「ピカレスク小説」という言葉を、目にしたことがありますか?
17世紀にヨーロッパで生まれた、一般的に「悪漢小説」とか「悪者小説」とかに訳され
ている小説ジャンルの一つだそうで、つい最近まで知らなかった。
ところが偶然にも、愛読する澤田瞳子さんの小説「腐れ梅」(集英社文庫)がそのピカレ
スク小説と分かり、手にした。
最初の1行を目にしたとき、こんな書き出しがあるんだろうか、と驚愕した。
そして終わりの最後の1行も、この言葉で締めくくられているとは。
枯れても痩せても?男の私には紹介できない衝撃的な1行で、気になる方はページをめく
って確認していただきたい。
「孤鷹の天」でデビューした澤田さんは「満つる月の如し 仏師定朝」「火定」「日輪の
賦」「与楽の飯」など奈良・平安時代を舞台に、史実を織り交ぜた歴史小説のほか、奇才
の天才画家の生涯を追った「若冲」、女薬師の活躍を描いた京都鷹ケ峰御薬園日録シリー
ズ「ふたり女房」「師走の扶持」など、いま最も注目されている歴史・時代小説家の一人。
平安京で、美貌の綾児(あやこ)は、色も売る貧しい似非巫女(えせみこ)。
同業の女から40年以上も昔に左遷先の太宰府で死んだ菅原道真をまつる社を作って一儲
けしようと持ち掛けられる。
都に起こった奇怪な出来事が道真の祟りと恐怖をあおり、経済力を蓄え台頭し始めた豪農
や商人、有力な貴族も巻き込んでついに京都・北野に道真をまつる社殿を建立する。
人間の果てしない欲望をえぐり、新興宗教が起こる過程を詳しく描き出した「腐れ梅」、
あまりなエグイ記述に何度もページを閉じようかと思いながら、最後まで一気に読み通した。
巻末の解説を担当した文芸評論家の内藤麻里子さんは、「澤田さんがインタビューで、欲望
みなぎるピカレスクロマンにしたかった、と語っている」と紹介している。
「登場人物は嫌な奴(やつ)ばかり。なのに、強烈な印象を残す(内藤さん評)」とも書い
ているように、これまでの澤田さんの歴史・時代小説とは、一味も二味も違う強烈なインパ
クトのある異色の歴史小説だ。
ピカレスク歴史小説の「腐れ梅」