MATTのひとりごと

ご覧いただいた際に何か一言でもコメントを残していただけると励みになりますのでよろしくお願い致します!!

Shihoさんとの第2回ライブを行いました(2023年9月7日)

2023年09月07日 | イベント

 このブログの静止画や動画は当日参加された皆様から頂いたものを使わせていただきました。皆様ありがとうございました。

 去る6月14日に開催した最初のライブに続いてShihoさんとの第2回のジョイント・ライブを自由が丘アイランズ・カフェで実施いたしました。

今回もアナウンス直後に満席となり、会場は熱気にあふれていました。

私から皆様へのお土産として、ハワイで購入してきた来年のカレンダーをはじめいくつかの印刷物

を用意いたしました。

 特に今回はさる8月に発生し古都ラハイナを全滅させたマウイ島の山火事の被災者に僅かでもお力になれればと思い、この第2回のライブ曲集を皆様にお買い上げいただきドネーションの一部に充てていただくこととなりました。

 曲集はこの日演奏しますShihoさんの曲を収録したもので、ほとんどが譜面としては出回っていないものですので、大変貴重な資料と言えます。
これだけの資料を公開されたShihoさんに感謝いたします。

 曲集の内容はこのような全16ページものとなっています。
ちょっと解像度が悪いのですがお許しくださいね。
曲の配置は演奏順ではなくタイトルのアルファベット順になっています。








 以上ですが、おかげさまで皆様にお買い上げいただきましたのでShihoさん経由でチャリティー組織に送っていただくことにいたしました。

1曲め:Maile Swing
 この曲は今回採り上げた作曲家のひとりジョン・カメアアロハ・アルメイダ(通称ジョニー・アルメイダ)の作品です。
 この作者については前回もご紹介したように、母親が作業をしていたマイレの持つ毒液のために4歳ごろから盲目となり、10歳で完全に目が見えなくなりましたが、それにもかかわらず、バイオリン、マンドリン、ギター、ベース、サックス、ピアノ、スチールギター等の演奏をマスターしたという大変な人物です。
 マイレの毒で盲目になった彼の作品がマイレ・スイングというのも皮肉ですが、純粋にマイレを歌っています。
 Shihoさんが好きなライアテア・ヘルムのアルバムのタイトルの一つに「Sweet And Lovely」とあるのはこの曲の出だしの歌詞を採ったものです。

2曲め:`Āina `O Moloka`i
 今回の参加者の中で次の週にモロカイ島旅行をされるかたが居られることと、モロカイ島がライアテアや叔父さんのジョージ・ヘルムの故郷でもありますのでご紹介いたしました。

3曲め:Hawaiian Soul
 ジョージ・ヘルムは歌手として活動する傍ら、当時米軍の射爆場として接収されていたカホオラヴェ島の返還を求める運動に参加していたのですが、島に上陸してからの帰路に行方が分からなくなってしまいました。
 この曲はジョージの魂を感じた作者たちによって作られて曲でジョージを愛する人たちに歌い継がれてきました。
 静止画付きのサウンドでその一部をお聴きください。画面クリックでスタートします。


4曲め:Sea Of Love
 この曲もライアテアが歌っているので最近の曲とばかり思っていたのですが、調べてみると1959年のサスペンス映画の主題歌で、その年のビルボード誌のトップ100の2位までランクされたとのこと。
 ここで「1959年のビルボード誌」というキーワードに引っ掛かりました。実は前回のライブで演奏したSleepwalk

のことを「1959年のビルボードで2週連続1位となった曲」とは紹介してきたのですが、実は肝心のビルボード誌というものを見たことがなく、単に受け売りで紹介していただけなのでした。

この「受け売り」では過去に大きなフェイクニュースに遭遇したことがあったのです。

 そのニュースとは「Ke Kali Nei Auは本当は結婚の歌ではなく、お芝居の中の婚約の場面で歌われていたもので、本当の結婚の歌はLei Aloha Lei Makamaeなんだよ」というもので、昔のミュージシャンたちはステージでこれを披露していましたし、現在でも鳥山さん編集の曲集にそのように書かれています。
 
 私のブログでご紹介してありますが、この「お芝居(実際にはチャールスEキング作のオペレッタPrince Of Hawaii)」の資料を探した結果オペレッタの演じられたのが1925年であるのに対し、Lei Aloha Lei Makamaeが作られたのがそれよりも9年もあとの1934年であることが判明し、明らかなフェイク・ニュースが語り継がれてきたことが分かりました。

 このように「受け売り」でフェイク・ニュースがずうっと生き続けているのは問題ですので、果たしてSleepwalkが本当に1959年のビルボード誌の1位を2週にわたって占めたのか、そして今回のSea Of Loveが本当に2位だったのか、さらには52週もあるなかでもしかしてSleepwalkとSea Of Loveがワン・ツー・フィニッシュだったりするのかといった興味から1959年の年初から毎週発行されたビルボード誌の中身を片端から調べ始めました。

そしてこのような結果が得られました。

 左から」1959年9月21日、9月28日、一週置いて10月12日の上位チャートです。
いずれも「前週、前々週、三週前」のランキングも載っているのでランクの移り変わりも分かります。
 これによるとSea Of Loveは9月21日の3週前、すなわち8月31日の週に2位となり、その後週ごとに1段ずつ下がってきたことが分かり、8月31日にはSleepwalkが3位だったことも分かりましたが、期待したワン・ツー・フィニッシュではありませんでした。
そして、確かにSleepwalkは翌週も1位でしたので「受け売り」はこれに限っては正しかったようです。

 余談ですがSleepwalk1位への浮上に伴ってそれまで3週以上首位を占めてきたThe Three Bellsという強力な曲があります。これはブラウンズというグループの曲で邦題は「谷間に三つの鐘が鳴る」というものでジミー・ブラウンという男の誕生・結婚・死去の三つの機会に鐘が鳴るというもので日本でもヒットしましたね! 

 前回私が演奏したSleepwalkに刺激されて土肥マスターが挑戦されるとのこと。画面クリックで当日のこの曲の演奏動画に飛びます。


次回にマスターの飛び入り演奏が実現するかもしれませんね。

 Sea Of Loveにはもう一つ疑問点があります。
それはライアテアが曲のほとんどをハワイ語で歌っているのですが、この曲は当然ながら英語のポップスですのでハワイ語歌詞は後から付けられた筈です。
 CDをリリースする場合は作詞者、作曲者のクレジットを付ける必要があるのですが、彼女のアルバムには英語の作詞者のクレジットは有ってもハワイ語の作詞者は載っていませんでした。
どなたかご存じの方が居られたら教えていただきたく、よろしくお願いいたします。

 ・・・と書いたところ浜ちゃんから有力な情報が入ってきました。それは「ハワイ語の作詞者」ではないが「ハワイ語のコンサルタントという人物がクレジットされているとのこと。
たしかに「作詞者」「作詞者」と探していたので見つからなかったのですがしっかりと表記されていました。

 考えてみれば現在ハワイの小学校ではハワイ語での教育も行われているようですし、ライアテアほどのミュージシャンであれば自らハワイ語で歌詞を書くことはできるでしょう。
 そして彼女が書いた歌詞をここにクレジットされたかたにチェックしてもらえば「完成」となりますので、「ハワイ語作詞:ライアテア・ヘルム」との記載はないのですが、おそらく彼女が作詞をしたのではないでしょうか。
 もちろんその旨の記載はありませんのであくまでも「推測」の域は超えないという前提ですが・・・

 ところでこの人物Kaliko Beamer Trappとはどのような方でしょうか?「Beamer」とあるので、あの大作曲家や演奏家を輩出したビーマーの一族と思われますので調べたところ

プープー・ヒヌヒヌなどの作曲家であり、ケオラ、カポノ兄弟の母親でもあるノナ・ビーマーのハーナイ・ソン(養子)でUHHでハワイ語を教えているとのこと。
ライアテアはその力を借りたのでしょうね。 

5曲め:Ku`u Ipo Pua Rose ~ Lei Pua Kenikeni
 この曲ではジョニー・アルメイダ作の2曲をメドレーにしました。

 曲自体の問題ではないのですが譜面の訂正で手間取りました。何しろ、印刷に出してから訂正部が判明したため何十部という訂正部分

をラベル印刷したうえで切断し、印刷された譜面に対する貼り付け作業が結構大変でした(汗)

6曲め:Gorgeous Hula
 ジョニー・アルメイダの曲をもう一つ、彼の孫に贈った曲です。
4分の4拍子と4分の2拍子が混在する曲で演奏はもちろんですが、譜面を書くのが大変でした。

画面をクリックすると動画に飛べます。


7曲め:Kīhei 
 今回のマウイ島の山火事ではラハイナが最大の被災地でしたが、それ以外にクラとキヘイの町も被害に遭いました。
この曲は2曲目のアーイナ・オ・モロカイと同じカイ・デーヴィスの作品です。

==============================================

 前半が終わりゲスト・コーナーとなりましたが、浜ちゃんは「のどが痛いから」と出演しませんでした。
(それにもかかわらずライブ中にはShihoさんの歌に合わせて歌っていました。)

DaeskiとMaikoさん(それにEriさんも)によるカノンの演奏です。


 西山さんとミツさん、それにカネフラも加わってのKe Uluwehi O Ke Kaiです。
画面クリックで動画に飛びます。


Asakoさんのフラです。


客席風景です。


==================================

8曲め:Lahainaluna 
 今回のマウイ大惨事の中心はもちろんラハイナですが、クイ・リーがつくったこの曲をLahaina Lunaと分けて表記するだけでなく「ラハイナの月」という邦題まで登場しています。もちろんLunaは「月」と全く無関係で「上の方」を意味しています。
 私のブログで分析したようにLahainaとLahainalunaはちょうど「目黒町」と「上目黒町」が違うように別な地名でありLahaina Lunaと分かち書きするのは彼の曲集を出版した人がLahainalunaという地名を知らなかったために起こったことです。

  これも余談ですがハワイに行くとLahaina Noonという現象に遭遇することがあります。この現象は地名のラハイナとは全く無関係で「荒々しい」という意味でつかわれていて、太陽が5月と7月のそれぞれ1日だけ本当の真上に位置することにより、日陰ができない現象のことです。その時期にハワイに行かれる方はネットで確認して体験してくださいね。

この日のライブでは下記の資料を配布いたしました。


上記被災地図では海岸沿いのLahaina地区と右方向山手に向けて広がったLahainaluna地区の関係が良く分かります。

9曲め:Kahuki`aialo 
 「Puamana」というグループのリーダーIrmgard Farden Aluliの故郷Puamanaも今回のマウイ火災により焼失したと思われますが、この曲は彼女が一家の長女カフキアイアロのために作り、内緒でラジオで放送し、それを姉に聴かせて驚かせたというエピソードがあるそうです。

10曲め:Māui, Hawaiian Suppaman
 1997年に亡くなったIZことイズラエル・カマカヴィヴォオレが大男だったので、友人のデル・ビーズリーがポリネシアに伝わる半神人マーウイのエピソードを歌にしてIZに捧げたもので、そのエピソードとウクレレ・タブ譜も会場に配布いたしました。

 


 この曲だけは私がウクレレ・ソロを弾き、会場の皆様に掛け声でご協力いただきました。
画面をクリックすると動画に飛びます。


11曲め:Kaleohano
 IZというか彼の所属していたMakaha Sons Of NiihauやMakaha Sonsのレパートリーとして有名な曲。バンド・メンバーで彼の義兄弟でもあるルイス・ムーン・カウアカヒがハワイ人のホームステッド(居住地区)であるケアウカハでお世話になったカレオハノ氏に感謝を込めて作曲しました。

 ケアウカハはハワイ人のホームステッドとして制定されましたが、ヒロの町に近いことも有って、ことあるたびに浸食?されてきました。
 例えばこの地区にヒロ国際空港(今のところ国際線は飛んでいないのですが・・・)を設けたのもそうですし、ハワイ島最初の放送局KHBCの送信所もヒロの住民から嫌われたためこの地区に設置されました。

 私自身の思い出としては、IZが参加した生前最後のナー・ホークー賞セレモニーで彼がこの曲を歌っているさなかにムーン、ジョン・ココ、ジェローム・ココという以前のマカハ・サンズ仲間が登場して一緒に歌い、最後に皆で抱き合って泣き崩れるという場面を私の目の前で目撃しました。
後年この場面に私がしっかりと写っていることも確認できました。
 画面クリックで動画に飛びます。なお右写真の円内が若かりし頃のワタシです(汗)動画では11分54秒前後に登場(?)します。


12曲め:God Bless My Daddy, Mom
  私のハワイ在住の6年間、毎週月曜日にロイヤル・グロ-ブ・ホテルのロビーで開催されていたカニカピラ(ジャムセッション)に必ず出席していました。
 そしてこのホテルのオウナーだったレナード・フォンさん(写真中央黄シャツ)

が必ずこの曲を歌うので私が曲集

を出版した時にも収録いたしました。
 内容は二つの曲がつながったような曲で、前半は少年が父親への神の加護を祈り、後半は母親への祈りになる、と言った感じでしょうか。

13曲め:Kamalani O Keaukaha
  Shihoさんの大好きな曲とのことで、上記カレオハノで触れたケアウカハ地区の少年を歌ったレナ・マシャードの作品です。
マカハ・サンズはこの曲を歌うときには「ケアウカハ」と発音し、「カレオハノ」のときには「ケウカハ」と聞こえるように発音しているのが面白いですね。単なるIZの訛りかもしれませんが・・・・

14曲め:Kauoha Mai
  これもレナ・マシャードの作品で、鍵のかかっている部屋を鍵穴から覗いてみると男女がイチャついている、という歌。ハワイでのカニカピラ仲間ピーターの踊りが絶品ですので是非ご紹介しましょう。
画面クリックで動画になります。


 こちらはShihoさんの歌ですのでお聴きください。
同じく画面クリックで動画に飛びます。


15曲めHana Hou:Maui Nō Ē Ka `Oi
 アンコール曲はマウイの復興を願って「マウイが最高!」という曲でした。

==============================================================

 前回は時間が足りず1曲スキップしたのですが、今回は予定曲を全部無事に演奏できたのでハッピーでした。
最後に頂いたスナップをご紹介しますね。

まず、いろいろと動いていただいたミツさん


喉が不調な割にはShihoさんの歌に合わせて次々と歌っていた浜ちゃん


今回も私たちに花飾りを下さったAsakoさん


二度目の「初めまして」だったMaikoさん


直接では「初めまして」だったEriさん


Maikoさんの先生で以前私もユニットにいれて頂いたことのあるDaeski Love


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第2回 日本-ハワイアン・ス... | トップ | 改訂版「ナンバ・ワン・デイ... »

コメントを投稿