とある酒場で男の写真を見ていたら、
マスターがのぞき込んで言った。
『あれ、ずいぶんと雰囲気のあるいい男じゃない?』
私は、ふふ、と軽く笑った。
『そう思う?』
『うん、しぶいっていうか、ちょっとゾクッとくるような感じ』
私は、かるく頭を縦に振りながら答えた。
『…死んじゃったんだよ、この人』
『…!』
マスターは息をのんでいた。
『わたしさあ、この人の愛人だったんだよ。ふふ、愛人だったの』
『愛人って、あんた、亭主いるじゃない?亭主持ちの愛人?』
『何よ、良くあるじゃないの、この人は独身だったけどね、まあ、やもめっていうか。
奥さん亡くして…だけど偉い女にモテたからね。
だから、彼女たちからしたら私は愛人なのよ』
『へえー。自分の彼氏に愛人がいたけど、それは亭主持ちだった。なんだかひどくない?
何で亭主がいるような愛人を持っていたのさ?』
私は自分の事を愛人とは考えていなかったけれど、立場的には愛人なのだ。
ただ、むしろ彼のほうが愛人と呼んだ方がふさわしかったかも知れない、本当の意味で言えば。
だって私には配偶者がいて、彼は独り身だったのだから。
そして彼は女にモテてモテてしょうがなかったけれど、
何かしらのパートナーにはなっても、男女の関係にはならなかった。
それは私の呪いだったから。
ずっと私の事を忘れないで…
私だけ見ていて…
何故って、彼のお葬式の日、彼は私の心臓をぎゅっとつかんで私を殺そうとしたのだ。
しかしさすがに実態のない彼に私を殺すことは出来なかった。
私を殺そうとした彼の心を分るのは私だけなのだ。
いつだったか、こんな関係に嫌気が挿した私は彼に『一緒に死のうか』と持ちかけたことがある。
すると彼は『まだ死にたくない』と言っていた。
彼はこの世で生きて行く気持ちがあったのに、私より先に死んだ。
彼に好意を抱いていた女性達はさぞかし悲しんだことだろう。
そして私こそが彼を理解し彼の良きパートナーであったと確信しただろう。
…それを私は嫉妬と妬みと優越感で眺めている…