■くらまとはるな
北部は降りましても洛中となりますとなかなか積もらないのが京都の雪という。

くらまとはるな。海上自衛隊では二隻の護衛艦、ヘリコプター搭載護衛艦の最初の護衛艦はるな、第一世代ヘリコプター搭載護衛艦最後の一隻護衛艦くらま、という関係ですが、こうして国うみに神事では近しい関係であった、自衛隊は考えて命名したのでしょう。

火之迦具土神と高龗神、はるなとくらま。こうした2隻の関係がある艦名の艦内神社と云う物事なのですが、同時に興味深いなあというのは、国つくりの神事というところでして、もちろん古事記や日本書紀の時代にはしり得なかった物事が含まれていて。

日本書記や古事記、国つくりの神事について、海から島が生まれた、いや、一応神々が生んだという体裁か、こう明記しているのですが、これ、日本の火山性地形ということをかなり正確に示しているのですよね。

はじめに神は天と地とを創造された、旧約聖書なんかでは急に創世記で海を無視して天地を創造してしまいます、地は形なくむなしく闇が淵のおもてにて神の霊が水のおもてを覆い隠していた。このように、旧約聖書は海の存在を軽んじているようでして。

創世記の天地創生は、まあ、結局中東地域に多数あった説話をまとめて内部化して唯一神思想を強めるという、旧約聖書と古事記の、政治的な意味合いとも共通性を感じさせるのですが、するとその関係として、海との近さというものが背景に出てくる。

黄泉比良坂、興味深いのはさらに続きまして、泉津平阪という架空の土地にこの世とあの世の境界線という、キリスト教思想などではこうした境界線は冥府の入り口というような地下への狭い隧道のように描かれるのですが、黄泉比良坂は広大という。

泉津平坂というのは、死んでしまった伊邪那美命と、彼女を黄泉の国まで迎えに行った伊邪那岐神との間でひと悶着ありまして、ひと悶着というのはもうこちら側の躰は腐敗しているのに今更帰れないという、日本最初のお洒落談義が戦争になってしまい。

史上最大の夫婦喧嘩という表現のほうが相応しいのかもしれませんが黄泉軍という神話の神々や鬼たち1500名を派遣して激突するという、この規模だと饗庭野演習場だと厳しいかもしれない、兵員ではなく神様と鬼1500柱となると。

伊邪那美命は、こののち色々ありまして、黄泉の国を伊邪那美命が担い、この世を伊邪那岐神が担う事となります。ただ、伊邪那岐神さんも黄泉の国行ったのでいろいろ穢れを感じるようになりまして、日向の国でお風呂に入ることとしたのですね。

日向の国でこうして穢れお落としをしましたらば、左眼から天照大御神、右眼から月読命、鼻から建速須佐之男命が生まれたという。まあ、言うなれば天照大御神といいますと伊勢神宮の祭神です、そしてまあ、護衛艦ひゅうが、護衛艦いせ、が思い浮かぶ。

ひゅうが、いせ、第二世代ヘリコプター搭載護衛艦の艦名の由来と、ここで繋がってしまう訳でして、第一世代ヘリコプター搭載護衛艦と第二世代ヘリコプター搭載護衛艦が、このように所縁を持ってくるわけなのですね。

貴船神社参拝、ここからわが国海上防衛を担う話題となってしまいましたが、艦名を考える人たちはしっかり考えているのだなあ、と驚くという話題と、滑ってけがせず済んだことに感謝しつつ、貴船神社から叡山電車へ、帰路に就きました。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
北部は降りましても洛中となりますとなかなか積もらないのが京都の雪という。

くらまとはるな。海上自衛隊では二隻の護衛艦、ヘリコプター搭載護衛艦の最初の護衛艦はるな、第一世代ヘリコプター搭載護衛艦最後の一隻護衛艦くらま、という関係ですが、こうして国うみに神事では近しい関係であった、自衛隊は考えて命名したのでしょう。

火之迦具土神と高龗神、はるなとくらま。こうした2隻の関係がある艦名の艦内神社と云う物事なのですが、同時に興味深いなあというのは、国つくりの神事というところでして、もちろん古事記や日本書紀の時代にはしり得なかった物事が含まれていて。

日本書記や古事記、国つくりの神事について、海から島が生まれた、いや、一応神々が生んだという体裁か、こう明記しているのですが、これ、日本の火山性地形ということをかなり正確に示しているのですよね。

はじめに神は天と地とを創造された、旧約聖書なんかでは急に創世記で海を無視して天地を創造してしまいます、地は形なくむなしく闇が淵のおもてにて神の霊が水のおもてを覆い隠していた。このように、旧約聖書は海の存在を軽んじているようでして。

創世記の天地創生は、まあ、結局中東地域に多数あった説話をまとめて内部化して唯一神思想を強めるという、旧約聖書と古事記の、政治的な意味合いとも共通性を感じさせるのですが、するとその関係として、海との近さというものが背景に出てくる。

黄泉比良坂、興味深いのはさらに続きまして、泉津平阪という架空の土地にこの世とあの世の境界線という、キリスト教思想などではこうした境界線は冥府の入り口というような地下への狭い隧道のように描かれるのですが、黄泉比良坂は広大という。

泉津平坂というのは、死んでしまった伊邪那美命と、彼女を黄泉の国まで迎えに行った伊邪那岐神との間でひと悶着ありまして、ひと悶着というのはもうこちら側の躰は腐敗しているのに今更帰れないという、日本最初のお洒落談義が戦争になってしまい。

史上最大の夫婦喧嘩という表現のほうが相応しいのかもしれませんが黄泉軍という神話の神々や鬼たち1500名を派遣して激突するという、この規模だと饗庭野演習場だと厳しいかもしれない、兵員ではなく神様と鬼1500柱となると。

伊邪那美命は、こののち色々ありまして、黄泉の国を伊邪那美命が担い、この世を伊邪那岐神が担う事となります。ただ、伊邪那岐神さんも黄泉の国行ったのでいろいろ穢れを感じるようになりまして、日向の国でお風呂に入ることとしたのですね。

日向の国でこうして穢れお落としをしましたらば、左眼から天照大御神、右眼から月読命、鼻から建速須佐之男命が生まれたという。まあ、言うなれば天照大御神といいますと伊勢神宮の祭神です、そしてまあ、護衛艦ひゅうが、護衛艦いせ、が思い浮かぶ。

ひゅうが、いせ、第二世代ヘリコプター搭載護衛艦の艦名の由来と、ここで繋がってしまう訳でして、第一世代ヘリコプター搭載護衛艦と第二世代ヘリコプター搭載護衛艦が、このように所縁を持ってくるわけなのですね。

貴船神社参拝、ここからわが国海上防衛を担う話題となってしまいましたが、艦名を考える人たちはしっかり考えているのだなあ、と驚くという話題と、滑ってけがせず済んだことに感謝しつつ、貴船神社から叡山電車へ、帰路に就きました。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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