前。
いまや押しも押されぬ山形の中心選手。
クロス、ドドリブル・・・久々に見るそのテクニックはやはり素晴らしかった。
オレは怖さとうれしさが交わった感情でそのプレイを見ていた。

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すべてのピッチはW杯へつながる(明日はみちのくダービー)


今日の早朝、ワールドカップドイツ大会で我らが日本代表は
2次リーグ進出をかけて王者ブラジル代表と戦った。
玉田のワールドクラスのシュートで先制点をあげたが、
力の差が大きく1-4で負け今大会の1次リーグ敗退が決まった。

非常に残念な結果だが、これが現在の日本の実力と認めざるえない。

でも、下をむくことはない!
気休めを書く気はないけど、
ほんの10年前までは親善試合以外で・・・公式戦でブラジル代表と戦うなんて考えられない夢の世界の話だった。しかもW杯でだ。

W杯への出場、そしてそこで王国ブラジルとの戦い…日本サッカー界はこの10年でその夢をかなえた。
今日負けた悔しさはある・・・でも日本のサッカーはまだまだこれからなんだ。
アジアを制圧するサッカーができたんだから、
次はそれを世界に通用するサッカーに育てていけばいい。

日本のW杯ドイツ大会は終わった・・・でも日本のサッカーは終わっちゃいない。
明日もスタジアムや学校の校庭、公園で・・・
日本の各地のピッチでサッカーは行われている。

この国の代表が強くなるように、みんな身近なサッカーを応援してほしい。
子供たち、学生、アマチュア、J2、J1・・いろいろなこの国のサッカーを
愛し応援してほしい。



いよいよ明日は今季2度目の『みちのくダービー』
上の写真は明日の自由席の開門待ちの順番を確保するために貼られたシート。
かつては徹夜で開門待ちとかしていたのだが、騒音や近隣住宅への配慮から
禁止になった。
だが人が並ぶ代わりにシートを貼ることで順番を確保できる。


午後5時にそのシート貼りが解禁になり、試合当日の午前10時30分(午後2時開始の場合)そのシートの位置に来ていればOKなのだ。

オレも仕事を定時でやめて貼りにいって午後6時30分に到着。
すでに写真のようにかなりの枚数が貼ってあった。

仙台側も山形側もサポーターの応援席はチケット完売している
明日はドイツに負けない熱い戦いがユアスタで繰り広げられるだろう。


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100点満点(第23節愛媛FC戦)

愛媛FC1-2ベガルタ仙台   

写真は2001年にベガルタ仙台がJ2最終戦の京都パープルサンガ戦で
ロスタイムに10番財前宣之(現モンテディオ山形)が決勝ゴールを決めて
J1昇格を果たしたのを記念して販売されたタオルマフラーだ。

翌2002年はベガルタのJ1元年とワールドカップの日韓共催があり、
あの年の今頃は本当にお祭気分だったな。
あれから4年の月日が流れ今年はW杯ドイツ大会。
そして我がベガルタは日韓W杯の年はJ1に残留できたものの、
翌2003年にリーグ下から2番目の成績でJ1残留に失敗。
2年間のJ1時代からまたもとの2部リーグへと降格した。

あの降格から3年目。今年こそはJ1へ再昇格したい。
だから縁起をかつぎ、このタオルマフラーはコレクション用で
いままでは実際身にはつけてはいなかったのだが、
今年は通常のヤツの代わりにこれを首に巻いて応援している。

そんなに入れ込んでる甲斐があって今年は上位にいると思っていたら
7日の東京ヴェルディ戦で審判の不思議な判定で負け、
さらにその後遺症でベストメンバー組めず次のコンサドーレ札幌戦に完敗。

そして今日は前の試合から休養も修正にも時間がとれない中3日の
短い間隔での試合、相手は遠く暑い四国の愛媛FC相手のアウエー戦。
まさに絶不調のチーム状態にとっては厳しい条件だ。

ブラジルトリオが揃えば何とかなるかと思われたのだが、
いざ試合が始まるとどこかチグハグ。
あの連勝していた頃の勢いはまったくない。
とくに日本人選手が自信なさげにプレイしている。
後ろから押し上げて攻撃に絡む動きが少ない。


そんななかキャプテン左SB村上の気合の入ったプレイで先制!
もしかしてこれが虎の子の1点になるかなと思っていたら・・・
後半の16分に相手に同点ゴールを許してしまう。

なんかどこかの国の代表チームのような展開じゃないか
ここは勝ちをねらうのか、それとも三連敗を避けるためとりあえず
引き分けに持ち込むのか?
どこかの国の代表のようにならないようにチームの意思を統一してくれ~!

そこでサンタナ監督は動いた。
残り8分、攻守のバランスを崩すことにはなるが中盤のリャンを外し、
切り札ジョーカーFW萬代の投入だ。
その前にスピードのある関口を入れていたからあきらかに攻撃モード。
この交代人事を見る限り間違いなく監督は勝利に執念を燃やしている。

・・・なんてわかりやすい意思伝達の交代だ。
その勝利への執念が伝わったのか、残り6分に交代でピッチに入った
萬代が決勝のゴールを決めた
失敗すればパスを出せば良かったのにといわれそうな強引なシュート!
いいんだよ!日本人FWに致命的に欠けてるのはその強引さなんだから。
萬代もブラジル人FWのスピリットが乗り移ってきたね。
あんなシュートを打つとは恐れ入った。
勝負をかけた監督とそれに応えた選手・・・終わり良ければすべて良し!

内容がどうのこうのは今日は止める。
今日は勝ち点3をとることが何より大切だった。
サバイバルリーグのJ2ではこんな泥臭い勝利を奪うことができることが大切だ。
その目的を果たしただけで100点満点だ!

そして週末のみちのくダービーに心を向けよう!

(試合後の監督のコメントにあるこのスタジアムの土が固く、パスを出すのに2タッチくらい必要でパスサッカーのベガルタに不利で、スピードのある愛媛に有利だったなど素人にはわからないことも多いのでうかつに内容批判もできない。)

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散歩道の異空間

    
子供の頃、水木しげるのマンガが好きだった。
ストーリーよりも、その絵に魅かれていた。
ゲゲゲの鬼太郎や河童の三平などの主人公や
妖怪などのキャラクターの絵よりも、
オレが興味をもっていたのはその背景に描かれている風景だった。

水木マンガは人物や妖怪の絵が、わりと単調なデフォルメされた線で書かれているのとは対照的に、背景は実に細かく写実的に描かれている。

特に田舎の風景はすごく幻想的で神秘的だった。
こんなところなら精霊やら妖怪やらいろんな不思議なモノがいてもおかしくないと思えた。
そしてその絵にはよく『道祖神』(どうそしん)が書かれていた。

オレの家のある仙台市北西部の団地の周辺はまだ農村地帯が多く、
散歩道の林には上の写真のような道祖神がある。
団地の太い道を脇にそれて、初めてこの道を歩いた時
「うぉ~!この雰囲気はまるで水木しげるの絵の世界じゃないか!!」
と驚いた。

この道祖神というのは道の神様で民間信仰の神様とのこと。
悪いものが村の集落に近づかないように道を守る神様らしい。
またその近くには下の写真のような氏神様を祀った祠のような神社もある。


きっと昔の人たちには神様が身近な存在だったんだろう。

さすがに夜一人でここを歩く気はおきないが、昼間は怖いというよりも
神聖な清清しい空気が漂っている。

休日にこんな道を1時間ほど歩き家にもどってくるとかなりいい運動と気分転換になるのである。
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父の日

   
今日は父の日だがこの時期、我が家の庭にはサツキの花が咲く。
5年前に他界した親父が生前趣味で栽培していたものだ。
前は80くらい鉢あったのだが、親父の代わりに花の世話をするのは大変で、
花の好きな知人や近所の人にあげて今は30鉢まで減った。

もう水をかけるくらいで剪定やら植え替え、肥料やりなどもやっていないのだが
生命力が強い植物なのだろうか、毎年花を咲かせては生前庭で折りたたみイスに腰をおろして花の手入れをしていた親父の姿を思い出させてくれる。

オレの親父は趣味に生きた人だった。
若い頃は釣りに夢中だったようで小学生の低学年の頃まで
よくオレを釣りにつれていってくれた。
オレが小さかった5歳くらいのときは自動車などまだ無くて自転車に子供用のイスをつけて1時間以上かけて仙台市東部の川までつれていってくれていた。

その後はパチンコが趣味だった。
会社帰りは飲みに行くことはなく、ほとんど毎日2時間くらいパチンコをして帰ってきていた。
まぁ今よりギャンブル性の少ない機械だったから身を潰すまではいかなかったけど
かなりのめりこんでいたな~。

60歳で定年を迎えたあと1年ちょっと嘱託として勤めた後、
親父は仕事を辞めた。
その当時はオレも若く、周りの親父と同年代の人がまだバリバリに
働いているのをみて親父がだらしなくみえて嫌悪感を覚えたものだった。
けっこうキツイことをいったり、モロに態度にだしたこともあったと思う。

若い頃は気性が激しい親父だったが、その頃はそんなオレの態度にも特に反応せず静かに花いじりを楽しんだり、好きなパチンコをしたりしてすごしていた。

そんなたいして会社生活では成功せず案外早くリタイアした親父だったが
会社の若い人や女性事務員などには慕われていたようでよく手紙やハガキが
届いていた。
そんなことがわかったり、自分も社会生活が長くなるなかで親父の気持ちが
理解できるようになった。
亡くなる5年前くらいからは一緒によく温泉などに行くようになった。

よく歴史の本などを読むと洋の東西を問わず父親と息子が争った例は多い。
どうしても男同士だと張り合う部分が生まれるのだろうか。
たしかに親父というのは越えるべき存在としては一番身近な存在なのかもしれない。
そんなギクシャクした時期を過ぎて、また子供の頃親父に釣りを習ったように、
オレも将来迎えるであろう老年期のすごし方など親父の話を聞きたかったのだが、
そんな気持ちが芽生えだした頃は時すでに遅しで、病院で医師から親父が末期ガンで余命がいくらも無いことを知らされた。

親父との最後の2週間は病院の特別室を借りてすごした。
料金は高かったが、もうこの人とどこに旅行に行ったりとかもできないなら
その分をここで使おうと思った。
痛み止めの薬のせいで意識が朦朧としていてもオレが会社にいってくると
告げると布団から手を出してかすかに振って送り出してくれた。


生前から常々痛い思いをしてまで長生きしたくないといっていたので
最後は無理な延命措置はとらず親父の意思を尊重した。


4年前からオレの父の日は庭のサツキの花を見ながら、そんないろいろことを
花の手入れをする親父の姿とともに思い出す日になった。


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