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「俺も仕事柄、方々から情報を集めてみてたまげたよ。終戦前日の閣議で、鈴木貫太郎首相は軍需物資の処分を決定したが、そのガソリンや金属たるや、あの当時の日本の経済をゆうに一年半は支えられるほどだったんだからな。ところが、こいつを官僚や政治家、軍人、資本家たちが寄ってたかって食い物にしたってわけさ。空襲で焼失したとか、不良品なので処分したとか、あらゆる名目をでっち上げて横領し、そいつを闇市場に流したんだ。」
終戦の翌年の昭和21年、日本は未だ混乱期に在った。街には親を失った戦災孤児が溢れ、市井の人々は必死で食べ物を捜し歩く。その一方で、戦後の混乱に乗じて違法に巨利を得る者も居た。そういった連中を取り締まるべき立場の者達が、裏では平然と手を組んでいる。そんな何でも在りの時代に、一件の幼児誘拐事件が起こった。身代金受け渡しに指定された闇市に、張り込みを続ける警察関係者達。しかし、そんな彼等を嘲笑うかの如く、犯人はまんまと身代金を持って逃げてしまう。結局、誘拐された子供は帰らなかった。
それから15年の月日が流れた昭和36年、一人の若い女性が惨殺死体となって発見される。死体のスカートのポケットに入っていた病院の診察券から、彼女は杉並区のアパート「小松荘」に住む25歳の下條弥生で在る事が判明。早速、小松荘に向かった刑事達が見た物は、家捜しされ尽くした弥生の部屋だった。
自らの生い立ちに疑問を持つ青年・谷口良雄。恋人の杉村幸子と共に、過去に繋がる道を必死で捜し求め、其処に奇妙な殺人事件が絡む。未解決だった15年前の幼児誘拐事件が、新たな事件を呼び起こしたのか?悲劇と希望、非情と愛情が交錯する果てに在った真実とは?
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第54回江戸川乱歩賞受賞作「誘拐児」。著者の翔田寛氏は1958年生まれという事なので、当然乍ら戦後の混乱期をリアル・タイムで過ごして来た訳では無い。しかし、あたかもその時代を生きて来たかの様に、当時の世相が細かく描写されている。かなり資料を当たった上で、この作品を仕上げたのだろう。
多くの人達が、その日を生き抜く事に必死だったで在ろう昭和21年。その年に発生した幼児誘拐事件が、15年後に発生した殺人事件に繋がって行く。そのシチュエーションだけで、この小説の世界にずっぽり引きずり込まれてしまった。
“犯人”自体は、割合早い段階で目星が付く事だろう。又、選考委員の何人かが挙げている様に、些か腑に落ちない設定が在るのは自分も感じた。「そんな偶然性って在るのか?」という“日常的な視点からの疑問”も。唯、ストーリーの面白さが、そんなマイナス点を充分カバーしている。最後に良雄が“母”に付いて語るシーンには、心揺さぶられる物が在ったし。
総合評価は星4つ。
「俺も仕事柄、方々から情報を集めてみてたまげたよ。終戦前日の閣議で、鈴木貫太郎首相は軍需物資の処分を決定したが、そのガソリンや金属たるや、あの当時の日本の経済をゆうに一年半は支えられるほどだったんだからな。ところが、こいつを官僚や政治家、軍人、資本家たちが寄ってたかって食い物にしたってわけさ。空襲で焼失したとか、不良品なので処分したとか、あらゆる名目をでっち上げて横領し、そいつを闇市場に流したんだ。」
終戦の翌年の昭和21年、日本は未だ混乱期に在った。街には親を失った戦災孤児が溢れ、市井の人々は必死で食べ物を捜し歩く。その一方で、戦後の混乱に乗じて違法に巨利を得る者も居た。そういった連中を取り締まるべき立場の者達が、裏では平然と手を組んでいる。そんな何でも在りの時代に、一件の幼児誘拐事件が起こった。身代金受け渡しに指定された闇市に、張り込みを続ける警察関係者達。しかし、そんな彼等を嘲笑うかの如く、犯人はまんまと身代金を持って逃げてしまう。結局、誘拐された子供は帰らなかった。
それから15年の月日が流れた昭和36年、一人の若い女性が惨殺死体となって発見される。死体のスカートのポケットに入っていた病院の診察券から、彼女は杉並区のアパート「小松荘」に住む25歳の下條弥生で在る事が判明。早速、小松荘に向かった刑事達が見た物は、家捜しされ尽くした弥生の部屋だった。
自らの生い立ちに疑問を持つ青年・谷口良雄。恋人の杉村幸子と共に、過去に繋がる道を必死で捜し求め、其処に奇妙な殺人事件が絡む。未解決だった15年前の幼児誘拐事件が、新たな事件を呼び起こしたのか?悲劇と希望、非情と愛情が交錯する果てに在った真実とは?
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第54回江戸川乱歩賞受賞作「誘拐児」。著者の翔田寛氏は1958年生まれという事なので、当然乍ら戦後の混乱期をリアル・タイムで過ごして来た訳では無い。しかし、あたかもその時代を生きて来たかの様に、当時の世相が細かく描写されている。かなり資料を当たった上で、この作品を仕上げたのだろう。
多くの人達が、その日を生き抜く事に必死だったで在ろう昭和21年。その年に発生した幼児誘拐事件が、15年後に発生した殺人事件に繋がって行く。そのシチュエーションだけで、この小説の世界にずっぽり引きずり込まれてしまった。
“犯人”自体は、割合早い段階で目星が付く事だろう。又、選考委員の何人かが挙げている様に、些か腑に落ちない設定が在るのは自分も感じた。「そんな偶然性って在るのか?」という“日常的な視点からの疑問”も。唯、ストーリーの面白さが、そんなマイナス点を充分カバーしている。最後に良雄が“母”に付いて語るシーンには、心揺さぶられる物が在ったし。
総合評価は星4つ。
「親の権威がぶれてはいけないから、父親の俺が駄目だと一度言った事は、そんなに簡単に撤回は出来ない。」亡き父親には、そういう所が在りました。自分自身では「これは一寸間違ってたかも。」と思っているのに、それでも絶対にそれを認めないという、非常に不器用な人でしたね(笑)。
今程情報が溢れていなかった時代故、子供達も“大人の汚い部分”を其処迄見なくて済んだという面は在るかも。そういう意味では、今の大人は可哀想。