昭和40年3月 町上常会場で行われた中国電力、布野散宿所におられた赤松清義さんの送別会の写真です。
赤松さんは、前列右から三番目の方です。
写っておられる方の名前は、ほぼわかっています。
約60年前の写真ですから、名前がわかっている人を書いてあげたいものです。個人情報云々というより、懐かしさが格段に勝るとは私は思っています。
そこのところどうでしょうか。
私の父も真ん中あたりに写っています。
町上の人が多いのですが、藤井村長や、武田さん、尼子さん、松岡さんといった、おそらく当時の議員さんも参加されたようです。
私が知る限りでは、生きている人は二人
下から3段目の左の端の女性は、sさんです。
その斜め右下の若い人は、当時、派出所におられた警察官の方(名前わかりません。生死は不明)
その人の右下の方は、町上地区の0さんで大工をされておられました。
赤松さんのあとは、西田さんが引っ越されてこられました。
5年後には、この散宿所は、廃止になりました。
おそらく、車が普及したからでしょう。
散宿所は、町上地区、旧出雲街道をはいったところにありました。今でも建物はあります。
この写真を見て、当時の人の温情の深さを改めて感じます。
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