卓袱台の脚

団塊世代の出発点は、狭いながらも楽しい我が家、家族が卓袱台を囲んでの食事から始まったと思います。気ままな随想を!

2021年 最中(もなか)

2021年02月09日 13時08分22秒 | 日記・エッセイ・コラム

 2021年 最中(もなか)

 

 

古い原稿が出てきました。20数年前の会社勤めの時、依頼されて書いたもののようです。「出典の小説の一節」を探しているうち、面白くなり、手を入れてみました。

 

 

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最中

 

訪問する時に、……この度特にお世話になったから、……久し振りに、……マンネリ化した雰囲気をチョット変えるため、……ということの小道具の一つに「手土産」があります。

東京の場合、結構有効活用する機会が多いのですが、何度目かにはその種も尽き、「今度は何を持っていくか?」と悩むことになります。「東京なら何でもあるだろう!」と地方の方々は思われるかもしれませんが、やはり、゛持っていく以上は、相手に喜ばれるもの、目先の変わったもの ゛という気持ちになります。上京者の場合は、ご当地の゛名物゛を毎度持参すれば良いのかもしれませんが、東京の場合はなかなか゛あるようで無いのです゛。

 

数年前、静岡で部活OB会の30周年記念総会が全国から70人ほど集まり開催され、私も幹事の一人として出席しました。久し振りの懐かしい面々で近況を語り合い、名刺交換など、楽しく和やかな雰囲気の中、盛会に終わりました。2週間がたった頃、地方の2年先輩より会社に電話があり、「家内がテレビの名物紹介番組を見て、銀座に名物最中があるが、宅配せずに持ち帰りのみの販売らしいので、何とか手配してもらえないだろうか?」との依頼でした。後輩の面倒見も良く、OB会活動にも熱心な方でした。

 

事務所が今の銀座8丁目に移ってから10数年、名物最中の事は全く知りませんでした。△△の芋羊羹、□□□のカステラ、神楽坂○○○の名物あられなど、常識程度は知っている積もりでした。事務所の同僚達も、その名前は知りませんでした。銀座本通りに面したビルの8階にある事務所の1階は、場所柄商店が入っています。「英国屋」という、主要都市に出店し、銀座に7~8店舗を営業している老舗のティラーです。今は大分落ち着きましたが、それでも日本最高の坪単価を誇る「銀座」の中の洋服店ですので、一着の仕立代は15万円~からと、一般庶民の出る幕はちょっと苦しそうです。テレビで見かけたタレントや恰幅の良い事業家らしい方々が、時折出入りしております。ただ、立ち話などする仲になった従業員は、見た目普通の方です。

バーゲンセールの3000円のネクタイを3回に1度購入する時の顔馴染みの店員に尋ねてみました。

彼曰く、「以前銀座の全店で、進物として相当数使っていました。店は大きくないが、味もまあまあで、程よい大きさです。老舗の常で、以前の社長が店に出ている頃は殿様商売で、゛気に入らない客は買ってくれるな! ゛くらいでしたが、最近は風潮として変わってきました。持ち帰りのみの、予約販売です」。

 

店は銀座松坂屋脇の「みゆき通り」と「並木通り」の交差する角際にあります。ビルは3間幅の7階建てで、間口1間の引き戸を入ると4畳半の広さを客用の2畳の叩きと、一段高い畳敷きのスペースに出納机を置いて、言葉遣いの達者な、お内儀風の老女が手慣れた接客にあたっています。向かいの棚には、個人客と会社の名前を記した短冊を挟んだ予約品が、ポリエチレンの袋に詰められて20~30個、注文主を待っています。出入りする客は年配の夫婦連れ、OL、段ボール箱にまとめて黒塗りの車に積み込む運転手と、いろいろな方々です。通りがかりの予約の無い客は、概ね断られていました。

店に聞くところによると、

「当日分の端数は、午前中で無くなってしまうので、問い合わせて゛有る無し゛をその時に聞いてもらわないと困ります。少数でも、予約が確実です。時期によって期日は異なりますが、3~6日位の待ち日数です。配送はせず、持ち帰りに限っています。10個入り/1000円、20個入り/2000円が良く出ます。自家用と進物用の箱の違いで、値段が少し違います。電話注文が、ほとんどです。」

 

小判形のもの10個の進物箱入りは葉書大、20個入りはB6版くらいの大きさ。最中一つ一つはさして大きくありません。焦がしてある外側は香ばしく、鼻に優しい。よく練り込んだ粒あんは適度な甘さで、しつこさがありません。値段から見て、今流に言えばリーズナブル。

品物に入っている「但書」を見てみると、

「明治17年上野池之端創業の100年を迎える。銀座の店のみの営業で最中、餅、水羊羹の和菓子を販売する。材料は吟味し、添加物は一切使用していない。常温で1週間は日持ちするが、3~4日位が食べ頃。固くなった最中は、5~6個纏めてお汁粉にすると良い。

△「吾輩は猫である」の一節(夏目漱石) △「匂い菫」の一節(林芙美子)

△「白い魔魚」の一節(舟橋聖一)

の作中にも土産物としてでている。

 

との明記がしてあります。由緒正しい老舗の味と思いつつ、味わってみると尚一層の趣が感じられました。

 

こういった知名度が「売り」になる名物については、差し上げる相手がそのものを知っている場合は話に花が咲き、相手もこちらも盛り上がります。昨年他界した父の法事の引出物として「最中」を用意しました。出席者の中に一人だけ知っており、その場は名物談義で盛り上がり、予定の時間を大分オーバーしました。

これより、時折、相手を見て手土産として使っていますが、先日は仲間内の飲み会でこの話をしましたら、当然のごとく無心される羽目となりました。良い手土産を持参できることは、誠に大きな財産的価値を得ることと同じだと「最中」を通じて、感じました。

私は、「最中」になりたい。「空也最中」になって、外見も中身もしっかり人に喜ばれる人間になりたい。

 

 

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(「日本の文学」中央公論社 夏目漱石(1)「吾輩は猫である」(2章))

 

 

(「日本の文学」中央公論社 夏目漱石(1)「我が輩は猫である」(3章))

 

 

(ブログ「十人十色 そのひとつ」より 林芙美子「匂い菫」の一節)