卓袱台の脚

団塊世代の出発点は、狭いながらも楽しい我が家、家族が卓袱台を囲んでの食事から始まったと思います。気ままな随想を!

2016年 スポーツ講演会・室田 淳 氏

2016年02月27日 09時37分56秒 | ゴルフ

2016年 スポーツ講演会・室田 淳 氏

 

 

 2月21日晴れ。会場の越谷市中央市民会館で、「1時より整理券を配布」とのことでしたが、たかをくくって、会場入りは2時半過ぎでした。外からは分かりませんでしたが、建物に入ると広い玄関ロビーの片隅には、二重三重の人垣が出来ていて、200名近い人溜まりが出来ていました。

白髪やごま塩頭、薄毛の年配者達で、キャップを被って、いかにもゴルファーという感じです。「整理券の無い人は、あちらで配っていますので…」と係の人に促されて、整理券を貰い列に並びました。開場時刻には、私の後ろにも100名くらいの列が並んだと思います。

 

テレビ画面を通して見るプレースタイル、染み出てくる人柄を感じて、゛ 講演会 ゛を見てみたいと思いましたが、これほどの人気があるとは、思いもよりませんでした。「何かあるのかな…!」と思いましたが、本人の講演を聴いて、後から分かりました。

 

 

( 講演会会場の越谷市中央市民会館 )

 

 

( 入場前 玄関ロビーの人の列 二重三重です )

 

 

会場は、おじさん、おばさん、高齢者、後期高齢者の坩堝(るつぼ)です。50代は、若手です。定員332名とパンフには謳ってありました。私の座席からは、立ち見の人は見かけられませんでしたが、多分、満席に近い状況だと思います。

 

 

「現在60歳、越谷在住40年になります。そのうち半分は、ホテル暮らしです。かつて、この会場で講演をさせて貰いました。その時は、大変広く感じましたが、今日は、案外狭く感じられ、床板などを見ると、当時と比較して歳を感じます」と言う、挨拶から始まりました。

スマホのレコーダーなので、再生が聞きづらかったですが、以下のことを述べていたと思います。

 

 

( 室田淳氏プロフィール )

 

 

◎ ……昨今は、予選会から勝ち上がれば、誰でもツアーには出られますが、かつてのJPGAのプロ試験に合格しなければ、出場は出来ませんでした。26歳でプロ試験に合格、30年以上この世界で飯を食ってきました。PGA登録者は、5500名おり、半分以上はティーチングプロであり、トーナメントプロは2000名程います。そのうちトーナメントに出場出来るのは140名、決勝ラウンド出場者は60名ほどです。女子のレギュラートーナメント数は、華やかさと実力の向上もあり年間40試合を数えていますが、男子の試合数は、時勢を反映して、今年は25試合位です。

 50歳以降シニアツアーにも参戦していますが、30年以上この世界でやっていけるのは難しい。一線を退けば、解説者など他の収入を探る方もありますが、私は生計をトーナメントの賞金に頼ってやってきました。全国を回るので、各地に私を支えて頂いた支援者がおり、地元越谷の支援者や体育協会などにも、大変応援して貰っています。シニアでは、「鉄人・室田」などと言われていますが、まずは、このような立派な身体に生んで、好きなことをさせて貰った親に感謝しています。

高校までは、野球で長距離を走り込んできたので、ゴルフを始めてプロになった時には、楽なスポーツだと思いました。「継続と向上心」のサブタイトルから言えば、60歳の現在もレギュラーとシニアでやっていけるのは、その体力保持が出来ているからだと思います。プロから現在に至るまで、相当トレーニングで走っています。「誰が何と言おうと、今のプロゴルファーの中で、総走距離を走っているのは、私だと思っています」。チャンスが来た瞬間に、それをものにする体力と、数センチ数ミリを打ち分ける技量を持つ力は、継続により自信がつきます。

「好きこそ物の上手なれ」、親は教育者で、教えることが好きだったのでしょう。日頃より、教え方など考えていたようです。ゴルフでは、コーチはプレーヤーに、案に限界を教えるようなことを言ってはいけない。可能性の積み重ねを教えることで、私は、4日間、24アンダーパーで優勝することが出来ました。「言うこと」を出来る人は、ゴルフでは1~2%、あとの98%の人たちは普通の人なのですから。

シニアツアーで米国へ行く機会がありますが、「あのようなゴルフ場でプレーするから、世界で通用するプレーヤーになれるのだろう」と思いました。゛ 日本のゴルフでも世界に通用する ゛と言われますが、日本のゴルフ場ばかりでプレーしていては、なかなか(世界に通用するプレーヤーは)育ちにくいと思います。日本各地に、トーナメント専用のタフなコースを常設したらどうでしょうか。来年度は、会長に青木さんがなられるようなので、従来の体質を変えられ、新しい事をやって頂けることを期待したいと思います。

シニアツアーも楽しいので、皆さんも行って下さい。プレーする度に、言い訳がましいことを言っては、ギャラリーサービスがうまく、レギュラーのような堅苦しさはありません。楽しい時間を是非共有して欲しいと思います……

 

 

( おもしろ、可笑しく話す 室田プロ )

 

 

◎ ……今年の1月に良いことがありました。2015年のシニアツアーの賞金王になったことで、年末よりハワイのアメリカ軍のコース・クリッパーという大変景色の良いゴルフ場で、プレーをしてきました。また、正月早々、そこでオバマ大統領のゴルフプレーを見る機会に恵まれました。練習場で大統領のスイングを見ましたが、そんなに得意な様子では無いようでした。ただ、一国のトップとしての雰囲気は、十分にありました。周囲への気配りも一流で、周辺にいた人達、私も含め全員と握手をしてくれました……

 

※「カネオヘクリッパー ゴルフコース」、1949年開場のこのコースは、オアフ島ウィンドワードのカネオヘ海兵隊基地内にあり、ハワイのペブルビーチと呼ばれるほど海に近く、壮観な景色を誇っています。サーフィンで有名なノースビーチの砂浜沿いのバックナインに、素晴らしくダイナミックなホールが連続しており、特に13番、14番、15番の各ホールは海岸に近いホールで、太平洋の荒波と、白い砂浜、海鳥を見ながらゴルフを楽しむことが出来ます。オバマ大統領が、毎年のクリスバケーションの折にプレーされることでも有名なコースです。(ハワイゴルフ案内から)

 

 

◎ ……青木さんは、若い頃は会っても向こうから挨拶されることはなく、目でギョロッと睨まれました。熊本の日本シニアツアーオープンで、最終日、最終ホールに1打差で逆転負けしてから、向こうから挨拶してくれ、優しくなりました。人間、変われば変わる者だと思いましたが、年齢的に変わってきたのでしょうか……

 

※2007年10月、くまもと中央CC、17回日本シニアオープン。16番ホールでバーディーを取りトップの室田に並び、むかえた最終18番ホール。ピン手前6mに付け、登りのフックラインを絶妙のタッチでバーディー(-12)を奪った瞬間、18番グリーンを囲むギャラリーより地響きするような歓声があがった。最終組1打差で追う室田の最終18番ホール、バーディーが外れた瞬間、青木功の日本シニアオープン10年ぶりの優勝が決まった。しかも65歳65ストロークのエージシュート、国内シニアツアー最年長優勝記録を更新と記録尽くめとなった。『エージシュートで勝てるなんて男冥利に尽きるね』と歴史に残る優勝に喜びをあらわした。(くまもと中央カントリークラブHPより)

 

 

◎ ……シャンクして優勝したのは、広島の八本松コースでした。相手は、芹沢でした……

 

※2011年10月、広島カントリー倶楽部八本松コース、21回日本シニアオープン。最終日17番、室田が痛恨のボギーを叩いて2位との差が2ストロークで、最終18番をむかえた。このホールのティーショット、ここまで不安を抱えてきたドライバーではなく、第3ラウンド同様3番ウッドを手にした室田だったが、このショットが思わぬミスでグリーンまで200ヤードを残してしまう。2打目は無難にグリーン左奥に運んだが、3打目のアプローチがシャンク。唖然とする室田と、慌ててプレーオフの準備に入る芹沢。室田は、4打目を1.2mに寄せたものの、優勝を決めるボギーパットとしては慎重にならざるを得ない距離が残った。氷雨が降りしきる18番ホールのグリーン上。2度、3度と素振りを繰り返して打たれたボギーパットがホールに沈み、室田の初優勝が決まった。通算4アンダーパー。2位の芹沢とは1打差という薄氷を踏む思いで、室田がシニアオープンの頂点に立った瞬間だった。(日本ゴルフ協会HPより)

 

 

レコーダーよりメモに起こして、誤解、間違いの無いように書いてみましたが、

 

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