ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「甲子園への遺言 ~伝説の打撃コーチ 高畠導宏の生涯~」

2008年11月24日 | スポーツ関連
高畠打撃理論とは何だったのか、と聞かれますが、僕は、基本的に“個人それぞれのスタイルを尊重する”のが高畠打撃理論だと思っています。個々の選手のスタイルを尊重し、一定の方向へ導き、その手助けをする。すべてを尊重して、そのサポートをし、そしてそのために、“心のケア”までする。それこそが高畠さんの打撃理論です。

今年初め、NHKで放送された「土曜ドラマ・フルスイング」が話題となった。落合博満氏を始めとして、藤原満氏や水上善雄氏、高沢秀昭氏、西村徳文氏、小久保裕紀選手、イチロー選手、田口壮選手、サブロー選手、福浦和也選手等、数多の名選手達を打撃指導した高畠導宏氏の生涯を記した本「甲子園への遺言 ~伝説の打撃コーチ 高畠導宏の生涯~」をドラマ化した物だ。類い無い打撃センスを持ち、紆余曲折の末にプロ入り(岡山南高等学校丸善石油中央大学日鉱日立南海ホークス)した高畠氏。しかしプロ入り早々のスライディング練習で左肩に致命的な怪我を負い、実力を発揮出来ぬままに5年で選手生命を終える事に。当時、ホークスの兼任監督だった野村克也氏にその研究熱心さを買われ、翌年から29歳の若さで打撃コーチとなった彼は、その後約30年間に亘っ延べ7チームで打撃コーチを務めた。伝説の打撃コーチと称され、多くの選手達に敬愛された彼。冒頭の言葉は、“教え子”の田口選手が語った物だ。

プロ入り前、そしてプロ入り後と、波瀾万丈と言える高畠氏の生涯。名伯楽としてプロの世界で引く手数多だったにも拘わらず、「若い子達に将来に向かって生きる力を与える、そんな存在になりたい。頑張れば何事も遣れるという事を教えてやりたい。」と59歳にして高校教師に転じる。未知なる世界、それも高給を擲っての転身というのは、とても勇気が要る事だったと思う。「高校球児を指導して、甲子園制覇を果たす。」という夢も在ったが、プロ&アマの規定で「元プロは2年間高校野球の指導は出来ない。」という事で、その2年が経つのを心待ちにしていた彼を病魔が襲う。進行性肝臓癌で、余命半年。告知から2ヵ月も経たずに、この世を去った高畠氏。教壇に立てたのは1年一寸だったが、生徒達は多くの事を教わったと言う。

「不幸せだとか無駄だとか思ってしまう様な事でも、考え方によってそういった物は大きな財産に成り得る。」というのが、高畠氏の人生から感じさせられる。大学4年時に行われたドラフト会議ジャイアンツから5位指名されるも、それを拒否して社会人野球の道を進む。後にホークス入りする訳だが、ドン・ブレイザー氏や“日本球界に於けるスコアラー第一号”の尾張久次氏、蔭山和夫氏、野村克也氏といった面々がデータ野球(シンキングベースボール=考える野球)を構築して行く環境下に在ったのは、彼の人生に大きな影響を与えた事だろう。

当時は「ドジャース戦法」という、やはり考える野球を積極的に取り入れていたジャイアンツ。近年では「スモール・ベースボール」と称されるこの戦法を或る時期からジャイアンツは捨て去り、やがてシンキングベースボールを取り入れたライオンズに球界の盟主の座を奪われるのは、何とも皮肉な話だ。

コーチの仕事はおだてることなんです。少なくとも私はそう思っています。たとえば技術的なことで、その選手のバッティングに、ある欠点があったとします。しかし、ピッチャーがボールをリリースするところから、バッターのミートポイントまで距離はわずか約15メートルほどしかありません。その短い距離をボールは0.4秒前後でやってきます。しかも、プロの威力あるボールが、その間に沈んだり、食い込んできたり、逃げていったりするんです。そしてボール球を見逃し、ストライクは打たなければならない。プロ野球とはそういう世界です。その中で、身体が覚えてしまっている欠点を直そうとしたって、直るものではありません。ああだこうだ、とコーチがいったって直らないんです。無駄な努力です。コーチも直らないことがわかっていて、パフォーマンスでやっているだけですよ。自分は仕事をしているということを、上にアピールしたいですからね。だから長所を伸ばすんです。欠点を直すのではなく、その選手がほかの選手より優れているところを伸ばすことが重要なんです。

生前、高畠氏が語っていた言葉だとか。「プロの打撃コーチは、選手を5人潰しても、1人一人前にすれば一流。」とされる世界に在って、選手個々の長所を生かし、奇抜なアイデアを次々と練習に取り入れていった彼は、非常に特異な存在だったろう。打撃で悩む選手達に彼が与えた言葉が幾つか紹介されているが、実に的を射た、それでいて押し付けがましさの無い所は、名ばかりの打撃コーチ達にとって参考にして欲しい所。

そんな彼が高校球界でどんなチームを作り上げて行くか、それを見られなかったのはとても残念だし、その若い死は球界に大きな損失を与えたと言えよう。唯、救いなのは、彼の財産が落合氏を始めとして、多くの教え子達に受け継がれている事。彼等にはそれを、次の世代に伝えて行って欲しい。

プロ野球ファンならば必読。そしてプロ野球に興味が無い人でも、生きて行く上での指標となる本だと思う。

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5 コメント

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読みました (ハムぞー)
2008-11-24 08:09:15
技術云々というより、彼の気持ちが素晴らしい。
電車の中で読んでいたのですが、ウルウルとするのを抑え切れませんでした。

豪州に行ったとき、バスのことを「コーチ」と呼んでいました。
そこからスポーツの「コーチ」は教える人でなく、「運ぶ」人だと解釈しています。
選手達の技術を高いところに導く、そんな素晴らしさを教えてくれる本です。
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Unknown (toshi16)
2008-11-24 16:47:55
>「プロの打撃コーチは、選手を5人潰しても、1人一人前にすれば一流。」とされる世界

これは、一般社会でもあてはまりますね。
だれか一人潰しても、誰か一人を使える社員にすれば指導力アリとなりますからね。

俺があいつを育てた。
とか、
あいつは使えない。
といった批評は、意外と当たらない場合がありますね。

人を厳しく批評する人程、単なる自己弁護に走るだけの人だったりしますからね。

この記事のコーチのような人の部下になりたいものです。
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Unknown (クロ)
2008-11-24 20:37:30
フルスイングは今年唯一地上波で毎週欠かさず見たドラマでした。原作も読みたいと思います。

「甲子園が君たちの終着駅ではあってはならん!」

劇中のセリフなので、本物の高畠さんが同じような言葉を遺したかどうかは分からないのですが。今でも覚えてます。もし監督になっていたら、三年間の限り有る期間で、どんなチームを育てたのか。甲子園と、その先の未来を見せてくれたんじゃないか、そんな気がします。
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>クロ様 (giants-55)
2008-11-25 00:45:21
書き込み有難う御座いました。

クロ様はあのドラマを、全て見ておられたんですね。自分は残念乍ら全く見ておらず、その後になって「あのドラマ良かった。」という話を結構見聞して、「それじゃあ原作を読んでみようか。」と相成った次第。

高畠氏の事は以前より存じ上げておりましたが、この本を読んだ事で改めて深い部分に触れる事が出来ました。プロの世界からアマチュアの世界に移った彼が、志半ばで生を終えなければならなかったのはとても残念だし、御本人もさぞや無念の事だったでしょう。彼の薫陶を受けた高校生達が、今後の人生にどう生かしてくれるのか。期待したいですね。
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震えが止まらなかった本です (おりがみ)
2008-11-26 00:42:45
こういう生き方をする人がいるんだと。
一昨年、母との関係でしんどくなってたときに読んで、「生きてることが先ずありがたいのだ」としんどさがスーッと軽くなった記憶があるです。

トラックバックしたいんですが・・できるかなぁ?
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