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死者の雨/ベルナール・ミニエ

2022年12月19日 | もう一冊読んでみた
期日にUPできなかった記事です。

死者の雨 2022.12.19

ベルナール・ミニエ 『 死者の雨 上 』 を、読みました。
青春時代の愛と裏切りの思い出。
親子関係とその後の人生。
今、期待の星の政治家の裏の顔。
盛りだくさんの様々な物語が語られるが、クレール・ディマール殺人事件とどう関わっていくのか、上巻でははっきりしない。
下巻に期待したい。

それにしても、ぼくにはマルタン・セルヴァズが有能な刑事に感じられない。
ビルの屋上にまんまとおびき出され殺されかける。これは犯人逮捕につながったかもしれない貴重な防犯ビデオを奪う策略だった。
過去の経緯はどうであって、容疑者の母と関係を持つのは現在のセルヴァズの立場では許されない事ではないか。

ベルナール・ミニエ 『 死者の雨 下 』 を読みました。

上巻では、分からなかったことが、段々明らかになっていきます。

マルタン・セルヴァズとマリアンヌ、フランシスとの青春とその後の人生の物語でもある「死者の雨 」でした。




 四十歳を少し過ぎた今、シュザンヌは揺るぎない確信でもってこう言えた。この世は、卑劣な人間にとってはお気に入りの遊び場であり、そうでない人間にとっては地獄であると。そして、こんな世界を作った神は誰よりも愚かだと。

 そんなとき、リーザ・フェルネがやってきて、訪問客があると告げたのだ。判事と犯罪心理学者と女憲兵、そしてトゥールーズの警部が来ると。犯罪の舞台となったあの水力発電所で、自分のDNAが見つかったからだった。ヨーロッパでどこよりも厳重な警備が敷かれた精神科医療施設、そこに収監されているはずの男のDNAが! 警察がどれほど当惑し狼狽しているかと思うと、自分は微笑んだものだった。だが、独房に入ってきたときのセルヴァズの顔には、当惑も狼狽も浮かんでいなかった。あの瞬間のことは今でも忘れない。訪問客を侍ちながら、自分はマーラーの交響曲第四番の第一楽章に聴き入っていた。そこヘグザヴィエ博士がやってきて訪問客を紹介した。それがセルヴァズとの出会いだった。自分はセルヴァズが部屋に流れる音楽に気づいて身震いしたのを見逃さなかった。しかも驚いたことに、そしてこのうえなく嬉しかったことに、セルヴァズは作曲家の名さえも口にした。「マーラー」と。信じられない思いだった。あのときは感動もあらわに、その言葉を聞き、セルヴァズを観察したものだった。それから、ふいにあることがわかり、喜びのあまり心がはち切れそうになっていた。それは、目の前にいる男は自分の分身であり、魂の伴侶だ、ということだった。影ではなく、光の道のほうを選んだ自分の分身なのだ、と。そもそも生きるとは、選択することだ。そうじゃないだろうか? たった一度会っただけで自分にはわかったのだ。セルヴァズは私によく似ている、と。

 「フランシスは、彼女に振られたところだったのよ。マルサックの女子学生。ほら、さっき話していたサラつていう子よ。フランシスが女子学生と関係を持ったのは、あれが初めてじゃないの。わたしの肩で泣きにくるのもね。おかしいでしよ? 誰かに話を聞いてもらいたいとき、フランシスはわたしのところに来るの。とても孤独な人なのよ。あなたのようにね、マルタン。それもわたしのせいだと思う?」
 マリアンヌはそう訊ね、嘆くような手振りをした。「わたしね、いつも考えてしまうの。わたしはあなたたちに何をしたんだって。人生で出会った男たちにわたしはいったい何をしてしまうの、マルタン? 他の女の人たちがしないようなことをどうしてしてしまうの? どうしてわたしは出会った男たちをいつも傷つけなきゃいけないの?」
 言いながら、マリアンヌは嗚咽するように肩を揺らした。だが、その目に涙はなかった。
 瞳は乾いたままだった。
 「でも、ボカのことは傷つけていないだろう?」
 その言葉に、マリアンヌが顔を上げた。
 「ボカはきみと一緒にいて幸せだったじゃないか。きみだってそう言っていただろ?」
 マリアンヌはうなずいた。目を閉じていた。口元に苦いしわが刻まれている。
 「わたしにもできるかしら。男の人を幸せにすることができると思う? それから、麻薬をやめることができると思う? 二度と手を出さないようになれるかしら」


 あの頃の夢は、編集者や読者に「才能に脱帽!」と賞賛されることだった。書いていたのは、四肢が麻痺し、思考の世界のなかだけで生きる男の話だ。体は動かずとも、男の内面はまるで熱帯のジャングルのように熱く激しくて、大方の人々よりも人生は豊かである----そんな話を書いていた。だが、父親が自殺した翌日、セルヴァズは小説を書くのをやめた。

 若かった頃は、自分は父の記憶をいつか振り払えると信じていた。ああいう思い出は時間とともにやわらいで、いつしか何の害もないものへと変わっていくものだと信じていた。その他の些細な思い出と同じように。だが、セルヴァズは少しずつ気づいていった。暗い影はいつまでもまとわりついている。自分が振り向くのを待っている。いつか消えゆく自分と違い、影は永遠に存在しつづけるのだ。そして、影ははっきりとこちらに告げていた。おまえを放しはしない、と。
 セルヴァズは悟った。人は自分の愛した女や、裏切った友人のことは記憶から追い払うことができる。だが、自ら命を絶った父親の、しかもその遺休を息子に発見させることを選んだ父親の思い出だけは、どうしてもぬぐいきれない。


 ステーランは自分が率いる署員たちをしっかりと観察していた。セルヴァズもまた新しい署長のステーランをじっくりと観察した、そして、今度の署長は仕事かよくわかっていると結論した。ステーランは着任してすぐ、まずは前任者がめちゃくちゃにしたものを立て直さなければいけないと理解していた。セルヴァズはステーランのことが好きだった。現場に理解があるし、警官としても優秀だ。ちょっと何かあるとすぐ部下に責任転嫁して保身に走る官僚タイプとは全然違う。

 スイスの記者は、ハルトマンの遠縁の親族、ヘルマンスという町の近隣の住民たちに長期にわたって取材をしていた。
ヘルマッスは、レマン湖のほとりにある小さな町で、ハルトマンはそこで子ども時代を過ごしていた。連続殺人犯の幼少期にはつねにその兆候を示す何かが隠されている。専門家なら誰でも知っていることだ。内気、孤独、社交性の欠如、病的な嗜好、近隣の動物の死。どれも典型的な兆候だ。この線で調査を続けた記者は、捜査官たちの注意を引いたというある事実を見つけた。ハルトマンが十歳のとき、よくわからない状況で、当時八歳だった弟のアベルが亡くなっていたのだ。兄弟は夏のバカンスで祖父母のところに滞在していた。


 エリアスが問いかけるようにこっちを見た。
 「もしユーゴじゃないなら、真犯人が野放しになってるってのことだろ


 「そんなところでおまえは何をしていたんだ? 何か捜索をしていたのか?
 セルヴァズはこの質問を予期していた。最善の方法はできるだけ真実を言うことだと、昔父が言っていた。ほとんどの場合、真実は自分よりも相手のほうを困惑させる、と。


  『 死者の雨(上・下)/ベルナール・ミニエ/坂田雪子訳/ハーパーBOOKS 』



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