福島原発事故メディア・ウォッチ

福島原発事故のメディアによる報道を検証します。

朝日新聞では「人生がほんのちょっと複雑なの」:電力不足をめぐる良識派新聞の迷走

2011-05-12 16:25:35 | 新聞
浜岡原発停止以来、産経新聞は絶好調で吠えている。原発停止は、火力による代替などではどうしようもない電力不足を引き起こし、基幹産業を崩壊させる。電力不足は全国に及び、「生産拠点の海外シフトを進める動き」、産業の空洞化は避けられない。要するに、

『日本のものづくり機能はとどめを刺される』(こういうのは風評被害にはいらないのでしょうか?)

産経にはブレがない。国家100年の計に思いを致すこともなく、原子力の産業的(そして軍事的)重要性を、放射能による個々の命への取るに足らない加害に恐れをなして(おお、愚劣な戦後民主主義がもたらした個人主義の弊害よ!)、正当に認識することができない軟弱な非国民が、自分のところの新聞を、わざわざお金を出して買ってくれるなどとは、産経は全く期待していないからだ。

これに対して、どうも産経ほど腰のすわらない新聞もある。朝日新聞は5月9日11時29分から5月10日20時29分にかけて、浜岡停止による電力不足関連の記事をなんと12本掲載した。他紙を大きくしのぐ量である。量だけではない。これらの記事には、リベラル朝日(フランスではこの新聞を指すとき必ず「(中間)左派の」という枕がつく)の偽善と分裂、受け狙いの二重性(二枚舌)が如実にあらわれている。産経さんよりも「人生がほんのちょっと複雑」(『紅の豚』)な朝日さん、苦労してます。私たちが以前に指摘した7日の記事のあと、8日の朝日にはこの関連の記事はなし。ただし、7日の社説で、

『首相の停止要請の判断は妥当だ。中部電は速やかに要請を受け入れるべきだ。・・・浜岡をすべて止めた場合、夏の需要ピーク時に余裕を見込むと、数%の節電が必要になる。産業界や各家庭でも節電に協力したい。』

と浜岡停止を支持し、その影響には節電で対処するという姿勢を示し、さらに、

『前提が「安全神話」から、世界最悪の事故が起こりうることに様変わりしたことだ。・・・ハイリスクと懸念される原発は浜岡以外にもある。・・・浜岡の停止を、「危ない原発」なら深慮をもって止めるという道への一歩にしたい。』

と、停止の検討を他の原発にも広げるよう主張している。では、朝日はこうした見解で「社内世論」が統一されているのだろうか。どうやらそれほど一枚岩ではないらしい。以下、9-10日に矢継ぎ早にアップされた「浜岡停止・電力不足」関係の朝日記事のリストである。

1.浜岡原発停止に備えよ 愛知県、対策本部の初会合 5月9日11時29分
2.中部電、火力発電再稼働を準備 浜岡原発全炉停止に備え 5月9日16時3分
3.電力株軒並み下落 原発停止要請で 中部電は今年最安値 5月9日19時27分
4.中部電、上越火力の運転前倒し検討 12年夏需要に備え 5月9日19時40分
5.中部電、浜岡原発の全炉停止決定 計画停電は回避へ努力 5月9日19時50分
6.首相の浜岡原発停止要請「当然」 川崎重工会長が見解 5月9日21時21分
7.東芝、今期も増収増益見込み 原発「大きな影響ない」 5月9日21時59分
8.中部電管内の自治体、節電案続々 夏時間検討や消灯励行 5月9日22時55分
10.中部電管内立地の企業、冷静な反応 原発停止の影響注視 5月9日23時39分
11.電力不足、全国的な問題に 浜岡原発停止で融通厳しく 5月10日0時35分
12.夏の電力切迫の恐れ 全国の原発54基中42基停止も 5月10日20時29分

これらの記事を通読すると、報道というよりは「社内論争」といった感じがつたわってくる。対立的な論点が記事ごとに提示される。「多面的視点」などというものではなく、記者同士の主張・思い入れ・ポジションどりの違いが、調整のフィルターを経ずにナマで露出した感じだ。いくつか例を挙げよう。
記事1は電力不足が招く電気料金値上げと同時に、『トヨタ自動車など製造業を中心とした県産業への悪影響』をほのめかす。これに対して記事10は、『トヨタ自動車をはじめ、・・・各社は影響を注視しつつも、比較的冷静に受け止めている。トヨタは「今回の決定を受け、トヨタとしてもできる限りの省エネに協力していきたい」とコメントした』と報じる。記事2は、中電が火力発電のために『必要な燃料確保について計画を作りはじめた』とするが、記事5『火力発電の出力増強に必要な燃料調達は「大変厳しい」(水野社長)』とコメント。記事2と5の刊行の時間差は4時間弱。記事8が自治体の相次ぐ節電対策発表を伝え、街灯のLED切り替えや『小水力発電や太陽光発電施設の設置促進をする補助金枠の拡充』、『地域で電力エネルギーを生みだして市民や企業が取り組む省エネルギー活動「エネルギーの地産地消」を中心とした計画の策定』を話題にすると、記事4の方は反対に、『浜岡原発が全炉停止のままでは(12年には)安定供給に不安が残ると判断』と警告し、さらに記事11記事12では、『国内の商用原子炉54基のうち、停止要請を受けた浜岡原発をはじめ42基が止まる事態』つまり『全原発の発電能力の8割』、『火力や水力も含めた全電源の約2割』が停止することになり『夏の電力供給が各地で切迫する恐れもある』と電力不足を強調し、また、『定期検査に入った原発は東日本大震災後、まだ全国で1基も運転を再開していない』理由について、電力の『余力の確保には原発の再起動がかぎを握る』にもかかわらず、『福島第一原発の事故で住民には不安が広がっている』ために、原発再開に『欠かせない』『地元自治体の理解』が得られないからとしている。全国的に原発の再開が阻まれているから、電力各社間の『融通』も困難になり、全力不足は、福島や浜岡とは関係のない地域にも広がり『全国的な問題』になる、としている。この朝日記事11・12が、同新聞の7日付社説への反論となっていることは明らかだ。

企業活動への影響に関しても、朝日の報道には矛盾と分裂がみられる。
記事6が経営者による浜岡停止支持を伝え、記事10が企業が節電などの『冷静な対応』を報じているのに対して、記事5は「値上げか、赤字か」それが問題だ、と中電の経営危機を予測し、記事3は、『原発停止が経営を圧迫する懸念』から中電株価が下がり、『法律に基づかない』『停止要請』が他社の原発にも広がるのではないかという『市場の警戒』を伝えている。極めつけは、これ、東芝の決算を伝える記事7を見てみよう。東芝は『岩手県内の半導体工場が被災し』一時、業績を悪化させたが、『薄型テレビや半導体などの売上高の増加で補った』。震災にもめげずがんばる東芝は、原子力部門の「健全性」も確保している。

『原発関連事業も「短期的には大きな影響はない」として、売上高で前期並み、営業利益で若干の増益を見込む。一方、主力のフラッシュメモリー工場が管内にある中部電力の浜岡原子力発電所停止の影響は織り込んでおらず、今後操業への影響が出る可能性もある。』

せっかく震災にも、原発事故にもめげずがんばっている東芝が浜岡停止で不利益をこうむる羽目になってしまいそうで、ボクは不安です、と言っている。ところで、同じ東芝決算の記事は読売と日経にあった。読売は原発にも浜岡停止にも言及なし。日経は浜岡停止に言及なしで、原発については、

『原発事業については「短期的には安全面の強化や着工の遅れといった影響が考えられる」(村岡富美雄副社長)と指摘。今後の事業計画を精査する考えを示した。』

「短期的には…影響が考えられる」(日経)は「短期的には大きな影響はない」(朝日)と変わってしまった。強引に浜岡停止を引き合いに出す構成と言い、朝日の必死さが悲しく伝わってくる。

朝日新聞を1日半ほど吹き荒れたこの混乱は何を意味するのだろうか。ええかっこしいの社説に対する右派・タカ派・現実派・経済通・業界族・推進派記者の反発だろうか。それももちろんあるだろう。だが、もう一つ、大切なことがある気がする。それは、冷戦時代のリベラル良識派のいい子新聞がネオリベ時代の市場原理主義、利潤至上路線をへて、いまや「どちらにもいい顔をできる新聞」でなければならなくなったという事情があるのではないか。産経は毅然(ちょっと怖いかな)としている。ノイローゼ的ともいうべき朝日の病は深い。

参考:
同じ時期の読売の記事リストを掲げます。6-8日の記事構成は朝日とそんなに変わりません。9日以後、浜岡停止=電力不足の記事はわずか5本。それも悩み多き朝日君とはうって変わった能天気はユーモラスなのが多いのです。5は火力発電所の地元が「一儲け」と盛り上がっている話。6はこれもポロシャツなどの売り上げ増を期待する話。8はアナログおもちゃ復活というわけで、いずれも商売繁盛笹もってこい!と景気がいい。7はわずか3行。電力関係等より、閣僚の失言であわよくばスキャンダル…という色気のみ。9は朝日の記事1とも重なるが、電力とか原発がどうの、というより、要するに「金を出してよ」というお話。読売的人生もとっても健全!

読売
1.浜岡停止要請、トヨタなど節電で操業に黄信号 (5月6日 22:31)
2.浜岡原発、全基停止すると夏場の供給力に不安も(5月6日 22:03)
3.浜岡原発停止なら、中部電力の赤字避けられず (5月7日 00:24)
4.原発停止要請「正しかった」…スズキ会長 (5月8日 10:43)
5.浜岡停止で火力再稼働、歓迎と注文が交錯の地元写真あり (5月9日 09:50)
6.アイロン代も節約…クールビズ、ポロシャツOK写真あり (5月10日 09:35)
7.財務相、浜岡原発停止は「雇用に影響」 (5月10日 11:20)3行
8.節電で売れ筋が変わった…おもちゃの注目株写真あり (5月10日 15:00)
9.浜岡停止で愛知県知事、費用負担求める要請書 (5月10日 20:28)


最新の画像もっと見る