戦後東宝初の戦争映画として知られる『太平洋の鷲』、先日DVDが発売された。
太平洋の鷲は“連合艦隊かく戦えり、壮烈!ハワイ・ミッドウェー大海戦、ラバウル航空決戦”と銘うち、山本五十六の視点から太平洋戦争を俯瞰した大作で、大河内伝次郎主演、三船敏郎、三国連太郎、伊豆肇、小林桂樹、志村喬が脇を固める作品で、監督は翌年の『ゴジラ』により世界的名声を集めた本多猪四郎、そして特撮はハワイマレー沖海戦から日本海海戦までの東宝特撮を取り仕切った円谷英二である。
『太平洋の嵐』『太平洋の翼』『連合艦隊司令長官山本五十六』『連合艦隊』『軍閥』『動乱』など、東宝では多くの戦争映画が使用されているが、『太平洋の嵐』で撮影された真珠湾攻撃やミッドウェー海戦、『山本五十六』の長官機墜落の映像は後々の作品まで使い回しがされており、撮影から20年を経ても使用されていた。
これは円谷英二の特撮技術の高さを示すものであるが、同時に残念ながら画像処理技術の向上により特撮の技術に関して若干の前進がある点や、フィルムの劣化に伴う質感の変化といった問題などがある。『連合艦隊』に関して言えば残念ながら真珠湾攻撃やミッドウェー海戦のシーンと後半のレイテ沖海戦のシーンの特撮が大きく異なっている。川北特撮と円谷特撮の対照にはもってこいだが、観客はそういう趣旨で作品を観に来ているのではない、戦争映画の“東宝8.15シリーズ”の興行的敗戦はこういったところには委員を見出すことが出来る。
この点、後のカラー時代への移行によって流用が為されていないモノクロ映画に対する期待は当然大きい。事実、『潜水艦イ57降伏せず』『キスカ』といったモノクロ映画は(カラーで撮影した潜航シーンや空襲シーンは例外として)流用されていない。また、本作『太平洋の鷲』が描いたミッドウェーは他の映画に流用されていない点は特筆できよう。
さて、“太平洋の鷲”は冒頭に『我々は同じ過ちを繰り返さない為に、何故ああいったことになったのかを知らなければならない』とし、右翼青年が取調べを受けていると事からはじまる。彼は英米派や金権政治、資本主義の権化を列挙しているが、そこに海軍次官山本五十六という名が出される。海軍の優柔不断を問題とし、切らねばならないというわけだ。
日独伊三国防共協定は後に軍事同盟へと転換するが防共協定はソ連共産主義への各国の不審感から多くの国が締結しており、欧州諸国は対ソ防疫線の構築を行っていた。しかし、軍事同盟となれば対ソ同盟から米英仏を仮想敵とする同盟に展開する事は必至で、これに対して海軍は慎重な路線をとっていた訳だ。最も磐石な防御力と最大規模の攻撃力を有するという意味で今日の戦略核兵器にあたる主力艦の保有数を制限した1925年のワシントン海軍軍縮条約によって対米戦力が劣位に立たされていた海軍に対して、アメリカ研究を怠らなかった海軍は彼我の工業力の差異を痛感しており、山本五十六は連合艦隊の参謀たちに彼我の工業力格差を図表化するよう命じ、参謀たちはその国力の差に驚愕する。しかし、陸軍は国民世論を三国同盟に持っていき、同盟を成立させる。米内内閣は陸軍大臣の辞表提出を契機に総辞職に持っていかれ、近衛内閣、そして東条内閣が成立させられた。三国同盟成立の祝賀シーンは当時の記録映像が用いられており、長門艦上でこれは最早運命なのかと思いをめぐらす山本のシーンが印象的だ。そして欧州戦線の拡大を契機としてABCD包囲網がドイツの同盟国である日本をも取り巻き、遂に真珠湾攻撃、開戦へといたる。真珠湾攻撃のシーンはハワイマレー沖海戦の流用であるが特撮技術は当時からあまり変化していない為、違和感はなく、モノクロならではの迫力がある。これにより大きな戦果を挙げた日本は戦勝ムードに沸くが、第二次作戦の計画が第一回翼賛選挙に伴う政治的問題から定まらず、ドーリットル東京空襲を契機に泥縄的にミッドウェー作戦が認可される描写が活かされている。
ミッドウェー作戦では空母撃滅を第一任務と考える連合艦隊司令部と、ミッドウェーへの陸戦隊上陸を第一任務としようとした南雲艦隊の見識の相違が描写され、本邦初公開のミッドウェー海戦が特撮と実写、セットで撮影されている。ミッドウェーでは敵空母発見の急報に爆弾と魚雷の転換作業を行う最中、急降下爆撃を受けて赤城、加賀、蒼龍が戦闘力を喪失する。三船演じる友永飛龍艦攻隊長の壮烈な自爆攻撃によって敵空母一隻を沈没させるも、エンタープライズからの攻撃によって最後の飛龍も沈没する。アリューシャン作戦から急遽南下させた隼鷹、龍譲機動部隊は間に合わず、ミッドウェー海戦は敗北する。こうして南方最前線のラバウル基地は米軍からの猛烈な反撃に遭い、日々戦力を磨り潰してゆく。南方戦線は玉砕必至となり、南方最前線に最後の激励に向かった山本五十六は搭乗機とともに米軍機の待ち伏せに遭い、戦死する描写で映画は唐突に終わりとなる。古関裕而のもの悲しい、しかし荘厳な音楽が映像と合せ情景を盛り上げている。
作品に関して、山本五十六が乗艦する長門は実写が出てきており、空母発着艦も全て実写で、大編隊も特撮は一切無しの実写で、ラバウル航空戦に出てくる艦砲射撃も戦艦・巡洋艦が実写で実射する。空母が空襲されるシーンでは対空砲火を上げる25㍉機関砲の向うにもう一隻の空母が出てくるが、実際の海戦映像だろうか?
さて、ミッドウェー空襲のシーンは加藤隼戦闘隊からの流用なので港湾施設がやけに豪華だが気にしない。迎撃に上がってくるのが英軍機ばかりなのはご愛嬌。利根から発進した索敵機の何機かが九六式陸攻だが、ハワイマレー沖海戦からの流用だから気にしない、零戦の試験を描いたシーンが明らかに一式戦隼なのは良くある事だ、ミッドウェーに向かう米軍の大編隊が輸送機なのは錯覚だ。
制作費は1億7000万円、参考までに本多監督が製作した翌年のゴジラが1億円の制作費であった。
日本戦後戦争映画の原点というべき作品“太平洋の鷲”は、この映画で太平洋戦争の要因と敗因を知った国民も多く、芸術祭参加作品、1953興行記録第四位。“太平洋の鷲”は是非とも鑑賞を薦めたいクラシック映画の一つである。
HARUNA