感想

バラとおわら風の盆と釣りなどの雑記

秋山紀行 3

2008年01月09日 | 雑記
秋山郷の風習について牧之は書いていますが、その中で特徴的なのは

まず「婚姻」についてが上げられます。年のうち半年は雪のため全く外界と閉ざされていることと、雪のない季節でも「妻有の庄」などの近くの町へ行くにも道が険しく狭いために、馬は通れず豊かな山林資源を持ちながらも貧しい生活を余儀なくされていたことなどが、外因で、当時から恐れられていた天然痘(疱瘡)の村内への流入を防ぐことが内因のようですが、婚姻はすべて秋山郷内で完結していました。これは暗黙のしきたりとして、長く続いていました。男女共外部の人と結婚する場合は村を離れなくてはならず、帰ることが許されませんでした。同属結婚の弊害は多くありますが、いいことは(?)以前にも書きましたが、戦前に秋山郷に調査に入った方から直接伺った話ですが、女性は非常に綺麗な方ばかりで桃源郷のようであったといいます。

婚姻という、生活の中心が村内完結であるがゆえに、その地理的要因とともに秋山郷では、外界の風俗・風習の影響を受けることはほとんどなく、昔ながらの生活を維持していました。主食は粟(あわ)で、冬の間は栃の実を加工したものを食べています。また米の栽培はほとんどなかったのですが、これはまだ品種改良が進まず、寒冷地での稲作は難しかったことも栽培されなかった理由のひとつのようですが、今ではあたりまえのように食べている日本人の主食の米ですが、秋山郷に限らず、すべての庶民にとって米が主食になったのは、ごく近年の事のようです。日本を代表する米にコシヒカリがありますが、初期のコシヒカリは寒さに弱く、上田あたりでも稲が倒れるなどうまく栽培ができませんでした。現在では品種改良により強いコシヒカリが出来るようになり、多くの人が口にできるようになっています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする