ベトナムの子どもたちに奨学金を――FUJI教育基金

ベトナム南部・北部の中学・高校生、大学生に奨学金を贈って勉学の支援をしています。

2011年奨学金授与の旅(ベトナム南部):授与式・交流会(2) by Luong (10月1日)

2011-10-20 | 奨学金授与の旅

 

10月1日

08:00頃 ホアビンホテルを後にして、メコン川を遡ってカンボジア国境近くのチャウドク市へ。

09:30頃 予定より早く着いたけれど、そのままボー・ティ・サウ高校へ。

 チャウドクでは、2つの学校、ボー・ティ・サウ高校とグエン・ディン・チュー中学校の授与があります。

 今回は、時間と手間を節約して、1箇所で式を行うことにしてもらいました。

 以前はずっとツ・コア・ギア高校で授与式を行っていましたが、今はツ・コア・ギア高校への授与はなくなりました。

 今回、ボー・ティ・サウ高校での授与式は初めてです。

 幸い新しい広い教室が完成したばかりで、授与式を室内で行うことができました。

 大人数の式典ですと、ふつうは屋外でやるのが常です。

 2つの学校に、それぞれ40人の生徒に奨学金を贈呈します。

 しかし、室内のスペースの関係で、グエン・ディン・チュー中学校の生徒は20人に限定しました。

 高校生には1人150万ドン(約5,600円)、中学生には1人120万ドン(約4,500円)の奨学金を授与しました。


 授与式には、ボー・ティ・サウ高校のファム・バン・トイ校長、グエン・ディン・チュー中学校のレ・タン・フォン副校長、他の中学校・小学校の校長、FUJI 基金の現地アシスタントであるティン・フオンさん(女性)など、チャウドク市の教育関係者が出席しました。

 英語の先生スアン・ロアンさん(女性)の慣れた司会で、式はスムーズに行われました。

 途中、生徒たちの歌など、暖かい盛りだくさんサービスがありました。

  「日本では未曾有の東日本大震災があったにもかかわらず、FUJI 基金の皆さんはベトナムのことを忘れることなく、はるばるお越しいただいた。

  そして、今年も続けて奨学金を生徒たちにくださる。

  これは大変ありがたいことで、生徒たちはもっと努力して、そのお気持ちに応えなければならない」

という感謝の言葉がありました。


 今回の旅で特筆すべきことは、奨学生たちが日本語を覚えてくれたことです。

 行き先々で、

  「 ohayou 」

  「 konnichiwa 」

  「 arigatou 」

  「 sayounara 」

など、響きのよい挨拶の声が聞こえました。(実は、前もってメールで教えておいたのです。)


 それに対して旅の参加メンバーも負けじと、ベトナム語

  「シンチャオ」(こんにちは はじめまして、こんにちは、さようなら、こんばんは;挨拶の言葉)

  「カムオン」(ありがとう)

  「タムビエト」(さようなら)

  「ゴン」(美味しい)

など、声高々挨拶しました。

 これで交流がもっと楽しく印象に残ったものになったと思い、嬉しかったです。

(以上、文責:ト・ブー・ルーン)

 


2011年奨学金授与の旅(ベトナム南部):授与式・交流会(1) by Luong (9月30日)

2011-10-20 | 奨学金授与の旅

 

*2011年奨学金授与の旅で行った授与式の様子、学生や生徒・先生方との交流の様子を中心に、当基金代表のト・ブー・ルーンさんにまとめてもらいました。

ルーンさんからは、「交流のとき、いろいろな意見はあったけれど、その場を一生懸命取り仕切るのに、自分は精一杯だったので、思い出そうと時間をかけてもなかなか思い出せない」というコメント付きです。

実際ルーンさんは、過去の授与の旅のときも、ベトナム人へはベトナム語で、日本人へは日本語で、それぞれの発言を通訳しつつ、同時に、交流の場を実りあるものに一生懸命まとめているので、細かいことを記憶している余裕はとてもないだろうなと思いました。

 


 

9月30日

09:45 最初の奨学金授与学校カントー大学に到着。

 FUJI 教育基金の歴史は、1991年に、この大学から始まったのです。(注)

 あっという間に、20年という長い年月が経ちました。

 感無量です。


 授与式が、日本留学経験のあるグエン・ミン・チョン先生の司会で進められました。

 5人(女性2人、男性3人)の学生に、前年と同じく、それぞれ300万ドンを手渡しました。

 現在の実勢レートで換算すると、約1万1,000円ずつです。


 クメール族のキム・テ・ニーさん(男性)が、奨学生を代表して感謝の言葉を述べました。


 また、新渡戸稲造『Bushido: The Soul of Japan』(1900年刊)の日本語訳版からベトナム語に翻訳した『武士道』を、奨学生全員と大学の図書館に10冊贈呈しました。

 ベトナム語版の翻訳者は東北大出身のレ・ゴック・タオ氏で、ハノイで出版しました。

 氏はこの本の印税を、東日本大震災への寄付金として贈っています。

 当基金のカー運営委員から、ベトナムの人々、とくに奨学金を受けている若い人に日本人の精神構造や背景などをもっと理解してほしいという提案があり、この本を寄贈することに決めました。


 大学から、農業・応用生物学副学部長のグエン・ミン・トゥイ先生(女性)や学部事務局長のフア・バン・チュン先生が出席しました。

 以前FUJI奨学金をもらっていた学生も何人かが同席しました。


11:00 式終了。学生食堂に移動し、昼食をとりながらの交流に入りました。

13:20 別れるのを惜しみながら、カントー大学を後にしてロンスエン市へ。


15:05 オープンしてまだ1年足らずの、ま新しいホアビンホテルに到着。

 チェックインをすませ、すぐまた出発。

16:00頃 アンザン大学に到着。

 40 haもある広々とした新しいキャンパスになっていて、びっくり。

 古いキャンパスは、先生を養成する師範学科として使われています。


 授与式はボー・バン・タン副学長出席のもと、ミー・ホアン(女性)さんの司会によって行われました。

 とても進め方が上手な司会者です。

 あとで聞いて分かったのですが、彼女が在学4年生ということで、またびっくり。

 ベトナム学学科(後、文化旅行学科になる)の学生です。


 旅の参加メンバーが順次20人の奨学生(男女10人ずつ)に、それぞれ230万ドンを手渡しました。

 実勢レートで換算すると、約8,500円。

 この額は、昨年より15%アップです。

 FUJI教育基金の総会で、ベトナムではインフレが激しいことから、奨学金の増額を決めました。

 学校側から、感謝状と大学のバッチをいただきました。


 質疑応答の時間をとり、しばし、お互いのことを質問しました。

17:30頃 授与式が無事終了。

 予定時間より少し早かったけれど、そのまま夕食交流の場所に移動。

 旅の一行19人と奨学生20人に加えて、大学の関係者たち、アンザン省で長年日本米を栽培している日-越合弁会社の社員・江森さん(帰化前の名前はタム、男性)、JICAの女性支援プロジェクトの担当者・木戸さん(女性)など、総勢50人ほど。

 20:10頃まで盛り上がりました。


(注) 1991年、日本に在住している元ベトナム留学生たちが、母国ベトナムでせっかく入学したのに経済的困難のため勉強をつづけられない学生が少なくないことを見かねて、奨学金制度を設けることにしたのが、FUJI奨学金の始まりで、その後、趣旨に賛同した日本人も加わりました。当初は毎年、交流のあるカントー大学の学生20人に奨学金を授与していました。

 1995-96年度からカントー大学では、他からも奨学金を受け入れることが多くなってきたこともあって、この年度から奨学金の対象を、アンザン省チャウドック市にあるTHU KHOA NGHIA(ツ・コア・ギア)中・高等学校に、さらに2002-03年度から北部ニンビン省キムソン県チャット・ビン村のChat Binh(チャット・ビン)中学校に、2006-07年度からアンザン省のアンザン大学に広げ、現在にいたっています。なお、ツ・コア・ギア校は生徒数が急増したため、2001-02年度からグエン・ディン・チュー中学校が独立し、FUJI奨学基金は両校に奨学金を贈ってきました。その後、ツ・コア・ギア高校は所得が比較的高い家庭の生徒が多くなったため、より困難な生徒が多いチャウドック市のボー・ティ・サウ高校を2008-09年度から対象に加え、ツ・コア・ギア高校への奨学金は2009-10年度を最後に使命を終えることにしました。

 設立当初は、毎年、寄金をあつめ、あつまった金額で奨学金として給付していましたが、1996年、趣旨に賛同する人も増えてきたのを機会に、一定金額を基金として拠出し、その運用益を奨学金として給付する「FUJI奨学基金」を設立しました。これによって、継続的・安定的に奨学金を給付できる条件を整えることができました。2006年から、奨学金の給付に加え、広く、教育に役立つ事業を行うことにし、会の名称を 「FUJI教育基金」と改称しました。