お盆なので、先日お墓参りに行ってきました。
先祖のお墓の中で一際大きく、陸軍の星形マークがついているのが、祖父の弟のお墓です。
太平洋戦争前の昭和14年頃に中国の北東部の野戦病院で23歳で亡くなられています。
ちょうど、ソ連軍とのノモンハンの戦いで、日本軍が全滅に近い損害を受けた頃です。
直前に一度、岡山の自宅に戻って、家族に「じゃあ行ってきます。」と挨拶して、また中国に戻っていったそうで、それきり帰らぬ人になってしまいました。
今でも、形見の軍服と軍刀が家に残っています。
その後、同盟国であったドイツがソ連に侵攻し、ヨーロッパ戦線は拡大して行きましたが、日本の陸軍はソ連との戦いには、猛反対です。
また、日中戦争に反対するアメリカから、石油禁輸制裁を受けていた日本は、アメリカの要望通り、中国との戦争をやめて、占領した領地を全て返還しなければ、石油不足で軍艦や、戦闘機が動かされなくなってしまいます。
しかし、日清、日露戦争でせっかく手に入れた中国の領地を手放すことなど、できない相談です。
追い詰められた日本は、まだ石油の備蓄がある内にアメリカと戦争をする方向に傾いて行き、いずれ同盟国のドイツがソ連やイギリスを征服したら、アメリカも日本との講和に応じるだろうとの判断で、開戦を決意してしまいます。
ソ連もドイツの相手で精一杯なので、日本と不可侵条約を結ぶことに合意しました。こうして日本は石油確保のため、インドネシアの油田を手に入れることを目標として、南方のアメリカ、イギリス軍基地を攻撃して太平洋戦争が始まりました。
以降、ヨーロッパやアフリカ戦線を含め、全世界の60ヵ国以上を巻き込んだ、人類の歴史上最大の戦争となる、第二次世界大戦に突入してしまいます。
しかし同盟国であてにしていた、ドイツやイタリアは日本より先に敗戦し、最後にはアメリカ、イギリス、中国、ソ連、オーストラリア、フランスなど世界中のほとんどの国対、日本単独の戦いになり、原爆投下の後、無条件降伏しました。
日本の敗戦で、第二次世界大戦は終わりましたが、全世界で5,500万人の方が戦争で亡くなってしまいました。
その内、日本が起こした太平洋戦争で、日本、アメリカ、中国、イギリス、オーストラリア、ソ連、韓国、インドネシア、フィリピン、シンガポール、ベトナム、ビルマ、インド、ニュージーランド、南洋の島々などの方が、約2000万人亡くなられています。
終戦から既に70年経ちました。
日本人にとっては、過去の歴史になってしまいましたが、被害を受けた国々では、今でも忘れらない過去になっています。
このまま、平和な時代が続けばいいのですが。