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『日本の黒い霧 新装版』を読む。

2005-03-24 00:13:45 | Book Review
「戦後日本で起きた怪事件の数々、その背後にある恐るべき米国の謀略を暴く」と帯のコピーにあるとおりの内容であるが、少々説明が必要だろう。

「戦後日本」といっても、正確には昭和20(1945)年から昭和27(1952)年までの連合軍(=アメリカ軍)占領下の日本("Occupied Japan")のことである(昭和26年講和条約調印、翌27年発効)。
したがって、この書で取り扱われている「下山事件」や「帝銀事件」「松川事件」などは、日本国内だけの状況を見ていただけでは真相は解明できない、というのが著者の基本的な考えである。
つまり、連合国総司令部(GHQ)内部の主導権をめぐる対立・抗争(ニュー・ディール派=GS:民政局と、反ニュー・ディール派=G2:参謀部第2部作戦部)が、さまざまな奇怪な事件を引き起こす要因となったとする。そして、これらの事件はアメリカ軍の極東戦略(最終的には「朝鮮戦争」として具体化した)につながるきわめて政治的な謀略に基づいていた、と結論づける。

具体的に、松本推理に取り上げられている事件は、上下巻6件ずつ、計12件である。中には、占領軍の謀略とするよりは、国内の政治的汚職事件にGHQが巻き込まれたと言った方がよいのでは、と思われる「二大疑獄事件」などの例もある。しかし「下山国鉄総裁謀殺論」「帝銀事件の謎」「推理松川事件」など、明らかにGHQの謀略を考えると解明がしやすい事件もある(ただし「帝銀事件」には、GHQの手を逸脱した元《731部隊》隊員による、単独犯行を思わせる要素もあるが)。
したがって、後に『事件』を書くことになる大岡昇平のように、
「松本にこのようなロマンチックな推理をさせたものは、米国の謀略団の存在である。つまり彼の推理はデータに基いて妥当な判断を下すというよりは、予め日本の黒い霧について意見があり、それに基いて事実を組み合わせるという風に働いている」
との批判も出てきても不思議はない(現在なら「陰謀史観」批判か?)。
また、今日の目から見た場合、もう既にかなりの事実が明らかになっているケースもないわけではない(裁判を通じての「松川事件」のように)。

しかし、この書が書かれた昭和35(1960)年という年を考える必要があるだろう。まだ占領が実質的に終了してから10年も経っていないのである。この時点での考察としては、先見性のあるものと言わざるを得ないだろう。特に、未解決のまま今日にまで至った「下山事件」「帝銀事件」などの記述には、見るべきものがある。

さて、今日、戦後の総決算(日本国憲法改訂論議など)が言われ、対米従属外交の是非が話題に上っている。そのような時期に、この書が新装版として出版されたということは、戦後史に向き合うように慫慂されている気がしてならない。

小生の感慨はともかく、歴史から何らかの教訓を汲み取りたい向きにも、単に本格的な社会派推理小説が少なくなったとお嘆きの向きにも、お勧めしたい。

松本清張
『日本の黒い霧 新装版』(上)(下) 
文春文庫
(上)(下)とも定価(本体638円+税)
ISBN4167106981

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