安倍晋三は安倍晋三であり続ける

2006-10-05 08:05:20 | Weblog

 安倍首相が首相就任後初の外国訪問として8、9日(06年10月)の日程で中国・韓国を訪問し、両首脳との会談を行うという。記者団に対して「日本はアジアの一国であり、アジア外交を重視すると(自民党)総裁選でも申し上げた。しっかりと政権のスタートにあたり実行していきたい」(『首脳会談 8日中国9日韓国』06.10.3.『朝日』朝刊)と語っている。

 例え「申し上げた」としても、これまでの安倍氏の態度を裏切る美しいばかりの「アジア外交を重視」である。安倍氏はこれまで散々「アジア外交」を軽視してきた。何を以て安倍氏をして「アジア外交を重視」の姿勢に転換させたのか。

 中国・韓国は両国の靖国神社参拝中止要求を撥ね退けて毎年参拝を強行する小泉首相に対して首脳会談を拒否してきた。いわば中国・韓国が首脳会談開催に関して靖国参拝の中止を条件化したのに対して、小泉首相は「中国や韓国が参拝を理由に首脳会談を行わないのは理解できない。そんな国は中国や韓国だけだ」と、そのような条件化に反撥を隠さず、退任前には公約であった8月15日参拝を強行して、中国・韓国側の条件化を一方的と拒否し、両国の神経を逆撫でしている。

 安倍首相にしても官房長官時代の今年の6月に、「いかにも居丈高な外交だ。問題を解決しなければ会わないという外交を許せば、別の問題でも『やりませんよ』ということになる」と厳しく中国を批判している。このことは前々から言っていた、「靖国参拝問題で一度譲歩したら、次々と問題を持ち出して、そのたびに譲歩を求めるようになる」とする主張を性懲りもなく繰返したものだろう。

 こうも言い替えている。「中国は共産党一党独裁で、国民の自由もない。国民の不満を抑えるために、日本軍を破り、中国を解放したのは中国共産党だと、一党独裁の正統性を訴えるためにも、愛国教育を利用している。首相の靖国神社参拝に反対するのも、中国国民に日本を悪だと説明している手前からで、中国の言うことを聞いて、参拝をやめたとしても、それだけで終わらない」

 ミソクソにけなしている。中国アレルギーと言ってもいいくらいに中国を毛嫌いしている。かくこのように一貫して中国に対して強硬姿勢の持ち主であった。「会わないという外交を許」さない姿勢を撤回して、自分の方から「会」に行くというのである。これを美しき豹変と言わずに、何を豹変と言っていいか分からなくなる。

 小泉前首相の靖国参拝は国内問題であり、「心の問題」とする姿勢に同調して、安倍新首相も小泉内閣の幹事長代理時代に、「小泉首相の次の首相も靖国神社に参拝するべきだ。国のために戦った方に尊敬の念を表することはリーダーの責務だ」と日本の首相は靖国参拝を「責務」とすべしの態度を示している。これは安倍氏の首相就任によって、公約と化す。

 と同時に、この〝公約〟は中国・韓国の外交姿勢を「許」さないという強硬姿勢に符合させた、中国・韓国の反対を問題とするな・問題にしないとする「アジア外交を重視」に冷たく距離を置くシグナルとなる態度表明であろう。

 そのような反「アジア外交を重視」を埋め合わせる自己正当化の整合策が「政経分離」政策であろう。小泉前首相の靖国神社参拝続行姿勢と中国側の首脳会談拒否との間で選択を迫られた止むを得ない政策に見えるが、強硬姿勢一辺倒が日本の外交を袋小路に追い込んだ果ての手にするしかない政策であったはずである。自然な関係ではないからだ。

 中国との政治関係の冷却によって日中の経済関係も冷却して日本の経済が停滞するのは困るが、日本の経済の停滞は中国の経済にも悪影響を及ぼす運命共同体にあるわけで、停滞しない以上、政治関係が冷却してたままでもいいという「政経分離」が自然な関係とは言えまい。

 もし中国との首脳会談のないことが日本の経済に悪影響を及ぼすとなれば、背に腹は替えられないとばかりに参拝を自粛し、頭を下げて首脳会談の開催を申し込むに違いない。主体性なき国民だからである。国内問題ではあるが、自民党は政権維持が困難になったとき、散々批判していた小沢一郎自由党、さらに公明党に頭を下げることまでして連立を申し出て、安定政権を確保した主体性なき前科・歴史を抱えている。除名した郵政反対派議員の復党の考慮も主体性の欠如が発想を可能とする問題であろう。

 麻生外務大臣が自民党総裁選でニュアンスを同じくして、「首脳だけ会わずに、経済も他のすべてもうまくいっている状況と、首脳だけ会って、他はみなうまくいっていない状況と、どちらがいいかと言えば、それははっきりしているじゃないですか」と得意げに発言していたが、どちらの関係もそれでよしと片付けるわけにはいかない、いわば改善に向けていかなければならない状況にある関係であるはずが、「どちらがいいか」の選択の問題にすり替え、それで終わらせているのは自分たちが関係改善に向けた打開策を持ち得ない無策の正当化に過ぎないのと同じ線上にある安倍氏の「政経分離」であろう。

 安倍氏が取った打開策と言える政策は、「自由、民主主義、基本的人権」の価値観の共有を条件に日米豪インドの4カ国が密接に関係を結び、「この価値観をアジアに広げていく話し合いの場を設ける」とする、「アジア」が対象とは見せかけの美しい偽装で、中国に「広げ」て、「自由、民主主義、基本的人権」のタネを撒き、向こうからテーブルに就かせることを企んだ、相手に警戒心と頑なな態度を誘発するだけの「戦略対話」の提唱であろう。大体がミャンマーの軍事独裁政権には「自由、民主主義、基本的人権」に関わる要求は一切物申さず、最大の経済援助国となっているのだから、「自由、民主主義、基本的人権」にしても単なるご都合主義からの付け焼き刃に過ぎない。

 国旗や国歌、愛国心教育、あるいは奉仕活動等の政治権力による義務づけで国民の権利に制限を加えようとする衝動を隠さない国家主義者が「自由、民主主義、基本的人権」の価値観を持ち出すとは、その資格がないだけではなく、美しくとも滑稽な矛盾以外の何ものでもない。

 中国・韓国にしても日本との首脳会談を日本の首相の参拝の有無を条件化した以上、首脳会談に応じるためには参拝中止を引き出さなければならない。中国側が要望している「(靖国参拝という)障害を取り除く約束をすることが必要だ」とする姿勢はその代表例であろう。

 日本側は否定しているが、中国の在日大使が「自民党外交調査会の講演で、靖国神社参拝に関する『紳士協定』が日中両政府間」に存在し、それは「首相、外相、官房長官の3人は参拝しないとの内容で、口頭で約束された」(05.4.28.『朝日』夕刊)ものだと話している。

 「紳士協定」なるものが事実存在しなかったとしても、他の閣僚、ヒラ議員は許せても、「首相、外相、官房長官の3人」の参拝は許容し難いというメッセージとはなり得ていいる。

 逆に安倍新総理は中韓との首脳会談に漕ぎつけるためにはそれをどうクリアするにかかっている。NHKのニュースで、「首脳会談の再開にあたって中国側が安倍首相が靖国神社に参拝しないことを明らかにするよう求めたのに対し、安倍首相は靖国神社に参拝するかしないかを明らかにしない立場を崩さなかったために調整がついていなかった」が、8日の訪中が決まったということはそこに何らかの調整・妥協があったからだろう。

 また靖国神社参拝中止は首脳会談開催の重要な条件ではあるが、歴史認識の問題もクリアしなければならない課題であろう。

 歴史認識は日本の安保理理事国入りとも深く関わっている。昨年日本が理事国入りを目指して理事国拡大案の提出に動いたとき、韓国の金三勲国連大使は「歴史も反省しない国が、国際社会の指導的な役割を果たすのは限界がある」と不支持の姿勢を示し、中国政府は「責任ある大国の役割を果たす国は自国の歴史問題についてはっきり認識すべきだ」として反対の姿勢を示したばかりか、アジアやアフリカの多くの国に影響力を及ぼして不支持姿勢を獲得、日本は拡大案を提出して否決という事実が記録されることを嫌ったのだろう、提出そのものを断念する無念を味わっている。

 安倍新首相は対中強硬姿勢の豹変だけではなく、歴史認識でも見事な豹変を見せている。

 但し、政府の認識と安倍氏個人の認識を使い分けた巧妙にして狡猾な〝豹変〟となっている。10月2日(06年)の衆院の代表質問で民主党の鳩山由紀夫幹事長の質問に答えて、「95年8月の村山談話や05年8月の戦後60年の小泉首相談話を取り上げ、政府としての認識は『談話などで示されている通り、かつて植民地支配と侵略によって、とりわけアジアの人々に多大の損害と苦痛を与えたというものだ』と語った」(06,10.3.『朝日』朝刊)と村山談話を「政府として」踏襲する考えを示したが、夕方の記者会見では、「特別私の考えを変えたというわけではない」(同記事)と、個人としての踏襲でないことを明らかにしている。

 安倍氏は首相就任前の9月にまだ官房長官の肩書きではあったが、次期首相と目された立場で「朝日新聞などのインタビューに応じ、『植民地支配と侵略』を反省し、謝罪した95年の村山首相談話について『歴史的な談話だ』としつつ、自らの政権で『村山談話』を踏襲するかどうかについては、『次の内閣では、その内閣において過去の戦争についての認識を示すべきではないかと思う』」(2006年9月7日『朝日』朝刊・『村山談話踏襲、明言せず 安倍氏、大戦評価「歴史家に」』)と述べて、それぞれに内閣独自の『認識』を示すべきだとして、『村山談話』と一線を画す姿勢を明らかにしている。

 それがここに来て、「特別私の考えを変えたというわけではない」、それは個人的な歴史認識は如何ともし難く、簡単に変えるわけにはいかないからで、その代わりいくらでも自由自在となる「政府としての認識」は「村山談話」の踏襲でいきます、「かつて植民地支配と侵略によって、とりわけアジアの人々に多大の損害と苦痛を与え」とする姿勢を内外に示します。それを妥協点に中国・韓国側に納得してもらうということなのだろう。

 いかにも便宜的、形式的ではあるが、表面的な整合性を与えることで、その整合性が中国側・韓国側の現在の対日関係はやはり正常ではない、関係改善に向けたいとする意向に正当化の口実を引き出すシグナルとなることは確かであり、そのような相手の姿勢に便乗した巧妙な妥協点の提示とも言える。

 いずれにしても、安部個人の歴史認識は変わらないというわけである。当然靖国神社参拝姿勢を変わらないまま維持しているはずである。最近示すようになった「靖国に行くかいかないか明らかにしない」という姿勢にしても、中国・韓国に日本との首脳会談開催の整合性を与える目的の便宜的・形式的態度と見るべきだろう。

 中国・韓国にしても、「村山談話」が例え形式的・便宜的踏襲であっても、日本政府の先の大戦に対する反省を表面的には整える体裁を成すように、安倍氏が首相在任中靖国神社参拝を自粛し、後に続く日本の首相が自粛を踏襲するなら、それが例え本人の実際の歴史認識に反する形式的・便宜的踏襲であっても、首相・外務大臣・官房長官の靖国参拝は認められないとする中国・韓国の要求に表面的には一応の体裁を与えるものだから、関係改善に向けてこの際目をつぶりましょうというわけなのだろう。

 但し例え関係改善が進もうと、歴史認識の表面的な体裁に対応する表面的な信頼関係しか打ち立てることができず、相互に相手に対する猜疑心を持ち続けることになるだろう。中国は他の国々との外交で日本排除に動き、日本も中国排除で応じる対抗を展開することになるに違いない。

 多分こういったメッセージを発したのではないだろうか。「靖国神社を参拝することで中国国民を反日デモに駆り立てて、中国政府を困らせるようなしません」。勿論韓国政府に対しても。

 この種のメッセージであることによって、「行くかいかないか明らかにしない」という姿勢が有効性を持ってくる。「行かない」と宣言する形であったなら、本人の歴史認識に関わってくる。「行くかいかないか明らかにしない」ことによって、本人の歴史認識を無傷の状態に置いておくことができる。参拝自粛が中国・韓国との関係改善のカードを目的とした止むを得ない便宜的・形式的な自粛だと、安倍支持者や同類の国家主義者たちに知らしめることもできる。

 但し問題が一つ残る。安倍晋三の国家主義的性格から考えると、日本国総理大臣安倍晋三の肩書で記帳する機会を一度も実現させないまま首相の座を離れることができるかという問題である。安倍首相には「小泉首相の次の首相も靖国神社に参拝するべきだ」と、いわば一種の公約宣言をしている手前もある。その公約も果たさないことになる。小泉首相は8月15日参拝の公約を最後の最後になってやっと果たすことができた。

 安倍氏にしても手はないことはない。

 中国・韓国の支持をどうにか取り付けて一旦安保理理事国入りを果たしてしまえば、国際社会に向けたそれなりの発言資格(発言力を持つ・持たないは別問題である)を獲得できるし、国連が存続する限り余程のことがない限り失うことのないメンバー資格だから、再び中国との関係が経済さえうまくいく政冷経熱の関係に戻っても、日本は何ら困ることはない。アメリカの後ろ盾もあるとして、中国・韓国との関係が悪化することを無視して参拝強行する。

 あるいは次の総理が悪化を修復するといった連係プレーでその場ゴマカシで凌いでいく。歴史認識で問題となる発言を行っては、その場しのぎの謝罪や真意が伝わっていないといったゴマカシで凌いできたように。

 首相になる前の4月に参拝を済ませたことと併せて、「行くかいかないか明らかにしない」はそういった事態に向けた布石の意味をも持たせていたのかもしれない。当たり前のことだが、布石は目的とした事態に至ったとき、生きてくる。「行かない」とは言ってないのだからと、開き直ることができる。かくして「小泉首相の次の首相も」の公約にしても果たすことができるし、日本国総理大臣安倍晋三の署名を靖国神社に記録として残すこともでき、その記録は靖国の歴史となって、時代を超えて受け継がれていく。

 日本国総理大臣安倍晋三の肩書きで靖国神社を参拝することが、国家主義者でもある政治家安倍晋三の長年の夢ということもあり得る。

 その夢を果たすことによって、安倍晋三は安倍晋三であり続けることができる。自らの歴史認識を裏切ることもなく、国家主義者安倍晋三としてのアイデンティティーを美しいばかりの永遠の生命とすることもできる。

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