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血と時間と

2008-04-03 23:55:33 | 日記風
 血の繋がり…。
 日本人は好きです。幼い頃に別れた親に逢いたい、兄妹に逢いたいみたいなストーリー展開。
 アジア人全般そうみたい。

 血の繋がりが特別なものになっている。
 
 血が繋がっているから理解してくれる。
 血が繋がっているからきっと誰よりも深く判ってくれる筈だ。

 血の繋がりというものに暖かい幻想を抱いている。

 私の古い知り合いで幼い頃、実のお母さんと別れた人がいる。色々家庭の事情があってお父さんたちに本当のお母さんのことを聞けなかったらしい。大学を卒業する頃、用があって戸籍を取り寄せ、始めてお母さんの名前を知ったそうだ。

 簡単に何も言えません。

 またある人は実の親だと思っていたのに実は自分が養子だった事実を知った。

 でもこの母と子、似てる。性格とかちょっとした身体的特徴とか。胃が弱いとか身体の病み方まで。

 子はまるで何も知らずに育ったのに。親子だから似ちゃうんだと何の疑いもなく親や生活を受け入れていたんだろう。

 血は全く繋がってなかたったのに。
 羨ましいほど、親は子を思い子は親を思っていた。

 学校卒業して、田舎帰ったもんね。
 親を故郷に放っておけないって。この時、その子は自分と親の間の真実をしらなかったんだけど。

 そうすると、血じゃなくて過ごした時間だろうかと思う。
 同じものを同じように食べてきたことなのか、同じ思い出を共有したことなのか。

 その中で作り上げられてきた信頼感なのだろうか。

 この親子を思うと血じゃないんだよなと思う。

 思えば血の繋がらない男女が一つ家庭を築いていくということは違う世界を作り上げていくことだものね。

 血意外の何かが人と人を結んでいる。
 
 血が繋がっていないのに親子として縁があったんだもの。それだけで実の親子よりもっと濃いものがその家族の間にはあったんだよな。
 
 けれど人は時に疲れ思ってしまう。
 血が繋がっていれば。
 きっと理解してもらえる。もっと深い愛情の中で甘えられる。

 思ってしまう。

 そんなもんじゃないけどね。
 血が繋がっている親子だと言うことが、どれほど親は子に子は親に当たり前のように我儘をくり出してしまうかを。
 
 娘だから判ってくれる。お母さんだから判ってくれる。
 当たり前の親子として暮らしているとどんどん相手に無理な要求も突きつけてしまう。
 
 理解してくれる筈、だって親子だもの。

 時に距離を置いて考えてみないと今の幸せを忘れてしまう。

 私もずい分親不孝をしている1人ですが・・・。
 

解読

2008-04-03 19:57:15 | 日記風
 なんか最近胸に引っかかっることがある。

 それが言葉にならない。

 人の気持ちというのは意外に伝わるのかもしれないと思う。具体的に何と伝わらないまでもぼんやりとでも伝わるものかも・・・と思う。
 
 長らく付き合いが途切れたりして、何故何だろうと思う友人がいても、意外とこういう理由があるのかな?と思うことがある。
 自分が感情的になって「きっとこうに違いない」と必要以上に相手を責める気持ちがある時は当たってないけど。

 時間が経って話しを改めて聞くと「・・・ああ、やっぱりな」と思うことはある。
 場合によっては「えっ」ってくらい想像を上回る理由だったりするけれど。

 事情っていうのは、あるものです。

 今の解読できない気持ちをつきつめて行けばなんだか、何かが脱皮できそうな気がする。

 私個人としても書く者としても。

 登ってみないとその山の実情は判らない。登ってみてやっと判る事実もある。

 今は何もかも難しいと思うけど。

 この胸の中の思いを上手く解読できない。
 いつかできるときも来るかも知れない。
 
 今はその時を待つしかないけれど。

そうであるように

2008-04-03 17:37:45 | 日記風
 久しぶりに友達と逢ったら出世していた。
 頑張ったんだろうなぁと思う。

 ・・・頑張ってないのかしら、私。
 本日より日常生活がほぼ元に戻ってきました。
 ありがたいことです。

 PCの姿勢で体調崩すなんてどれだけ触ってるんだって所だけど、多分お仕事でPCを使ってらっしゃる方と実はそんなに変わらないんじゃないかな。

 ・・・だったら何故だ?
 余程姿勢が悪いのか。

 根性が悪いのか。

 久しぶりに仕事に接して、昨日から凄い緊張しましたが、まあ、よかった無事に終わった。

 色々反省することありますね。自分を見直すいい機会にはなっております。

 物事って1度「なんで?!」って悪くなってからいい方向へど~んと進むことがあるけど、そうだと思いたい。

 そうであるように。