皇室典範の皇位継承男系男子規定は日本民族の男女差別=男尊女卑の権威主義を相互反映させた伝統と文化

2016-03-17 08:33:39 | 政治

 


      「生活の党と山本太郎となかまたち」

      《3月15日小沢一郎代表定例記者会見動画党ホームページ掲載ご案内》 

     小沢一郎代表は3月15日、国会内で定例の共同記者会見を行い、新党「民進党」や、野党連携
     のあり方などについて記者からの質問に答えました。その中で小沢代表は、「安倍政権では国
     民に幸せをもたらさない、日本の行く末を危うくすると考えている人達すべてが手をつないで
     、安倍政権と対決して国民に訴える」と強調。   

 国連女子差別撤廃委員会の日本に関する最終見解は皇室典範が皇位継承に関して男系男子と規定していることは女子に対する差別で、これを改めるべきとする勧告案が盛り込まれていたが、安倍政権の抗議で、この勧告案が削除されたという。

 つまり女性差別に当たらないと抗議して、女性差別でないことが認められたことになる。

 3月14日の参院予算委員会。

 山谷えり子(国連女子差別撤廃委員会の当初の勧告案は)「内政干渉であり、日本の国柄、伝統に対する無理解だ」

 安倍晋三「わが国の皇位継承のあり方は条約のいう女子に対する差別を目的とするものではないことは明らかだ。撤廃委が皇室典範について取り上げることは全く適当ではない。

 我が国の皇室制度も諸外国の王室制度もそれぞれの国の歴史や伝統が背景にあり、国民の支持を得て今日に至っている。議論の過程で皇室典範が取り上げられたことは一度もなかった。手続きの上からも疑問を感じる」(産経ニュース/2016.3.14 09:52)  

 そう、安倍晋三の言う通り、「我が国の皇室制度も諸外国の王室制度もそれぞれの国の歴史や伝統が背景にある」

 但しその「歴史や伝統」が問題となる。歴史や伝統が常に正しいとは限らないし、時代に応じて価値観が変わっていながら、歴史だから、伝統だからと時代錯誤となった歴史や伝統を正しい考え方として後生大事に抱え続けるということもある。

 そういったことまで考えないのが安倍晋三の真骨頂なのだろう。

 2013年9月28日に当「ブログ」に書いたことだが、安倍晋三は2012年1月10日発売「文藝春秋」2月号に 『民主党に皇室典範改正は任せられない 「女性宮家」創設は皇統断絶の“アリの一穴”』と題する一文を寄稿、その中で当時民主党野田政権が議論していた「女性宮家創設」に反対する意向を示して、「私は、皇室の歴史と断絶した『女系天皇』には、明確に反対である」と、既に主張していたというから、国連女子差別撤廃委員会の見解に対する当然の継続的な反応ということなのだろう。  

 「皇室典範」第1章「皇位継承」第1条は「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めている。

 男系・女系についても上記ブログに書いた。

 〈女系天皇とは、インターネット上の説明を借りると、仮に現在の皇太子と雅子妃の子供である愛子内親王が即位しても、父は皇太子、祖父は今上天皇であって、父方の祖先を辿っていけば必ず初代神武天皇につながる血統を有していて男系として問題はないが、愛子内親王の子が、父が(男系の)皇族でない限り、その父の祖先をどのようにいくら辿っても初代神武天皇に辿り着くことができない非男系となると言うことになって、男系天皇支持派は反対ということになる。

 だから、平沼赳夫は2006年、「愛子さまが天皇になることになって、海外留学して青い目の外人ボーイフレンドと結婚すれば、その子供が将来の天皇になる。そんなことは断じて許されない」と女系天皇容認に反対した。

 女系に反対し、男系に拘るのは女性の血よりも男の血の尊重を意味する。いわば血で以って、男女を上下に価値づける差別を精神としていることになる。

 また、血の区別は権威の区別でもある。男と女性の血の違いを基準として男に権威を置き、女性を男性の権威下に置く権威主義をそれぞれの存在性のモノサシとしている。

 このような男女それぞれに対する価値づけの上下が日本の男尊女卑の風潮となって社会に脈打ち、歴史となって引き継ぐことになって、男女平等を謳う民主主義の時代になっても現在も色濃く残すことになっている社会の状況ということであるはずだ。
     ・・・・・・・・・
 安倍晋三たち女系天皇反対派は皇族と一般国民は違うと言うかもしれないが、そのような反論は許されない。なぜなら、皇族と一般国民を血の違いで上下に権威づけた価値づけを行っていることになるからだ。

 もし厳密に一般男女を血の違いで権威づけも価値づけもせずに、真に男女平等であるとする思想に立っていたなら、女性天皇の夫が皇族ではなく、青い目の男性であったとしても、妻たる女性天皇と青い目の夫は血の違いで権威づけられることも価値づけられることもなく、権威も価値も血も等価値ということになって、二人の間の子どもの父親たる青い目の祖先を辿って初代神武天皇に辿り着くことができなかったとしても、優先されるべきは二人の存在性の平等性であるはずだ。

 初代神武天皇に辿り着くことができないことが問題とされ、辿り着くことが優先されるとするなら、女性天皇と青い目の夫との等価値・等権威――二人の存在性の平等性は意味を失う。

 皇族であろうが一般国民だろうが、最優先に尊重されるべきは男女の存在性の平等性であるはずだ。男性と女性、どちらの血が上だとか下だとか、その上下で権威や価値が判断されるとしたら、そのように判断する者が女性尊重をどう言おうが、女性の権利をどう訴えようが、マヤカシ、キレイゴトの類に堕することになる。

 安倍晋三が血の違いを価値基準として女系天皇反対の姿勢を取っている以上、国連総会演説で取り上げた、一見して女性の人権尊重を訴えているように見える「女性に対する性的暴力の防止」とか、弱者の立場に置かれがちな女性の存在性に対する配慮等はいいところを見せるための付け焼き刃に過ぎないと断言できるし、すでに言ったようにキレイゴト名人の戯言としか言い様がない。〉――

 男系と女系でその価値に差別をつける。女性と男性の血の違いを言い、女性の血はダメで男性の血ならオーケーと価値づけていることは女性差別以外の何ものでもない。

 つまり皇位継承に於ける男系の規定は男性の血に権威を置き、女性の血に何ら権威を認めていない思想構造で成り立たせていて、そのような思想構造を頭のいい安倍晋三が言っているように単に日本の歴史や伝統としてきたに過ぎない。

 当然、その思想構造は日本民族の思想構造と相互反映し合う関係性にある。なぜなら、皇族単独で成り立たせることができた思想構造ではないからだ。

 このことは皇位継承権をその時代時代の世俗権力者が握っていたことからも理解可能となる。世俗権力者が男系の皇位継承の形を取ることで、男系に権威を置き、その権威を通して自らの世俗権力の正統性を表現した。

 そして日本民族自体がこういた男女価値観に関して男性を上に置き、女性を男性の下に置く権威主義を素地としていなければ成り立たない男系の皇位継承であろう。

 当然、日本国民も関わって伝統と歴史としてきた皇位継承に於ける男系規定としなければならないし、例え皇位継承が女性に対する差別を目的としていなくても、その継承観には明らかに現代の価値観に反する女性差別の思想を根付かせている。

 官房長官の菅義偉も安倍晋三と同様に「皇位継承のあり方は、女子に対する差別を目的としていない」と主張しているが、繰返し言うが、男系と女系でその価値に差別をつけ、男性の血はよくて、女性の血はダメだと女性と男性の血の違いを言っているのである。

 女性差別そのものではないか。

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