一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
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『パリ・世紀末パノラマ館』を読む。

2005-09-07 00:05:47 | Book Review
「フランスへ行きたしと思へども フランスはあまりに遠し せめて新しき背広をきて 気ままなる旅にいでてみん」
と、戦前の詩人が歌ったように、昔のフランス、そしてパリは憧れの「未来」の都市だった(出世して洋行する、という将来への展望と結びつく)。
しかし、距離が近くなっただけ、現実のフランスの状況も事情も充分に分るようになり、かえって、パリは憧憬対象としての「過去」の都市となった(レトロスペクティヴな視線の対象)。

そのような変化を如実に示しているのが、本書であろう。
「貧相な現実とは切り離されて、輝かしくも懐かしい『異界』を垣間見せてくれるトポスとして幻想の中にぽっかり浮かんでいる」
ような都市としての、世紀末パリなのである。
「古いパリの絵葉書を見つめているときに、どこからか蘇ってくるこの不思議な情動を、なにがしかの言葉に定着できないものか。」
「ノスタルジーというこの不可思議な現象を少しでも解明でき」
はしないか、という意図が本書を記した著者にある。

対象となるのは、世紀末の絵葉書に描かれたパリの事物(オブジェ)。ゴミ容器(ブベル。この容器を普及させた当時のパリ市長ウジェーヌ・ブベルの名前から)から、エッフェル塔に至るまで。
これが第一章に当たる「世紀末パノラマ館」の内容である。

第二章に相当するのが「橋上のユートピア」。
セーヌに架けられた橋を描いた絵画を通して、世紀末までのパリの変化を探る。

第三章が「失われたパリを求めて」。
第二帝政(ナポレオン3世治下)での都市改造によって、パリから失われていった光景を都市論的に考察する。
ちなみに、ナポレオン3世の本格的な評伝が『怪帝ナポレオン三世』(講談社刊)として、同著者により上梓されている。

第四章部分は、他とはいささか異質な「快楽の共産主義」。
今日では、空想的社会主義者としてバッサリと切捨てられているサン-シモン、フーリエの思想に迫る。
異質なのは、初出が「サン-シモン主義とフーリエ主義」として「共産主義」(ムック「ワンダーX」シリーズ)に掲載された原稿のためのようだ。

著者の意図を十全に示しているのは、第一章に当たる部分(単行本のタイトルもここから取られている)だろうが、小生が、最も興味深く読んだのは、「失われたパリを求めて」のパート。

従来、パリ大改造は、民衆の反乱を鎮圧し易いよう、セーヌ県知事オスマンによって行なわれたというのが定説であった。
しかし、著者は、それを否定し、ナポレオン三世に功罪ともに帰す。
「パリは、オスマン以前とオスマン以後に画然と分たれるほどの大変貌をとげることになるのである。だが、それは、ナポレオン三世の頭の中に宿った理想の都を忠実になぞったものにほかならない。」

そして、彼自身がそうであったように、周囲にはサン-シモン主義者を集めブレーンとした、というのも興味深いところ。
ちなみに、
「サン-シモン主義のキーワードは『開発(エクスプロワタシオン)』である。つまり、潜在的な状態にとどまっているものからエネルギーを引き出し、これをひとつの産業の力に変えるという理念である。」

以上のように、一つの都市のように、多様な要素が混在しているが、その混合を通して、ノスタルジーの本質に辿りつこうという意図は貫徹していると思われる(成功しているか、どうかは、また別の話ではある)。

読者それぞれの興味関心に応じて、さまざまな読み方ができると思う。

鹿島茂
『パリ・世紀末パノラマ館』
中公文庫
定価:760円(税込)
ISBN: 4122037581