基本的に、歴史を学ぶのは好きです。
歴史番組とか観るのも、好き。
今を、未来を生きるために歴史は学ぶもの、だと思ってはいますが、同時に少しだけ、物語的に捉えてる部分も正直あります。
ですが、というか「ですから」と言うべきなのか、明治大正昭和の歴史は妙に身につまされる気分になって、学ぶのがあまり得意でない。
もちろん学びます、決して忘れてはいけない。
けれどあまりに近過ぎるのでしょうか、この時代について学ぶ時に自分を襲って来る感覚が凄く苦手で、どうしても積極的に接したいと思えないのです。
感覚の話なので説明するのがとても難しく、あまり共感は得られないでしょうけれど。
何というか、あくまでも個人的な印象なんですが、好き嫌いで論じてはいけない気がするんですよ、まだ。
祖父母が明治生まれだと考えると、「今」の段階でもとてもリアル過ぎる、というか。
いや、どの時代もその時その時の「リアル」なんですけどもね。
うーん、何というか・・・上手く表現出来ないな(苦笑)。
そう遠くない未来、今、この時が「歴史」として刻まれる時が来る。
その時に恥ずかしくない世の中だといいと思うけれど、果たしてどうなのだろうか。
歴史番組とか観るのも、好き。
今を、未来を生きるために歴史は学ぶもの、だと思ってはいますが、同時に少しだけ、物語的に捉えてる部分も正直あります。
ですが、というか「ですから」と言うべきなのか、明治大正昭和の歴史は妙に身につまされる気分になって、学ぶのがあまり得意でない。
もちろん学びます、決して忘れてはいけない。
けれどあまりに近過ぎるのでしょうか、この時代について学ぶ時に自分を襲って来る感覚が凄く苦手で、どうしても積極的に接したいと思えないのです。
感覚の話なので説明するのがとても難しく、あまり共感は得られないでしょうけれど。
何というか、あくまでも個人的な印象なんですが、好き嫌いで論じてはいけない気がするんですよ、まだ。
祖父母が明治生まれだと考えると、「今」の段階でもとてもリアル過ぎる、というか。
いや、どの時代もその時その時の「リアル」なんですけどもね。
うーん、何というか・・・上手く表現出来ないな(苦笑)。
そう遠くない未来、今、この時が「歴史」として刻まれる時が来る。
その時に恥ずかしくない世の中だといいと思うけれど、果たしてどうなのだろうか。