福島原発事故メディア・ウォッチ

福島原発事故のメディアによる報道を検証します。

日本政府の「風評被害」対策に「市場」の冷ややかな反応

2013-03-29 12:46:05 | 新聞
福島県と富岡町・飯舘村などの原発事故関連自治体が、ふるさとへの帰還を促進するために、除染基準を甘くするように政府に申し入れたのは、2月の半ばのことだったが、その時、除染基準のあいまい化(実質的な被ばく強制措置)は、「風評被害」対策の観点からも必要だ、という佐藤福島県知事の発言があった。より多くの放射線のもとでの生活と、それにともなう農業などの生産活動の再開がどうして「風評被害」対策になるのだろう。むしろ、高線量下で作られた産物への警戒から、福島発ふるさと産品への一般的警戒が広がるのではないか?

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同じ疑問は、以下の読売社説を読むといっそう高まる。

『放射能の安全基準について政府は根底から考え直すべきだ。政権交代はその好機と言えよう。消費者庁が、東京電力福島第一原子力発電所事故による風評被害の対策を強化する。森消費者相は、「民主党政権は消費者の不安を募らせた」と述べ、具体策の検討を指示した。福島県産の農産物は、検査で安全を確認し出荷されているが、価格を安くしなければ売れない。流通量もなかなか増えない。森氏が、「安全基準への疑問や不安があると思う」と指摘したのは、もっともである。』

この記事は、食品の安全基準のほうを問題にしているのだが、その基準が甘いから『消費者の不安を募らせ』ていると言っているのではない。『安全基準への疑問や不安がある』から、それを厳格化しないと、『検査で安全を確認し出荷されて』いてもなかなか売れない、と言っているのではない。『放射能の安全基準について政府は根底から考え直す・・・風評被害の対策を強化する』というのは、安全基準を強化して、検査を徹底させ、食品に放射性物質が含まれるのを阻止する、というのが「風評被害」対策になる、と言っているのではない。

そういうことなら話は分かるのだが、読売様の社説によるご主張は、まったく逆なのである。安全基準がきびしすぎるから、微量の放射線でも気をつけなければいけない、という「風評被害」のもとになる防御姿勢を消費者に植えつける。だから、安全基準をゆるめ、このくらいの放射線量は、どうってことありませんよ、という微量放射性物質含有食品積極流通策によって、生産者を援助するとともに国民の誤った行動パターンを国家管理のもとに矯正してゆこうというのだ。ちなみに、森消費者相が『「安全基準への疑問や不安があると思う」と指摘』したときの『疑問』『不安』は消費者のそれではなく、こんなきびしい基準だったら、もし作物を作って基準に引っかかったら出荷もできず、そのあとは「風評被害」に追い打ちをかけられてとぉってもやってらんねえべーよ、という原発事故後の放射能汚染地で何とか生産を再開したい農魚業者の『疑問や不安』を、消費者などそっちのけの大臣様が代弁したものだろう。

食品安全基準がきびしすぎるから『消費者の不安を募らせ』ており、不安に基づく「風評被害」を根絶するには、基準を甘くする必要があるというのは、何とも、えらくまた自信満々の国家的人民コントロールの剛腕への信頼ではないか。しかし、こう考えてくると、除染基準のあいまい化と「風評被害」対策を結びつける佐藤福島県知事や、井上環境副大臣の以下の発言にも、不快な戦慄をともなった理解の糸口が見つかる。

『(除染で)1ミリシーベルト以下は達成が難しく、住民帰還の障壁や風評被害の原因になりかねないとの懸念が出ている』
時事

達成が難しい基準を設けていると、福島の地はいつまでも「除染されていない」「放射能汚染された」「生活や生産に不適切なところ」であり続け、そうした情報から正当に帰結する行動指針、福島県産の農漁業産品を避けるという「風評被害」を生む。それなら、基準を甘くし、「除染済み」だがら、「(放射能がほんの少しあっても)安全」であるので、「そこで生活していいし、そこで取れたものも食べていい」という国家的なお墨付きを与え、国家的な聖別行為(お祓い)によって、「みんなで食べれば怖くない」、という状況を作ろうというわけだ。

しかし、また、これはなんと安直な政策だろう。国家が音頭取りとプロパガンダと精神的強制で、黒いカラスを白い鷺というごまかしが全国民的に成立すると思っているのか。原発事故後の情報操作の無残な失敗から、まったく教訓を得ていない、というよりも、自分のぶざまなていたらくを認めたくないから、よりこわもてに居直っているようだ。こうした傲慢・安直・強権の荒削り政策は必ず失敗する。津波のような「風評被害」の嵐が、何重にも列島を襲うことだろう。

しかし、わが善良なるニッポン人は、アホなうえに従順で、そのうえせこいと来ているから、もしかしたら、脅しやイメージや金銭の誘惑に勝てずに、ありがたい国家様が定める新しいゆるく優しい「そこそこ安全」基準を、あるいは喜々として、あるいはしぶしぶ、あるいはなーんにも考えずに受け入れてしまう恐れもあるのではないか?

いや、そうではない、と断言しているメディアがある。神なき21世紀に、神の地位を確保した「市場」に奉仕する司祭メディアの一つ、”Capitalist Tool”を自負するあのフォーブスのライバル誌Bloombergである。『原発事故の放射能汚染、福島県農民の苦闘は続く-風評被害で輸入増』と題されたブルームバーグの記事では、森消費者相=読売の愛国的ご懸念などどこ吹く風、堂々ときびしい市場の宣告を下している。

『コメ、牛乳、水産物の国の検査が不十分であるとの懸念から、消費者は福島産を避け、他地域産品や輸入品を購入している。・・・コンサルティング会社JSCの商品アナリスト、重本貴樹氏は「消費者の懸念は今後5年以上続くかもしれない。被災地域の農業にとって深刻な打撃を与えるだろう。農民が減り、農業生産も減少し日本の農産物輸入が増える可能性がある」とみている。』

その理由として、ブルームバーグは以下の点を挙げる。

『農林中金総合研究所の研究員、石田信隆氏によると、全国の食品検査の規模は、チェルノブイリの原発事故から26年経っているベラルーシで昨年行われた食品検査のわずか1%』

『国は食品の安全性を強調するが、昨年は放射能に汚染された埼玉県産の茶、福島県産の牛肉とコメが市場に出回った。福島県の佐藤雄平知事は昨年10月、地元産のコメは食べても安全だと述べたが、その後で、汚染米が見つかった。・・・環境保護団体グリーンピース・ジャパンの佐藤潤一・事務局長は政府の不十分な食品汚染検査体制によって、消費者はだれを信じてよいか分からなくなっていると指摘した』

『東京都江東区で自治体に地域の放射線量の調査などを求めている「No!放射能 江東こども守る会」の石川綾子代表は、国や市町村の検査体制について「検査機器の精度などの問題があるので、今の段階では産地を選ぶしかないと思っている。コメも偽装があるので九州の農家から直接契約で購入している」と述べた。』


すなわち、食品検査体制の驚くべきおそまつさ。安全宣言後の汚染食品流通の過去事例の存在。公的な情報への不信。そして、産地偽装の可能性。上で述べたように、ブルームバーグは反原発のメディアなどではなく、投資家が儲かるように正確な情報を伝えようとしているにすぎない。彼らが反原発のグリーンピースなどを参照するとしても同じことだ。このメディアが代表する「市場の判断」は日本政府の「風評被害」対策にはきびしく冷ややかなものだ。どんなに日本人がアホでも、これほどアホな政府にはだまされないだろう、というのが市場の、市場による、市場のための判断だ。

最後に、市場の不信をますます募らせるわがニッポン政府のやり口の一例をお目にかけよう。3月24日に、安倍首相は郡山市の農園を訪問した。その経営者は首相に対して、
 
『鈴木農園社長の鈴木清さん(57)は、自ら栽培しているカブとナメコの市場の取引値などを安倍首相と根本匠復興相(衆院本県2区)に説明した。「『(消費者から)汚れた土地で作るな』と言われ、自分たちで除染して土を入れ替えた。これくらいしないと消費者は分かってくれない」と風評被害の厳しさを伝えた。』福島民報

ということだ。だが、ちょっと待て。『自分たちで除染して土を入れ替えた』のは、明らかに放射能汚染に対する実質的な対策で、「風評被害」対策などではまったくない。『これくらいしないと消費者は分かってくれない』と、この農業者・鈴木氏が強調しているのは、基準劣化などではごまかしのきかない消費者の(ごくあたりまえで、それゆえに揺るぎのない)放射能含有産物の拒否のことだ。だから、鈴木氏の努力を受けて、もしも政府が、「わかりました。食品基準をさらにきびしいものにして、検査体制も今より格段に強化します。そうすれば、おたくの産物のように放射能のないものだけが流通することになり、それによって消費者の信頼を得てゆけば、「放射能がないのにあるかのように扱われる」という「風評被害」も少しずつ減少してゆくでしょう」と言うのなら話はわかる。しかし、

『安倍首相は風評被害対策を幅広く検討しているとして、「政策を実行することで、福島の農場が立ち上がれるようにしたい」と強調した』

という政府の「風評被害対策」が、上でみた森消費者相=読売路線であるとしたら(それは確実!)、そして、鈴木氏がとった実質的な放射能汚染対策を、安全基準の操作とプロパガンダで丸め込む「風評被害対策」の一部であるかのようにごっちゃにして政治利用すると、今度は逆に、鈴木氏たちの放射能汚染対策の実質的効果、あるいは彼らの誠実ささえもが疑われる結果になる。そんな事態に対しては、私たち消費者は、当然のことながら、いたしかたない「風評被害」で応じるだろう・・・。

「市場」に金も命もかけているブルームバーグは、リアルに市場の動向を観察し、受け止められる。それに対して、表向き市場原理の信奉者である自民党政府は、ほんとうは、「消費者の自由な選択」なんてはなっから認めない、軍国的・家父長的・村八分的強権信仰にすがりつく前近代的ファンタジストなのである。

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