石橋みちひろのブログ

「つながって、ささえあう社会」の実現をめざす、民主党参議院議員「石橋みちひろ」の公式ブログです。

ミャンマー・カチン州の視察報告記

2013-08-19 23:42:12 | 活動レポート

皆さん、長らくご無沙汰してしまいましたが、ミャンマー出張から無事に帰国しました!

今回のミャンマー出張、その最大の目的は、ミャンマーの最北部に位置するカチン州を訪問することでした。このブログをフォローいただいている皆さんは、ミャンマーの少数民族問題や、カチン内戦のことについてある程度、ご理解をいただいていると思いますが、一般的にはほとんど知られていないのが現状なのではないでしょうか。
 


今回訪問したカチン州も、今年の5月まで、カチン独立軍(KIA)と政府軍との間で内戦状態にありました。2年近く続いた内戦の惨禍の中で、戦場となった地域では多くの一般市民が住み慣れた故郷を追われ、難民状態に置かれています。国内に留まった住民は「国内避難民(IDP)」として、国境を越えて隣国に逃れた住民は「国外難民」として、それぞれ仮設のキャンプで生活をしていますが、支援が全く行き届いていないキャンプも多く、10万人とも言われる避難民たちの生活状況が懸念されているのです。
 


今回は、同僚の徳永エリ参議院議員と共に、このカチン州の実情、特に、国内避難民キャンプの状況を直接、視察するとともに、関係者との会談を通じて今後の和平交渉の展開や避難民への支援ニーズの把握、さらには将来的な帰還の展望などについて調査を行う目的で、カチン州のミッチーナに入ってきたわけです。日本のNGO組織「PEACE」の上村真由氏には、道先案内人として多大なるご協力をいただきました。この場をお借りして御礼を述べておきます。

実は、今回、カチン州への訪問を事前に公表することは控えさせてもらいました。というのは、私たちのカチン州訪問が事前に知れると、何らかの形で横やりが入り、現地で自由に動き回れなくなるか、最悪、訪問自体が頓挫する可能性があったためです。そのことはぜひ、ご理解下さい。
 


今回は、残念ながら、KIOの支配地域や、国軍が駐屯している村々の方までは入り込むことが出来なかったため、訪問した避難民キャンプも比較的状況のいいキャンプであり、視察の成果としては限定的だったことは否めません。しかしながら、私たちが直接、カチン州の現地に入り、避難民キャンプを訪問するだけでなく、主な関係者と会談を行ったことは、意義のある活動だったと思っています。今後は、今回得られた知見をもとに、これからの日本としての少数民族支援の展開にさらなる貢献を行っていきたいと思います。
 

 


訪問した2カ所の避難民キャンプでは、多くの避難民の方に直接、膝を突き合わせながらお話しを伺うことが出来ました。そのほとんどは、住み慣れた故郷を戦争によって破壊されてしまったか、今なお、軍隊が駐屯していたりして、帰るに帰れない方々ばかりでした。「帰りたいが、もう帰る場所がなくなってしまった」と語る方々の無念そうな顔は、忘れることは出来ません。

今後、避難民への支援は、短期的な支援と、中長期的な支援の両面を展開してく必要があります。短期的な支援は、当面、難民キャンプで生活をしていくための支援で、食糧や水、医薬・衛生用品や衣類などの生活物資が中心ですが、今後、キャンプでの生活が長期化していくことも想定されるため、成年の雇用の場や、子どもたちの教育の場が確保される必要もあります。
 


中長期的な支援は、将来的な帰還に向けた取り組みですが、これは相当に困難な課題を解決していく必要があります。そもそも、元々いた村が完全に破壊されている場合や、軍によって接収されてしまっている場合など、そう簡単には帰れないケースがあります。そうでなくとも、今後、確実に和平が実現し、再び内戦が勃発する可能性がないことを実感出来なければ、なかなか帰る気になれない状況もあります。場所によっては、地雷が大量に敷設されている所もあり、その場合はまず地雷の撤去からスタートしなければなりません。
 

 
お話しを伺った女性の複数が、「何かをはじめたい」と仰っていたのが印象的でした。避難所での生活が落ち着き、さらに今後の長期化が見込まれる中で、「働きたい」という欲求が生まれてきているのですね。今までは多くの人々が農業に従事をしていたわけで、本来なら農業が出来るのがいいんですが、避難民キャンプの周辺でそのような土地を確保するのは容易ではありません。
 


キャンプの責任者、および支援団体責任者との会合の中で、私からは、(1)まず手始めに、キャンプ付近に小さな土地を確保し、そこを共同で耕作しながら避難所の自給体制を充実させつつ、将来的には作物の販売で収入を得られるようにする、(2)農業が難しい場合は、男性と女性、それぞれに適切な職業訓練を提供し、早期に新しい職に就けるよう支援する、という2つの選択肢を提案して見ました。今後、日本の支援のあり方の中でも具体策を提案していきたいと思いますが、自立に向けた具体的支援策を検討していく必要があるでしょう。
 


ミャンマーは、今なお7割以上の国民が農業に従事していて、カチンでも避難民の多くが農業で生計を立てていたことから、将来的にいかにして帰農できるか、元々居た場所、または新らしい土地で農業によって生計を立て直していけるかがカギになります。 この面で、日本としても具体的な支援が検討出来るはず。同行した徳永エリ議員は、北海道の農家で農業指導者の育成支援を行うことを提案してくれましたが、今後、日本の地方自治体でカチン難民の長期的な帰還支援策とセットで、農業指導を実施してくれる自治体や農業組織がないものか、私たちも可能性を探ってみたいと思います。


また、キャンプでは、子どもたちのための教育も大きな懸念材料でした。「カチンの将来のためにも、子どもたちにちゃんとした教育を受けさせてやりたい」とは子どもを持つ親たちの共通の願いでした。私たちが訪問したキャンプは、比較的近くに学校があり、キャンプの子どもたちもそこに受け入れてもらって授業に参加しています。しかし、山間地にあるキャンプなど、付近に学校がない場合は状況が深刻です。今後、避難が長期化していく中で、仮設の学校建設や、教員の確保など、対応を図っていく必要があります。
 

 


今回の訪問で、カチン内戦が暫定的にせよストップしている背景に、私財を投じて当事者間の対話・交渉の場を提供している地元ビジネスマンたちの奮闘を知ることが出来ました。その代表的な役割を果たしているのが、カチンの翡翠王(ひすい王)、ユップ・ザオ・コーン氏。コーン氏とは、じっくり時間をかけてお話させていただいて、カチン内戦の背景や、今後の和平の実現に向けた氏の決意を聞かせていただきました。大変、魅力的な人物で、その熱意に率直に感銘を受けました。
 

 
氏は、「政府軍は、現在、州内に展開している軍の規模を縮小するとともに、前線を引き下げ、突発的な戦闘が起きないように真摯に対応すべきだ。そうでなければ、暫定停戦合意も出来ないし、真の和平交渉も進展しない」として、今後の交渉の進展のためには、政府軍の譲歩が必要であることを訴えていました。また、日本からのカチンへの支援について、「ぜひ、カチン人民に直接、支援の手を差し伸べて欲しい。でなければ、せっかくの日本国民の善意が歪められてしまう」という趣旨の発言をされました。この点は、今回話をした他の関係者、さらには他の少数民族組織関係者も異口同音に語っていたことで、私たちとしても、今後の日本からの支援のあり方に大いに参考にする必要があるでしょう。
 


以上、簡単ですが、ミャンマーのカチン州訪問の報告でした。

今、ミャンマーというと、日本国内ではアウンサンスーチー女史の活躍や、民主化の進展、アジア最後のフロンティアとしての今後の経済成長の可能性、そして日本企業の進出の話などに注目が集中してしまうのですが、実は、長年に渡る少数民族との内戦や、膨大な数に上っている国内避難民・国外難民の問題など、深刻な課題を抱えているのがミャンマーの現状なのです。「少数民族との真の和平の実現なくして、ミャンマーの真の民主化なし。真の民主化なくして、国としてのミャンマーの真の発展なし」ということを、皆さんにもぜひ共通認識として持っていただきたいと願いつつ、報告を終わります。 

なお、他にもたくさんの写真があります。Facebookのアルバムページに、コメント解説とともに掲載してありますので、ぜひこちらもご覧下さい


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