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少子化対策の議論

2022-06-22 | 日記

日本の少子化を取上げた番組で、パネラーたちのいろんな意見を聞いていた。

 「少子化対策」と言いながら、ほとんどの場合、それは「中高年対策」の話でしかないんだ、という意見は興味深かった。つまり、「少子化対策は、子供を増やし若者を増やして、高齢者や中高年の人々が将来受け取る年金を確保するというための話でしかない」というのだ。曰く、「少子化対策の話を聞いていると、何かの対策をすれば出生数が増えて、将来の労働人口を確保できる、という方向の話しかない」という。確かに、そう言われてみればそうだと感じる。

 「出生数を増やし、子供を増やして労働人口を確保する」という路線にしがみついて、何とか若い世代に子供を作ってもらおうとしているのは、確かに中高年以上の世代だけの事情で、若者たちはそれに縛られるのを拒否したいのかも知れない。テレビ番組や政治家の話を聞いていると、「少子化対策」は盛んに議論に上がるが、「若者がより良く生きて行けるように」という政策議論には、それほど熱が入ってないように思える。

 少子化対策ではいろいろな具体案が出され、何だか分からないうちに「お金」まで付いている。だが、若者の生活向上に関しては概念的な目標や理念は提示されるものの、具体案や「対策費」の提示はほとんどないような気がする。つまり、「子供を産んだ時の資金援助」は提案されるが、若者が子供を持とうとする動機や子供を育てる環境についての具体案は少ない気がする。

 そして、実際に「生まれて来た子供」に対する「社会的な保護」は一向に手厚くなる気配がない。保育園や教育費を無料にしたからと言って、子供の子育ての環境が整ったというわけでは無い。いや、保育士や学校の教員の数、そして教育設備などの費用を倍増・3倍増するくらいのことをしなければ、現在の環境の中で「一時金」を貰ったくらいでは、子育てを重要視し子供の社会的保護が手厚くなったとは言えないだろう。

 「恋愛結婚」が出生数を下げているという意見も興味深い。男女100人ずつの若者が居たとして、必ずしも相思相愛の100組が誕生するとは思えないから、「恋愛成功者」だけが子供を作るとすれば、100組がいずれも子供を持つということにはならないからだ。男女100人ずつの中で、何人までが「恋愛結婚」という形で次の世代を作ることが出来るだろうか?。仮に50組とすれば、一組が4人ずつの子供を作らない限り、もとの男女合わせて200人という数は維持できない。

 平均の子供数が一家族2人であれば、元の200人を維持するためには100組の「恋愛結婚」が達成されなければならないことになる。「恋愛結婚」を基本とし、家族の子供数が平均2人以下であるならば、当然、出生数で200を維持するのは難しく人口の減少は避けられないのだ。恋愛結婚以外に「見合い結婚」のような形態を入れて100組全員の結婚を目指し、「何が何でも?100組の結婚と平均2人の子供を持つように」とでも言わない限り人口減少は避けられない、そんな事実にもっと真正面から向き合って対策を考えることが必要になりそうだ。

 

 

 

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