消費税一時停止によるポイント還元制は今年の9月14日の当ブログ《景気回復に消費税を一時的に停止、消費税分をポイント還元としてはどうか》で一度書いた。だが、政府が今回掲げた円高対策、経済対策としての法人税減税や投資減税が企業利益を押し上げたとしても、その利益が個人の可処分所得に回って社会全体的な景気回復策となるのか疑わしいと考えるためにもう一度書いてみることにした。
政府が10月の月例経済報告で、持ち直しを続けてきた、と言っても、ほんの僅かでしかない景気回復が足踏み状態に一歩後退したと判断を1年8か月ぶりに下方修正したという。
《月例経済報告 判断を下方修正》(NHK/10年10月19日 15時34分)
原因は〈中国などアジアの経済成長のテンポが緩やかになっていることや、アメリカ経済の先行きへの懸念などを背景に急激に円高が進んでいる影響を受け〉、この影響に伴って、〈「企業の生産」についても「弱含んでいる」と表現を弱め〉たとしている。
景気の〈先行きについてはエコカーに対する補助金が終了した影響で自動車の販売や生産が落ち込むことから当面、弱い動きが続くと見込まれるものの、その後、海外経済が改善に向かえば再び、持ち直すことが期待される〉と、日本が海外経済の牽引役を務めるのではなく、海外経済に牽引される姿を描いている。
日本の経済が如何に外部的事情に左右されるか証明しているが、このことは外部的事情に依存していることの証明でもあるが、日本の経済のこの非自立的相対性は日本の政治にも影響して日本の総体的国力の性格を規定している要因ともなっているはずである。
だから対米従属と言われ、昨今では中国従属とさえ言われている。
また日本経済が外部的事情に依存していることによって、国内的に景気回復策として打ち出したエコカー減税にしても家電エコポイント制にしても、その他の太陽光発電補助、住宅新築補助等にしても、あるいは中小企業支援にしても、各種雇用支援にしても、一時的にして部分的、その上限定的な僅かながらの景気上昇に貢献したかもしれないが、力強い景気回復に役立たなかったことの証明としてある「下方修正」でもあろう。
菅首相が国会答弁で自民党石原幹事長からの新聞記事に逮捕報告時間を修正したとあるが、事実かの問いに、「修正と言うのは何か発表して、それを変えることを修正と言う。何か私が発表したという根拠があるのですか」と難癖をつけていたが、だとすると、「下方修正」は何か間違ったことを発表したことの変更ということになる。
このように「修正」は「間違っていることを直す」意味だけではなく、単に変更した意味にも使う幅広い使い方となっている。菅首相のケチ臭い事に拘る姿だけが目立った難癖シーンだった。
記事は海江田経財相の記者会見の発言を伝えている。
海江田経済財政担当大臣「円高が長期間続けば、企業の設備投資に深刻な影響が予想され、景気が下ぶれするリスクに十分注意しなければならない。10月から12月にかけては厳しい状態が続くとみられるが、経済対策などの政策によって景気を回復基調に戻したい」
日本経済が外部的事情に依存している以上、その制約を受けるから、中国中心のアジア経済の成長テンポの回復及びアメリカ経済の回復がなければ、国内的経済対策は限定的な景気回復しか期待できないことになるだろうから、海江田経財相の言っていることは不完全な発言となる。
2010年10月18日発行のメールマガジンJMM・『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』の冒頭部分に次のような一文が挿入されている。
〈先週末、「カンブリア宮殿」(東京テレビ番組)の収録があり、民主党議員で、行政刷新公務員制度改革担当大臣の蓮舫さんをゲストに迎えました。オンエアは今週21日木曜夜10:00です。さまざまな興味深いやりとりがありましたが、もっとも印象に残ったのは、「尊敬する政治家は誰ですか」というわたしの質問に対する彼女の答です。「小沢一郎」というのが蓮舫さんの答でした。
「え? 小沢一郎ですか。でも、あなたは先月の代表選では菅直人に投票したんですよね」
「そうです。現在の党、内閣のことを考えると、菅さんが妥当であると思ったのです。でも尊敬している政治家と言えば小沢一郎さんです」
「菅直人は尊敬していないんですか?」
「...(この答はオンエアを見ていただきたいです)」
そのようなニュアンスのやりとりだったのですが、わたしは大手既成メディアの「反小沢」「親小沢」という民主党の勢力区分は、大ざっぱすぎるし、そもそも正確ではないのだと思いました。
収録の最後に、「現在の日本を被う閉塞感の、最大の要因は何だと思いますか?」と聞きました。蓮舫さんの回答は非常に長く、しかもその一部を忘れてしまったので省きますが、わたしは、自分の考えを次のように言いました。「殆んどの労働者の給与が上がらないからではないでしょうか」〉――
多分、蓮舫は菅首相が所信表明演説で、「経済低迷が20年続き、失業率が増加し、自殺や孤独死が増え、少子高齢化対策が遅れるなど、社会の閉塞感が深まっています。この閉塞感に包まれた日本社会の現状に対して、どの政権に責任があったか問うている段階ではありません。先送りしてきた重要政策課題に今こそ着手し、これを、次の世代に遺さないで解決していかなければなりません」、「解決すべき重要政策課題は、『経済成長』、『財政健全化』、『社会保障改革』の一体的実現、その前提としての『地域主権改革の推進』、そして、国民全体で取り組む『主体的な外交の展開』の五つです」といったことと同様の抽象的な文言を長々と述べたのではないだろうか。だから、「一部を忘れてしまった」。
それに対して村上龍は具体的、且つ簡単に一言、「殆んどの労働者の給与が上がらないからではないでしょうか」と言った。この「労働者」とは一般的な生活層の労働者を指す言葉であろう。
また、「現在の日本を被う閉塞感」とは経済の低迷がもたらしている社会全体を覆った雰囲気を言っているはずだ。
リーマンショック以降の短期的景気回復策はそのんどが余裕所得者向けの政策であった。エコカー減税、家電エコポイント制、住宅新築補助等、余裕所得者でなければ恩恵を受けることができない制度であった。このことによって得た企業の利益が非余裕所得層にまで回らないことが全体的な個人消費の伸び悩みの原因を成し、その結果として国内景気対策の限定的成果の原因となったはずだ。
村上龍が「現在の日本を被う閉塞感」=経済の低迷の原因を「労働者の給与」に置いていることからすると、民主党の最低賃金一率1000円の公約の未だ実現していない“有言実行”(菅内閣の場合は「有言不実行」の同義語となっている。)も貢献している「現在の日本を被う閉塞感」=経済の低迷でもあることになる。
いわば「労働者の給与が上がらない」を発端とした全体的な個人消費の伸び悩みをそもそもの原因だとしている。
分かりやすくていいが、しかし実現となると様々な困難を伴う。02年2月から07年10月まで 続いた戦後最長景気でさえ、外需によって支えられたことが原因となって企業は戦後最高益を得ながら、その利益は戦後最高益に反して個人に還元されず、実質賃金は目減りし、個人消費の伸び悩みを誘った。
企業利益と個人所得との循環が阻害状況にあった。
だとしても、「労働者の給与」が上がることによってモノが売れる個人消費の拡大こそが企業利益の拡大につながる条件となり、その利益配分としての「労働者の給与」への還元がさして期待できなくても、外部的事情の影響を抑えた国内的な景気動向を形成する要因となるはずである。
当然、企業利益の個人還元に期待しない「労働者の給与」の上昇を条件としなければならないことになる。
私自身も冒頭で触れたブログ《景気回復に消費税を一時的に停止、消費税分をポイント還元としてはどうか》で、「労働者の給与」――生活者の可処分所得の増加に景気回復策のアイデアを置き、次のように書いた。
〈いずれの国の社会でも社会の利益循環は企業や銀行、投資家、投機家等の社会の上層を占める組織、あるいは個人が利益を上げて好景気を形づくり、それが社会の下層に向かって、より上の段階により多く配分しながら順次下の段階に先細りする形で流れ落ちていく配分を骨組みとするトリクルダウン方式(trickle down=〈水滴が〉したたる, ぽたぽた落ちる)を取るが、政府の経済対策によって生じた利益のパイが下層にまで滴り落ちずに社会の上層、あるいは中層を占める組織、あるいは個人止まりとなっていると言うことである。〉として、エコカー補助制度や家電エコポイント制等の景気対策で得た企業利益が一般生活者に還元されていない、あるいは還元されないことを書き、消費税を一時停止して、停止した分をポイント制にして、その分の確実な消費拡大によって景気を刺激する、これまでの景気の方向とは逆の下から上に向けた景気回復を書いた。
菅首相は18日(2010年10月)、企業の国際競争力を高めるため、法人税率の引き下げに加え、設備投資や研究開発の税制優遇策も検討する考えを表明している。《法人減税に加え設備投資減税を検討 首相が表明》(asahi.com/2010年10月18日23時45分)
記事はその効果を次のように解説している。〈経済産業省はこのうち国税分の法人税率を現行の30%から5%引き下げる税制改正要望を提出した。だが、税率を引き下げても、法人税を納めていない赤字企業には恩恵がないうえ、減税分を借金の返済や内部留保に回せば、すぐには投資や給料の引き上げにはつながらない懸念も指摘されている。〉――
このことの防止にだろう、菅首相は発言している。
菅首相「企業全体で200兆円を超える預貯金を、将来の競争力強化のためにいろいろな形で使ってほしい。政府としてそれを全面的に支援したい」
だが、先に触れた戦後最長景気時代に大企業は軒並み戦後最高益を出していながら、個人への還元を怠った前科を学ぶまでもなく、円高という悪性企業環境と時代的な国際競争の激化方向への進行等が企業利益の個人への還元を妨げる条件とならない保証はない。
いわば戦後最長景気と同様の、労働者、生活者、あるいは消費者を置き去りとした企業一人勝ちの法人税減税と投資減税による景気となる可能性のことである。
それを支えるのはやはり外需であろう。個人消費が伸びない限り、内需は望めないのはわざわざ断るまでもない。
さらに法人税減税・投資減税による政府税収減は近将来的に消費税増税で賄うことを予定調和とした政策であろうから、個人の可処分所得の減額を逆に予定調和としなければならない一般国民に二重三重に不利な政策となる。
となると、益々企業利益の個人還元に期待しない「労働者の給与」の上昇を策した社会全体の景気回復――「現在の日本を被う閉塞感」からの脱却が必要となる。
企業からの個人に向けた利益還元としての所得の伸び=「労働者の給与」の上昇が期待できないとならば、では誰が保証するのだろうか。消費税の一時停止といった措置を政府が講じない限り、ささやかな個人所得の伸び=「労働者の給与」の上昇は期待できないことになる。
前のブログにも書いたが、消費税の一時停止は政府税収減をもたらし、法人税減税と投資減税による税収減と併せると膨大なマイナスとなるが、国の活力の基本はあくまでも一般国民、一般的な個人の活力を条件として成り立つカードであるだろうから、まずは一般国民、一般的な個人の元気を引き出す政策が優先的に必要となるはずだ。
政府が法人税減税と投資減税によって企業が活力を回復させ、それが所得の形で個人に還元されることを約束するなら話は別である。