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ハリソン君の素晴らしいブログZ

新旧の刑事ドラマを中心に素晴らしい作品をご紹介する、実に素晴らしいブログです。

「慌ただしい日々。」

2025-03-06 21:35:32 | 日記

母の入退院や葬儀を除いても、年末年始からやらねばならんことや想定外なことが満載で、公休日もぜんぜん気が休まらず、初めて疲労による蕁麻疹が出たくらい。

それがようやく昨日、郵便局へ行く(留守中に届いたレターパックの引取り)以外にこれと言った用事がない休日を過ごせて、平穏でいられる時間がこれほど愛おしいとは!って、しみじみ思いました。

この週末はまた葬儀代金の支払いと法事、リフォーム工事の開始、整骨院と心療内科への通院、レンズ交換した眼鏡の受取り等、これまたやること満載だしお金があっという間に消えていく。

休ませてくれ! 早く解放してくれ! スケジュール帳がビッシリ埋まってないと気が済まないとか言うヤツの気持ちがホント理解できない!

スケジュール帳は真っ白な状態が一番! 仕方ないから映画でも観に行くかとか、暇つぶしにレビュー記事でも書こうかとか、そういう休日を一刻も早く取り戻したい!

そもそもこのブログは、刑事ドラマやイメージビデオのレビューを発表する場であって、日記がこんなに続いてる状態こそ異常。オレの日常にドラマは要らん! もうこれ以上、波風を立てんでくれ!

その点、かなりお金はかかるけど遺産の相続手続きを代行業者に丸投げしたのは大正解でした。そこまで1人で背負ったらとっくにパンクしてる。

もし万が一、相続手続き代行業者もリフォーム業者も詐欺だったら、そんときは潔く自分の貯金全部はたいて旅行に出て死に場所を探せばいい。元より使命を果たしたらそうするつもりだったし。

そう考えて気だけはラクにしてないと、ホントやってけない。目指すぞ高田純次!


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「その後の日々。」

2025-03-05 18:36:25 | 日記
母の通夜と告別式ではかなり泣いたけど、2人の友が一緒にいてくれたお陰で気が紛れたし、料理が美味しい居酒屋さんを発見することも出来ました。(私は呑まないけど)

友が帰路につくのを見届けた瞬間に涙が溢れたけど、予想してたほどの「胸が張り裂けるような喪失感」は今のところありません。それは決して楽しい親子関係じゃなかったお陰かも知れないし、先日も書いたとおり「いよいよ1人で家を守って行かなければ」っていう緊張感があるせいかも知れません。

実際、絶妙なタイミングでリフォーム業者の人が営業にやって来て、実に見事なテクニックで(自分の収入と預金残高を考えるとやや分不相応な)契約へと誘導され、応じてしまいました。

もっと慎重に、よく考えてから契約すべきだったと大いに反省してるけど、「この人は信じて良さそうだ」と直感した自分を信じることにしたので、後悔はありません。(家は築50年以上、最低限のリフォームは必要だと以前から思ってました)

ただ、親の終末に関する厳しい「選択」の連続からやっと解放されたと思ったら、次はこれかよ無限かよ!?って、ちょっとぐらい休ませてくれよ!!って、またネガティブに陥りそうにはなりました。つくづく、人生は死ぬまで修行です。

でもそうした不安や寂しさも、職場復帰して業務に集中してる間はほぼ忘れられます。働くことって生活する為だけじゃないんだって、これもつくづく思いました。働かずにカネを稼ごうとするヤツ、馬鹿だね。それじゃ意味が無いね。関係無いね!



とは言いつつ、これから私が今の仕事をいつまで続けられるかは、かなり微妙。やり甲斐は感じてるけど体力がついて来ない。元々スポーツマンじゃない上に今年いよいよ還暦です。

そんなワケでいま読んでるのが『60歳からの“手抜き”の極意』っていう和田秀樹さんの著による新書。和田さんの本は『テレビの重罪』『死ぬまでひとり暮らし』に続く3冊目です。

要するに60歳を越えてまで昭和の「ど根性」を貫こうたってムリがある、高田純次さんを見習ってラクを選びなさいっていうアドバイス。

以前、このブログで私は映画やドラマを倍速で観る人を「バカだ」「作者に失礼だ」とコケにしたけど、それさえ和田さんは「時代は変わった」「早送りされないよう作者が努力すべき」と書かれてます。実は映画製作も出掛けてる和田さんにそう言われるとグーの音も出ません。

それはともかく、60を越えても必要以上に頑張ったり、若い人に小言を言ったところで「老害」と陰口を叩かれるのがオチ。和田さんのおっしゃる通り年相応に、出来るだけ要領よく手を抜いた方が人間関係にも角が立たないことでしょう。

よーし、これからはどんどん手抜きするぞ!




PS. 話はもとに戻るけど、胸が張り裂けそうな喪失感は無いとはいえ、スーパーへ買い物に行くと母を、ホームセンターへ行くと父を思い出し、今でも涙が出ます。

会話がほぼ無かった家庭でもそうなるんだから、親の存在っていうのはやっぱり、とてつもなくでかい。完璧には程遠いけど、いちおう最期まで見送れた私は幸せ者です。

 

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「最後の教え。」

2025-02-26 17:01:40 | 日記

通夜、告別式(&十日祭)、そして相続手続き代行の手配を3日間で無事終了。

こないだ「怒濤の手続き戦争」って書いたけど、その代行業者さんは電気やガスの名義変更から不動産登記まで全部引き受けてくれるから、私がやることは送られてきた書類にサインや捺印をして送り返したりするだけ。

メチャクチャお金がかかるけど、全部自分でやったらどれほどの時間と労力と髪の毛を奪われるか、父のときに思い知ったから惜しくはありません。あのストレスだけはお金に替えられない。

だから有難いことに、残された慶弔休暇で散髪、歯の治療、メガネの買い替えなども出来そうです。散髪は本来、いよいよスキンヘッドにするつもりだったけど、「まだ早い」「今は(季節的に)寒い」という意見が圧倒的なので、まずは西部署の団長さんよりちょっと長いぐらいにしようかと思ってます。



この3日間は、それぞれ遠方から駆けつけてくれた友2人に本当に支えられました。人との繋がり、温かみがなんと有難いことか!

今回は長年連絡してなかった仲間たちからもメッセージをもらって(ブログを読んでくれてるらしい)、なおさら痛感しました。これこそお金に換算できない一生の財産なんだと、両親から最後の教えを授かった気がします。

いっさい関わって来なかった兄への怒りも自然と収まり、むしろ心配になってきました。これほど大事な教えを受けないまま歳だけ重ねて、あの人は大丈夫なんだろか……

いや、それ以上に心配なのは、学んでしまった私は結局、いつか兄の介護まで引き受けてしまうかも知れないこと。すでに私自身が死んだりボケたりしてなければの話だけど。



ともかく、人生最大のミッションを終え、気が抜けて、これからドッと疲れがくるのは間違いない。「自分の人生」を心底から楽しまなきゃ本当にヤバい。

せっかく休日が完全自由になるんだから、まずは「映画館に映画を観にいく」習慣を復活させるつもり。これは引退を宣言されたハリソン・フォード様による最後の教えです。

コメント (3)
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「さあ、これからです。」

2025-02-24 14:46:16 | 日記

今日は母のお通夜。本来なら慌ただしい筈が、ごく少人数の家族葬である上、1日ズラしたお陰で余裕があり、予定より1時間早く会場入りし、母が寝てる横でこれを書いてます。

いよいよお別れかと思うといくらでも涙が出てきます。

父を見送ったときは、棺に大量の花を詰めていくセレモニー(?)の、天国を想起させるビジュアルを見て初めて堰を切ったように涙が溢れたけど、母の場合は亡くなるずっと前から、そうなることを想像するだけで泣いてました。

私はお父さんっ子で、母に対しては憎しみすら抱いてた筈だし、当人からも最後の最後まで拒絶されてたのに、やっぱり母親っていう存在は良くも悪くも、とてつもなくでかい。母親こそ……いや、女性こそが神様なんだとつくづく思います。



幼い頃から母の顔色ばかり伺い、それに囚われ続けた60年間がようやく終わり、もっと解放感があっても良さそうなのに、今はただただ寂しいです。

同列には扱えないけど、勤務先の施設でお婆さんが亡くなるたびに、いやそればかりか、月1回の誕生会でお祝いを受けてるお婆さんを見てるだけで私は涙が込み上げちゃう。お爺さんのときは眼カラカラです。

若い女性は基本的にニガテ。なのにお婆さんは愛おしくて仕方ない。この心理を一体どう解釈すべきなのか……(もちろん異常性癖とかじゃありません)



書いてるうちに時間が迫って来ました。これから、通夜、葬儀、法事、そして怒濤の手続き戦争が始まるけど、相続手続きに関してはもう、プロに丸投げします。かなりの料金がかかるけど、前回(父のとき)で懲りました。出来るだけラクにやらせてもらいます。

コメント (2)
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「嘘みたいなホントの話。」

2025-02-23 10:23:39 | 日記

ここ数年、我が地域じゃ見られなかった銀世界を眺めながら、私はついに人生の第2ステージの入口に立った緊張感を味わってます。

もちろん喪失感もあるし開放感もあるけど、それ以上に「いよいよ本当に独りだ」「自分の人生を歩むんだ」っていう、重み。

実は離れた場所に5つ上の兄がいるけど、将来世話をする気も無ければされる気も無いと、父の通夜のときに宣言しました。

両親の介護は私が一手に引き受けてきたけど、遺産相続はきっちり二等分するとも約束してあります。遺産が目当てで実家に戻ったと思われたくないし、二等分することで後腐れなく別個の人生を歩めるから。

なので母の葬儀にも兄は(本人了承の上で)呼んでません。今まで私がずっと1人で頑張って来たのに、最後の最後だけ横で家族面されちゃたまらない。

だから通夜も告別式も基本は私1人でやるけど、それじゃ寂しすぎるし私の負担が大きいから、長野の親友Hくんと大阪のGUN友Nくんが付き添いに駆けつけてくれる予定。

そんな葬式は前代未聞かも知れず、葬儀屋の人たちは驚いてた(内心は呆れてたでしょう)けど、喪主は私だから私のやりたいようにやらせてもらいます。



ところで母が亡くなる日の前夜、こんな出来事がありました。

会っても鬱陶しがられるのは承知の上で、でもあと何回会えるか分からない状況ゆえ、いつものように私は業務を終えてから隣部署を訪ねました。

そしたら、ちょうど入口のところで中堅の男性職員と鉢合わせになり、私は「すいません、またちょっと(母の居室を)覗いて行きますね」と、穏やかな調子で言いました。

ところがその職員……もう「アイツ」と呼ばせてもらうけど、よっぽど忙しかったのか直前に腹に据えかねる事でもあったのか、アイツは物凄く迷惑そうなオーラを発しながら、無言で、首を半分だけ横に振る(つまり“勝手に行け”という)仕草をして見せたから驚いた!

もちろん「ええっ!?」って一瞬思ったけど、そのあと全体会議があって急がなきゃいけないし、あまりに想定外な対応にどうリアクションすればいいか分からず、私はすぐその場を離れて母の居室へ行きました。

母の様子は前日とそんなに変わっておらず、「もう近い」ってホンマかいな?と思うほどでした。



で、そのあと参加した月1回の全体会議。基本は各部署の収支報告と施設長による訓示だけど、いつもより長いその訓示が「(職員どうしも含めて)人との接し方が正しく出来ているか、あらためて省みて欲しい」みたいな内容だったもんで、私の奥底にあるマグマがメラメラと燃え始めました。

さっきの「アイツ」の「人に対する接し方」は一体どうなんだ? 私がターミナル・ケアを受けてる利用者の家族であること、それ以前に同じ施設で働く仲間であること、アイツよりかなり歳上であることを差し引いても、どう考えたって圧倒的に正しくない。

しかも、私が「気持ちだけでも」と持ち込んだ栄養ゼリーを女性職員が突き返した件で、隣部署のみんなに謝罪されたあの日から、まだ1週間も経ってない!

その「みんな」の中でもひときわギラギラした笑顔で「僕はあんな人(ゼリーを突き返した職員)とは違いますから」って断言したのが誰あろう、「アイツ」ですよ! これ、本当にホントの話です。

あんな女やこんな男を雇い、野放しにしといて「人との接し方を見直そう」もクソもあったもんか!!💢



施設長の訓示が長すぎて、司会役の人が「今回は質疑応答を省略します」と言って会議を終わらそうとするのを遮り、私が「すいません、どうしても言いたいことがあります!」と手を挙げたもんだから、そこにいる30人前後の職員たちが全員、仰天しながら私に顔を向けました。

なにしろ、私はそんな大勢の前で、しかも皆が早く帰りたがってる空気の中で、いきなり物申すようなタイプじゃないんです。けど、この時ばかりはまったく躊躇ナシでした。

「よその施設で見放された母を受け入れてくれたこの施設には本当に恩義を感じてます」と前置きした上でアイツとのいきさつを話し、「なんやねん、あの態度はっ!?」と、なぜか全員に対して怒鳴る私。もう止まりません。

アドレナリンが出まくって声も足も震えてたけど、私はアイツに限らず職場全体の空気に対して以前から感じてる不満もぶちまけました。

「朝、出勤した瞬間に帰りたくなることがしょっちゅうあります! 必要以上にピリピリして、挨拶しても無視される。ここは野戦病院かよ!?って。新しく入った職員が次々辞めていくのも当然です!」



手を挙げる直前までは「人手不足で余裕が無いのは本当によく解るけど」ってフォローも入れるつもりだったし、「そういう空気が利用者様のストレスになってないですか?」って結論づけるつもりだったのに、興奮しすぎて言い忘れちゃいました。

が、普段おとなしいヤツが大声を上げ、ちゃんと筋の通ったことを言ったときの効果は凄い。まさに「水を打ったように」皆が静まり返り、施設長はうなだれ、中には涙を流してる職員も。

そう言えば数ヶ月前、施設長との個人面談(年に2回ほど定期的にある)で私が「職員どうしの挨拶がちゃんと出来てないのが何より不満です」って訴えたとき、施設長に「私が言うよりハリソン君みたいな人が言った方が絶対に刺さるから、ぜひ皆に言って欲しい」と頼まれたことを、後になって思い出しました。

そのときは内心「ヒンシュク買って損するだけやん」と思ったし、「自分には荷が重いです」って正直に言ったけど、気がつけば結果的に実行してた。施設長とは違う「何者か」に言わされた感じです。



思いをぶちまけた結果はこないだ(栄養ゼリーのとき)と同じで、隣部署のトップはおろか施設長にまで謝罪される事態に。

「利用者様の家族」っていう立場を振りかざすのは絶対ダメだけど、その立場じゃないと言えないこと、言わなきゃならないことを、奇しくも母が亡くなる前夜に(つまりその立場でいるギリギリ最後のタイミングで)、主に役職者が集う会議でぶちまけた。

施設長が予言した通り、トップからの長い訓示よりも確実に刺さったと思います。もちろん、だからって私が大声だせば皆がひれ伏すなんて、アホアホな勘違いは断じて致しません。もういい歳ですから。

ちなみに「アイツ」こと信じられない横柄な態度をとった男性職員も、そして栄養ゼリーを突き返した女性職員も、おおっぴらには言えない裏事情を抱えてることを隣部署の主査が「言い訳にならないけど」と前置きした上で教えてくれました。

「ここだけの話にして下さい」とも言われたので言明は控えますが、私自身にも通底するものがある(親を介護してるって意味じゃなく)と書けば察して頂けるかと思います。

だからって野放しにしちゃ絶対ダメだし、けれど深刻すぎる人手不足という切羽詰まった背景もあるしで、上の立場にいる人たちが一番苦しんでる現実もよく分かりました。

こう言っちゃ何だけど、母がウチの施設(の隣部署)にいるより病院にいる期間の方がずっと長かったのは、今思えばラッキーでした。あの2人以外の職員さんたちに落ち度は無いけど、身内を預ける立場からすると……



挨拶の件にしろ、殺伐としがちな現場の空気にしろ、これまでスルーされてきた(小さいようで大きな)問題を会議の場で浮き彫りに出来たのは、本当に良かったと思ってます。

その翌日に母が亡くなり、私は慶弔休暇に入ってますから、施設に少しでも変化が生まれたかどうか現時点じゃ判りません。

が、大勢が集う会議の場で言うべきことをハッキリ言えた、自身の変化こそが私にとって何より重要。なんだか卒業試験に合格したような気分。

無理くりなポジティブ・シンキングじゃなくて、これまでの長い試練がようやく結実し、それを見届けるようなタイミングで母が逝った。これまた嘘みたいなホントの話です。

ちなみに私の付添人の都合により、母の通夜と葬儀は1日遅れで執り行われます。だからこの記事が書けました。

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