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胃癌日記51(番外編1-5)

2012-11-16 19:50:06 | 闘病

      胃 癌 日 記 51(番外編1-5)

      -スキルス胃癌発見の日(10月15日)から1年の日々-

              夏期登山の大峰山脈、弥山・八経ヶ岳

 

 (近畿地方最高峰の八経ヶ岳西面)

 (8月15日の続き)

 暫く尾根道を歩くと下り坂となってきて、だんだんと沢の音も聞こえ出してきた。狼平が近づいてきている。林の中の急な下り坂を行くとやがて木々の隙間から弥山川の源流と狼平の吊橋の橋桁が見え出した。孫が吊橋を待ち望んでいる。渡りたいらしい。

「吊橋や。」

「本当や。はよ渡りたい。」

 吊橋の近くまで来ると、立派な狼平小屋が見える。『今日はここでビバーグかも』と1時間半前にはそんな思いもよぎっていたが、何とか辿り着けたし、不調なりにマイペースで歩き続けることが可能な状態に回復してきた。

 15時40分狼平小屋着。吊橋で記念撮影をしたり、小屋の中で休憩をしたりする。

 15時50分狼平発。後は弥山まで最後の登り。小屋からかなりの高さまで快適で綺麗な木の階段道が続いている。ここから頂上までコースタイムで上り1時間、下り45分となっている。そういったところはよほど登りがきついか、あるいは下り道が歩き易いかどちらかなのだが、この道は歩きやすい道なのだろう。小走りでも下りて来れそうだ。

 (狼平から弥山へと続く 木の階段道)

 20分ほどの木馬道のような登りを過ぎると山道に戻った、ところどころ植生保護の為のカモシカ・シカよけのネットを越える。登山道にはネットは張られず、道の部分が開かれているが、足許に穴が掘られ、格子状の鉄板をかぶせている為に、シカは通られないようになっている。次女と孫は先に登らせて、私はマイペースで登る。連れ合いは私の少し前を歩いていく。

 最後の登りを踏ん張ると、やがて次女と孫に遅れること20分、17時00分に弥山小屋の前の鳥居に出た。感激と言うよりもホッとしたというのが実感。山頂は雲の中で風も強く寒い。先に着いて宿泊の手続きをしていた次女と孫も一緒に皆で山頂の弥山神社へと向かう。標高1,895mを踏みしめて、いろいろあったけど無事ここに来られたことを感謝してお参りし、そして皆で記念撮影。

 お参り後小屋に入る。本日の宿泊はわがファミリー4人のほか、単独で7日間かけて大峰奥駈に挑んでいるおじさん。2人連れのおじさんで行者還トンネル西口から往復する登山者の合わせて7人。全員同じ部屋。山小屋だから雑魚寝でも構わないのだが、単独行の人は声が大きく、酒飲みで、まあ楽しい話ではあるが9時の消灯まで良く喋っていた。

   (弥山頂上の 弥山神社)                 

 18時30分、わが一行は自炊で、本日のディナーはカレーライス、切干大根(水で戻しただけで生)と昆布のサラダとスープ。フリーズドライのカレーでこれがなかなか美味しい。少し高いが結構本格的な味で、ボンカレーなどよりははるかに美味しいと思う。外は雨が降り出している。

 夕食を食べて、明日用のお茶を沸かして片づけをし、早々と布団に入っていると単独行の人が

「星が出ていますよ。」

 とのこと。先ほどまで雨だったのにもう晴れているのか。星座の観察が夏休みの宿題で、星に関心を持っている孫が跳び起きて、続けて連れ合いが跳び出して行った。私も布団から抜け出し、小屋の外へ出ると空は晴れ渡り満天の星。肌寒いほどの冷気だが、それがかえって鮮やかに星の光を研ぎ上げているよう。満天の星が3次元の輝きを放っている。連れ合いが、

「ねえ、どっちが北?」

「八経ヶ岳を後にして、少しだけ右のこの方向。」

 と私が教えると、孫と連れ合いは早速持参の星座表の方向を合わせる。私はあまり星は詳しくないが、それでも天の川がかなりはっきり見え、多分だけれど「夏の大三角形」などが見られた。プラネタリウムとはひと味もふた味も違う、真夏の冷気の中での『本物の』3次元に輝く天体ショーに浸りながら、

「明日はいい天気だなー。」

と、ふと思った。厳しかった体調も癒される思いがした。

(以下続く)


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