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最近の拾い読みから(187) ―『吉里吉里人』

2007-10-10 00:53:00 | Book Review
吉里吉里国というのは、本書に登場する、日本から独立をした国家です。
場所は宮城県の北部、1971(昭和46)年6月上旬に独立した、人口4,187人の小国家、ということになっています。

この国家は、独立の翌日には、主人公の「三文小説家」古橋健二(著者のカリカチュアライズされた人物)の、不用意な発言によって、「国内に形勢不穏の少数民族を抱えているいくつかの強大国」の手で圧殺されることになります。

吉里吉里家が示唆するのは、いくつかの条件(ただし、かなり難しいが)さえ整えれば、国家内に独立することは決して不可能ではない、ということです。
独立するための条件は、小説からは次のように読み取れます。

第一点は、食糧・エネルギーの自給率が100%以上であること。
これは他国(この小説では、日本のこと)に囲まれ、しかも当面は敵対的であることが予想されている以上、当然のことでしょう(「敵対的」でなくとも、できればそうありたい、とする著者の「農本的」な希望が、ここにはかいま見られます)。

第二点は、経済的な裏づけがあること。
小説では4万トンの純金を保有していて、兌換紙幣を発行していることになっています。
したがって、吉里吉里国は一切の経済活動が無税の「タックス・ヘイヴン」であり、各国企業が支社・支店、ホールディング・カンパニーを争って設置するという設定になっています。
この条件は、なかなか難しいものがあります。

第三点は、文化的な優位性があること。
吉里吉里国では、世界でも先端的な医療技術を持っていることになっています。肝移植手術はもちろんのこと、脳髄の移植まで可能な設定です(その他、ガン治療薬なども完成間近)。

そして、以上のような条件を、他の地域でも整えることが可能なように、援助を惜しまない、という方針を採っています(そのために、「国内に形勢不穏の少数民族を抱えているいくつかの強大国」の陰謀が行なわれた)。

こう書いていくと、政治小説かSF小説(ちなみに、昭和56年度の日本SF大賞受賞作)のように思われるかもしれません。

しかし、基調となるのは、著者特有の饒舌を交えたパロディーあり、方言論あり、異文化論あり、医学論ありのごった煮状態。「ひょっこりひょうたん島」の大人版の趣があります。
そう、著者当初の意図は、ちょっと変わった独立国(ある部分で、日本の現状のネガ)の見聞録を書くことにあったのかもしれません。

と思ったにしても、長編になればなるほど、当初の著者の意図を、出来上がりつつある小説は裏切っていくものです。
ですから、吉里吉里国の崩壊を読者が予感し始めるのは、後半も後半、全体の10分の9まで読み進んだ辺りからでしょう。

いずれにしても、2段組で800ページ以上のこの大冊(初版単行本の場合)は、ハラハラドキドキ、ニコニコゲラゲラしながら(この辺、井上調)読み進むことが出来るでしょう。

井上ひさし
『吉里吉里人』(上)(中)(下)
新潮文庫
定価 700+700+740 円 (税込)
ISBN978-4101168166、978-4101168173、978-4101168180