わが大地のうた♪

NPOグリーンウッド代表理事:辻英之(だいち)が今、南信州泰阜村から発信する炎のメッセージと…日々雑感!

阪神大震災の被災児童からのメッセージ2

2012年01月19日 | 応援団より
前回に引き続き、阪神・淡路大震災のときに、私たちNPOグリーンウッドと泰阜村が受け入れた神戸市の被災児童からのメッセージです。

もう26歳です。



僕は小5、小6とダイダラ(※)で2年間、山村留学をしていました。

あれから15年、僕は今年、26歳になり、そして社会人になりました。

今この節目の時期に思えることは、ダイダラの生活は本当に自分を強くしてくれたということです。

小学生という若さで親元を離れ、知らない人と、自分たちの力で生活をする。

この環境の中で1年、2年と暮らすことで、困難はあきらめず自ら行動し解決していくこと、他人を理解できないときはとことん話し合っていくこと、年下の子の面倒をみること、決めたことは責任を持ってやり続けること、自分は一人ではないこと、など様々なことを感じ、またこの他にも自分では気付かない部分おいても、大きく自分を成長させてくれた期間であると思っています。

そして今、僕はよく「上手く生きている」といわれます。

人付き合い、学生生活、就職活動などに対して言われる言葉ですが、僕はこれを言われるたびに「ダイダラでの生活のおかげ」と思っています。


そして、僕は阪神淡路大震災を経験したということで、ダイダラでの2年間の生活において、村の方々が金銭面の援助をしてくれたことに感謝しています。

また、日ごろの生活の面においても、突然転校してきた僕に仲良く接してくれた友達、やさしく声をかけてくれた地域の方々に本当に感謝しています。

毎年村外からダイダラに10~20名集まって生活する僕たちが気持ちよく暮らせることは、自分たち、またダイダラのスタッフの力だけで出来ることではなく、村の方々の協力があってこそだと思います。

本当に、外から来た僕たちを心地よく受け入れてくださりありがとうございました。いつか、村の方々に恩返しが出来ればと思っています。


※ダイダラ=暮らしの学校「だいだらぼっち」



私が彼と出会ったのが、彼が小4の夏キャンプ。

阪神淡路大震災から半年がたっていました。

身内を失った悲しさは半年たっても癒えることなく、星空を見つめては毎晩涙を流していたのを想い出します。

小5、小6と、私と一緒に山村留学:暮らしの学校「だいだらぼっち」で共に暮らしました。

そしてどういうわけか私と同じ大学に進学し、彼が在学中には、私の恩師にあいさつがてら彼にはよく会ったものです。

そんな彼も、もう26歳で社会人。

私よりも的確に、暮らしの学校「だいだらぼっち」の本質を語り、私よりも心のこもった感謝の言葉を泰阜村の人に言えるようになっています。

感動です。

今年度、山賊キャンプで泰阜村に来た、福島のこどもたち。

暮らしの学校「だいだらぼっち」で泰阜村に今受け入れている被災したこどもたち。

17年後には、きっと感謝の想いを周囲に発揮するようになっていることでしょう。


代表 辻だいち





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