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【12.8特集】戦艦武蔵自沈説【後篇】太平洋戦争開戦七五周年と最新科学の語り部としての重責

2016-12-08 23:00:00 | 北大路機関特別企画
■12.8:真珠湾攻撃七五周年
 最新科学は、遠い過去の歴史から新しい証言を導き出す重責を、これからになってゆくこととなるでしょう。

 戦艦武蔵、副長加藤大佐が命じた復原へのキングストン弁開放、第十一罐室伝令一等機関兵曹が志願し、何しろ戦闘により大打撃を受け転覆が迫っている世界最大の戦艦、その艦底へ移動し安全装置を重ね掛けされた自沈用装置、苦心の末に開放、2mもの幅の水柱が吹き上げ武蔵艦内右舷に海水が流れ込み、魚雷破孔から浸水する左舷へ強烈な注水が復原を始めました。

 バラスト水の開放が目的としているキングストン弁、防水扉を確実に閉塞していたならば、復元し確実に転覆を阻止する事は出来たでしょう。戦艦武蔵の戦闘損傷による浸水量ですが、戦闘詳報が艦橋直撃弾と共に亡失しており、その詳報は戦闘後に加藤大佐を中心に生存者により作成されたもので、戦艦武蔵の最大浮力と浸水量把握について情報は限られる。

 艦底にあるキングストン弁を開放し、何とか上甲板に第十一罐室伝令一等機関兵曹が出たところ、既に総員退去命令が出ており、既に左舷への傾斜も20度に達していたと記録されています。結局、浮揚させ曳航させる決断は断念、せめて近場の浅瀬に陸上砲台へ転用する試みも検討の末に断念、一等機関兵曹は命令に従い海に飛び込み、沈没から逃れました。

 このキングストン弁開放作業を以て、戦艦武蔵は撃沈されたのではなく最後に自沈したのだ、という論拠となっています。第十一罐室伝令一等機関兵曹はその後のフィリピン戦役を乗り越え復員、戦後は元々料理好きであったことから屋台での飲食業を経て銀座一丁目の大将として、戦艦武蔵の写真と共に料理の腕前を振るっており、評判を呼んだとのこと。

 不沈艦武蔵、福井静夫造船中佐の表現を借りますと、不沈戦艦とは絶対的不沈戦艦という概念は有り得ないが相対的不沈戦艦という概念は有り、造船技官は防御力を十分取り得る大型艦艇については相対的不沈戦艦を目指す事は当然、としていまして、こうした意味からは様々な防御措置と構造を備えた大和型戦艦二隻は不沈戦艦と云い得たのでしょう。

 一方、乗員の視点からは戦艦武蔵は容易に沈まない不沈戦艦、という絶対の自信があったように様々な証言から読み取れます、すると、キングストン弁開放動作は、復元のためではなく自沈のための措置となったのではないのか、軍艦としての自決に当たる措置があったからこそ、沈没、という、戦艦武蔵への自負や戦友への哀悼が込められたのでしょうか。

 キングストン弁開放は、自沈措置を含めたものであったのか復原のみであったのか、これは加藤大佐と艦長猪口少将が鬼籍に入られ、今日では知る事は出来ません。他方、前述の通り戦艦武蔵戦闘詳報は艦橋で作成分が被爆し亡失した為、正確性には誤謬も指摘されます、しかし、海底の武蔵を今後詳細調査できれば正確な損傷から新しい事実を確認できるやもしれません。

 NHK等“新しい真実”と銘打ったドキュメンタリー表題に接しますと、何か新事実が出たのではないか、と期待したくなるものですが、他にも例えばNHKでは“零戦に欠陥有”では半世紀以上前から指摘された防御力の視点を今更新事実の如く示したり、敢えて誇大広告の様な“新事実”“真実”が溢れています、先行研究は充分踏まえて欲しいと思うもの。

 “NHKスペシャル 戦艦武蔵の最期 ~最新科学が迫る“真実”~”では残念ながら、どの順番に浸水が拡大し沈没したかについては明かされませんでした、しかし、今後、海底の武蔵発見と共に調査が進めば、この些末な、しかし不沈艦の一つの謎も解明されるのでしょうか、本文は豊田穣文学戦記全集四巻“戦艦「武蔵」自沈す”を参考としたものです。

 本日12月8日は、75年前の今日、真珠湾攻撃により太平洋戦争が開戦したその日です。開戦から75年、長寿社会となったわが国ですが、その当事者からの証言は年々聞くことが難しくなっています、平和の時代は奇跡的に長く、しかし当時の厳しい経験を証言から明日の平和に活かす事が出来るのは、限りがあります。最新科学は、証言の先を探求する唯一の手段であり、海底の無言の語り部から答えを導く、その努力を続けなければなりません。

北大路機関:はるな くらま
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