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「荘子」を読んでみる

2013-10-22 21:09:01 | 日記
A.Taoismの源流
 日本の隣国になる朝鮮半島、中国大陸、台湾、越南(ヴェトナム)のどこにも、ぼくは今まで一度も行ったことがない。外国といっても、今はその気になれば飛行機に乗ればすぐ行かれるし、国交のない北朝鮮以外は日本のパスポートで問題なく旅行できる。韓国など距離的には沖縄に行くより近い。それでも行かなかったのは、たんに機会がなかったこともあるが、この地域をかつて日本が植民地統治をしたり、軍隊を送って戦争をしたという事実が、ぼくの中で心理的に渡航をためらわせるものがあったことは確かだ。自分は戦争の時代には生まれていなかったし、戦争の責任を問われても答えようもない気がしてはいたが、ただ気楽に観光旅行をするのがどうもすっきりしなかった。
 そんなこと今さら気にすることないじゃん、と言うかもしれない。あるいは、それならなおさら現地に行って直接感じて考えてみるのも意味がある、と言われるかもしれない。実際、ぼくは今まで東南アジアやインドやトルコや、北米、南米とあちこち歩き回ったし、ヨーロッパには住んでもいた。その土地をちょっと訪れたくらいで、そんなに何かが解るわけでもないということも知っている。でも、東アジアには距離を感じていた。これはマズいかもしれない。

 古代インドに由来する仏教と、古代中国文明から発する儒教は、日本に伝わって日本の文化や歴史に少なからぬ影響を与えてきた。このブログでも、いくつかの文献を手がかりに儒教と仏教については考えてきた。日本人の思想にも儒教と仏教は、深く喰いこんでいる。でも、アジアの3大宗教ともいわれる道教については、ほとんど無知である。イスラーム教が、日本では宗教としてほとんど無縁であるように、道教もぼくたちの意識に登ることはまずない。でも、それはイスラーム教のように思想的・社会的にまったくルーツを異にするものなのだろうか?ということで、ちょっと道教を齧ってみようと思う。まずは、手始めに道教が経典として尊重する「老子」「荘子」、とくに『荘子』を読んでみることにする。
 ただし、道教taoismでは老子を道徳天尊として「観」(道観)という施設に祀るが、歴史的に老子や荘子が、イエスやムハンマドのように教祖とか始祖とかいう存在ではないということに注意が要る。つまり、老荘の弟子たちがその教えをもとに道教の教団が成立したわけではなく、老子、荘子と道教との間に直接のつながりはない。古代中国の春秋戦国時代に輩出した諸子百家の中で、老荘のことは道家と呼ばれるが、その教えは道家思想であり宗教としての道教とはいわない。儒家の教えを儒教というから、道家の教えが道教だと考えるのは誤りだという。この点を混同してはいけない。
 道教は書かれた文書としての『老子』『荘子』を教典とし、老子を拝むのだが、思想家老荘の系譜として成立したわけではない。道教は、老荘の思想にさまざまな民間信仰が融合して形成されたものであり、それゆえに広く大衆が信仰する宗教として今も存在する。



B.とりあえず『荘子』を読んでみた。
 「聖書」や「コーラン」あるいは仏典や「論語」などと比べて、『荘子』はひどく格調が高くない。神や仏の教えを説くもの、というよりはほとんど冗談のような、諧謔に満ちたパロディに溢れ、気まじめで真剣な言説に対して、おちょくっている。そういう意味でひどく愉快な思想である。たとえば次のような文章。

 孔子適楚。楚狂接輿遊其門曰。「鳳兮鳳兮。何如之衰也。來世不可待。往世不可追也。天下有道。聖人成焉。方今之時。僅免刑焉。福輕乎。莫之知載。禍重乎地。莫之知避。已乎已乎。
臨人以。殆乎。殆乎。畫地而趨。迷陽。迷陽。無傷吾行。山木自寇也。膏火自煎也。桂可食。故伐之。漆可用。故割之。人皆知有用之用。而莫知無用之用也。『荘子』人間世篇第四、八。
【現代語訳】
 孔子が楚の国に行ったとき、楚の狂接輿が孔子の門のあたりをうろつきながら歌った。
「鳳凰よ鳳凰よ、何たる徳の衰えか
 未来はあてにならないし、過去は取りもどせない
 天下に道のある世なら、聖人はなすべきことをなす
 天下に道のない世では、聖人はその命を全うする
 今のようなご時世じゃあ、刑を逃れるのが関の山
 幸せは鳥の羽より軽いのに、誰も拾おうとしない
 災いは大地より重いのに、誰も避けようとしない
 よしなよ、よしなよ、人に徳を押しつけるのは
 あぶない、あぶない、大地を仕切って走るのは
 バカになれ、バカになれ、わが歩みこそ大切に
 引っこめ、遠回りせよ、わが足にけがするな
 山の木は我とわが身を損ない、灯火は我とわが身を焼きつくす。肉桂はなまじ食用になればこそ伐られ、漆はなまじ有用なればこそ割かれる。人はみな有用の用を知るが、無用の用を知るものはない」。

 注:狂接輿は逍遥遊篇三に見える楚の隠者。「狂」は、世間一般の常識的な生き方をことさら拒否した生きざまをいう。この一段は、次の『論語』微子篇の話のパロディになっている。「楚の狂接輿 歌いて孔子を過ぎて曰く、「鳳よ鳳よ、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諫む可からず、来たる者は猶お追う可し。已みなん已みなん、今の政に従う者は殆うきのみ」と。孔子下りて之と言わんと欲す。趨りて之を辟く。之と言うを得ず」。福永光司・興膳宏訳『荘子 内篇』、ちくま学芸文庫、2013、pp.158-160.

 『荘子』には、孔子や顔回といった儒教の重要人物が登場する。時代的に孔子よりも後なので、広く知られた聖人とその伝説を縦横無尽に取りこんで、片っ端から彼らを皮肉と笑いでひっくり返していく。ほとんどタモリみたいである。一見ふまじめなのだが、その言説の根柢には戦国時代の過酷な現実を、包みこんで人間というものを冷静に、しかも大局的に見る視線がある。

 「『荘子』の著者、すなわち荘子(子は尊称)は名を周といった。荘周の年代については詳細を明らかにすることはできない。現在伝えられている最も古い荘周の伝記は、「西暦前一世紀、漢代に書かれた司馬遷の『史記』であるが、『史記』の荘周列伝には、ただ「梁の恵王(前370~319在位)、斉の宣王(前319~301在位)と同時」つまり西暦四世紀の中ごろの人とだけしか記録していない(前384~322を生きたギリシアのアリストテレスとほぼ同時)。(中略)
 要するに荘周は西暦前370年ごろ~300年ごろの約七、八十年の生涯をこの世で過したことになる。ちなみに、荘子の没年を西暦前300年ごろとすれば、同じ時期を諸国の遊説に活躍していた孟子との関係が一おう問題となるが、両者の交渉に関しては『孟子』のなかにも、『荘子』のなかにも、一言も触れられていない(先秦の文献にも全くその記事が見えていない)。その理由に関しても、学者はいろいろと憶測を逞しくしているが、おそらく当時の孟子にとって、荘子の存在はそれほど警戒すべき思想的敵性をもつものでなく、荘子にとっても孟子の存在は孔子ほど大きな関心の対象ではなかったのであろう。
 ところで、荘子の生きた西暦前四世紀の中国とはいかなる時代か。それは古代中国の歴史において、戦国時代とよばれる、闘争と殺戮の血なまぐさい時代であった。戦国時代の歴史が七つの大国、すなわち「秦」(今の陝西・甘粛の地方を根拠地とした西方の大国。戦国時代の末期に始皇帝が天下を統一して新しい王朝を建てた)、「斉」(今の山東地方を根拠地とし、かつて春秋時代には覇者桓公を出した東方の大国。戦国時代の初め―前386年―家老の田和が国を奪って君主となった)、「燕」(今の河北に拠った北方の大国。戦国時代の中ごろ、宰相の子之が君主を脅迫して国を譲らせるという事件があった)、「楚」(今の湖北・安徽・河南の一部に拠った南方の大国。「離騒」の詩で有名な屈原―前299年自殺―の祖国)、「韓」「魏」「趙」(今の山西を根拠地として河南河北の一部を領有し、かつて春秋時代には文公という覇者を出した大国晋を、西暦前403年、三人の家老が簒奪してそれぞれ建てた国。史家はこの簒奪の年を以て戦国時代の始めとする)を中心として展開するが、これらの大国にとって最大の関心は、「国を富ます」ことであり、「兵を強くする」ことであり、そのための狡知であった。内においては絶え間なき苛斂誅求が、外においては不断の戦争侵略が、人間の生活を闘争と殺戮のなかで凌辱し、飢餓と流亡の中で翻弄した。“今の世は殊死の者(刑死者)枕を並べ、桁楊の者(罪人)道路にひしめき”、“殺され死せし者は沢を以て量る”と懼れさせ、“人間が生きるとは、憂しむことだ”(いずれも『荘子』のなかに見える言葉)と嘆かせた不安と絶望の社会が、戦国時代なのである。荘子が生きたのは、このような不安と絶望にみたされた時代であった。彼の哲学は、このような不安と絶望の超克として始まるのである。」福永光司・興膳宏訳『荘子 内篇』解説、ちくま学芸文庫、pp.286-289.

 殺戮と飢餓の中で生きる他ない世界で、人はいかに人間的でありうるか。儒教が高い理想と現実への政治的関与を志すのに対して、そんなことをしても「富国強兵」を追求することに夢中になっている権力者の餌食になるだけだ、と強烈なアンチをかます。ほとんど痛快である。
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