ベトナムの子どもたちに奨学金を――FUJI教育基金

ベトナム南部・北部の中学・高校生、大学生に奨学金を贈って勉学の支援をしています。

ベトナム南部・アンザン大学奨学生からの手紙

2012-12-19 | アンザン大学

謹啓 Fuji教育基金の皆様

   アンザン大学運営委員会の皆様

 私はファム・ティ・ミー・ズエンと申します。私は昨年度、アンザン大学水産養殖学科の4年生時に奨学金をいただきました。

 本日、私は、過去何年にもわたって、私たち多くの学生の、年間を通して継続的に勉強したいという想いを擁護し、援助してくださっているFuji教育基金の奨学金授与式典に参加された基金の皆様、ならびに私たちがこの奨学金をいただける条件を作ってくださった諸先生方にもう一度心からの感謝を申し上げたく、お手紙をしたためました。

 Fuji奨学金はさまざまな困難な状況下にある多くの学生たちにとって非常に有意義な奨学金の一つとなっています。この奨学金のおかげで私たちはその状況を乗り越えるための信念を持つことができます。とりわけ私にとりましては奨学金をいただけることは喜びであり、幸せなことです。勉強に疲れたときなど、それを克服する大きな力となっています。だからこそ、本日、私はFuji教育基金の皆様と諸先生方に心からの感謝の言葉を申し上げますとともに皆様や先生方に私の喜びをも共有していただけたらと切に思います。

 私は、自らのすべての教育課程を完了し、いい成績で大学を卒業しました。現在、家族を助けるために仕事を探しています。今、卒業できたことは喜びでもあるのですが、一方で、いつ仕事が探せるのか分からないという不安も感じています。いくつかの企業などに求職申請書を提出したのですが、未だに面接の呼び出しがありません。私が就職に当たっての望むことは、私の専門領域である水産分野で安定した仕事を見つけたいということだけです。

 皆様にお会いしてから随分時間が経ってしまいましたが、私は皆様方の優しさ、熱心さ、そして楽しかったことを今もよく覚えています。私たちは奨学金をいただいた以外にも皆様から非常に有意義な贈物、つまり皆様の実に温かい思いやりのお気持をいただきました。

 私たちは、Fuji教育基金が今後、ますます発展し、より多くの学生が勉学上の困難を克服できるよう援助してくださることを切に望んでいます。

 最後に、Fuji教育基金の皆様、諸先生方のご健康、ご幸福、ご成功を謹んでお祈り申し上げます。私はFuji教育基金の皆様や諸先生方が私たちに示してくださったお心にお応えすべく常に一生懸命仕事に奮闘したいと念じています。

 謹んでご挨拶申し上げます。
                    ファム・ティ・ミー・ズエン 
                     (Pham Thi My Duyen)



注) この学生は2011-2012年度の奨学生。

  


 


アンザン大学運営委員会からの感謝状

2012-11-19 | アンザン大学

 アンザン大学のタン・ロアン(Thanh Loan)先生から、

――2012年11月15日にFUJI教育基金の奨学金授与式を行い、
 農業学科の貧困な状況にある優秀な学生20名に奨学金を渡しました。
 これは、他の7つの奨学金授与組織と共同の授与式典でした。――

という連絡とともに、

 ・奨学生に選ばれた学生の名簿、
 ・授与式の写真、
 ・アンザン大学運営委員会からの感謝状

を送っていただきました。


 以下、アンザン大学運営委員会からの感謝状を紹介します。


                          
感謝状

 FUJI教育基金 御中

 社会が関心を持つべき諸活動の一つは、才能ある若い世代、国を担う次世代を育成することにあります。
 これも、まさに長年にわたる学校など教育機関の重要な任務の一つであります。

 貴基金は私たちにとって最も重要な支援組織の一つであり、アンザン大学の諸活動に積極的に貢献していただいております。

 本日、アンザン大学は、再び、貴基金から総額6,000万ドンの奨学金をいただきましたことを誠に光栄に思っております。
 貴基金からの時宜を得た貴重な支援は、困難な状況下にある学生たちへの計り知れないほどの大きな励ましとなっております。
 さらに、学生が自らの夢を諦めることなく追求し続け、明るい未来への扉を切り開くために勉学を続けていこうとする原動力となっています。

 私たちは、貴基金がわが国の若い世代、将来を担う世代に深いご関心を寄せてくださり、高邁なご支援活動をされていることに対し、深く感動し、畏敬の念を抱いております。

 大学運営委員会は、アンザン大学のすべての教職員及び学生を代表して、貴基金の貴重な貢献に対し心からの感謝を申し上げます。
 そして、今後も引き続き貴基金のご支援を賜りたいと願っております。

 最後に貴基金のますますのご発展とご盛栄をお祈りいたしております。
                                               アンザン、2012年11月14日
                                       学長 ボ・バン・タン(Vo Van Thang)


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(7)  2011年

2011-12-29 | アンザン大学

FUJI教育基金のみなさま、こんにちは!!!

 

 私、ファン トゥアン リエットは現在、アンザン大学農学部農業天然資源科、(食品テクノロジー専攻)DH9TPクラスに所属しています。

 私はFUJI教育基金からの奨学金を受け取り大変嬉しく、そして幸せに思います。この奨学金の額は、ほかの人たちにとっては、たいしたことがないかもしれませんが、私にとってはかなりの額で、このお金でいろいろなことができます。

 大事なのは、FUJI教育基金が私と他の学生たちが今直面している困難を乗り越えるために、奨学金を与えてくださったということです。みなさまは、私たちを物質的に支えてくださっただけでなく、奨学金授与式や懇親会において、その時間ずっと、まるで家族のように愛情をもって接してくださいました。

 このことは、おそらく私の人生の中で忘れることはないでしょう。

 私の家族はカンボジアに隣接していて、他の多くの地域のように肥沃で豊かな土地ではないドンタップ省タンホン県タンホコ村という辺境に住んでいます。

 私の父と母は小作人の出身で、家族は大勢の兄弟姉妹(9人)がおり、それゆえ生活は多くの困難がありました。兄弟姉妹にはすでに家庭があり、それぞれの生活も比較的落ち着いています。

 いま、私は最終学年で、2人の弟妹は学校に行っています。ファン・トゥアン・ナットはホーチミン市技術師範大学の2年生、ファン・ティ・ビック・リエンはタンホン高校の12年生です。

 父と母は60歳を越えました。働く力がかなり衰えましたが、それでも毎日食べていくためのお金を何とか稼ぎ、私と弟妹を学校に行かせるために、毎月およそ200万ドンというかなりの額を学費として除けています。子どもたちを学校に行かせるために、多くの時間を苦労して働いています。

 

 そんな両親を見て私の心が痛み、退学して働きに出て、家族と弟妹を助けようと思うことがよくあります。

 でも私がそういう話をすると、両親は私を叱ります。両親は、

 「私たちは一生農民で、学校にも行けなかったから、今みたいに山のような苦労をしている。

 一生懸命勉強することで、お前はもっと良い生活を手に入れることができるんだよ。

 いまの私たち家族の状況と同じままではダメだよ」

と言いました。両親の話を聞いてから、もっと勉強を頑張ろうと決心して、学校の時間外では私はコーヒー売りや、いろんなレストランのバイトや、チラシ配りのバイトをしました。お金を得て家族の負担を減らすためです。

 

 今日、FUJI教育基金の方から奨学金を受け取った時、私はとても嬉しく思い、そして興奮しました。それは私にとって本当に意味のあるものだったからです。

 私は奨学金の一部を使って学費を払い、その残りは卒業論文を書くための経費として使います。

 私と私の家族はFUJI教育基金のみなさまに、心より深く感謝の言葉を述べなければなりません。

 私や私と同じような境遇にある学生たちに奨学金と愛情を与えてくださり、ありがとうございます。

 私は、ずっと困難に立ち向かいながら進み、自分の夢を実現させ、両親や先生方の期待や、基金の皆様の愛情を裏切らないことを約束します。

 もう一度、私たちに奨学金を与えてくれたみなさまの気持ちに心よりお礼を申し上げます!

 みなさんの ベトナムでの休暇が楽しく幸福なものでありますように。ますますのご健康とご成功をお祈りいたします。

(北山夏季・訳)

 


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(6)  2011年

2011-12-28 | アンザン大学

感謝状

 

 FUJI教育基金御中

 

 私は、ファム・ティ・ミ・ズェン、水産養殖学科のDG9TSクラスの学生です。

 やる気のある学生たちが勉学を続けられるように何年間も支援してくださっているFUJI教育基金の皆様に心からの感謝を申し上げたくて、この手紙を書きます。

 同時に、大学の執行部から諸先生方にもこの奨学金を受ける機会を与えてくださったことに感謝申し上げます。

 

 FUJI奨学金はさまざまな境遇にある学生たちにとって、大きな意味のある奨学金です。

 この奨学金のおかげで、先輩たちも私たちもそれぞれ境遇を乗り越える自信を得ました。

 この奨学金のおかげで、人生は誰にも背を向けたりしない、人生には温かい愛情にあふれていると私たちは思えるようになったのです。

 

 私にとっては、奨学金をいただけたことは喜びであり、幸せです。

 よい成績を収めたことを知って母はきっと喜びます。学費や毎日の生活費や、教材や、下宿代といった、常に母の背に覆いかかっている重荷が少しでも軽くなるからです。

 支出は多いけど、収入は幾らもないんです。その重荷が母の両肩にいつもかかっています。

 学費と毎月の生活費を母からもらうために実家に帰るたび、母を困らせます。子どもが帰ってくるのは母にとっては喜びで、日ごろ会えない寂しさを消し去りますが、それといっしょに一番の心配事もついてくるのです。

 母は口に出して言わないけど、私たち兄妹にお金を渡せるほど家計に余裕がないときがあって、そういうときは、親戚にお金を借りに行っているということを私は知っています。そして、借金を返すために、仕事を増やすのです。

 ほかの女性たちは、心配事もなく、もっと幸せな環境にいるというのに、母の生活は休みが少なくて、仕事ばかりしています。その苦労した分を取り返すほどの日々の喜びも全くありません。

 

 私は母の人生も、ほかの女性たちのようであってほしい、もうこれ以上苦労してほしくないと願っています。だから私は、母の苦労をバネにして頑張っています。

 母は、私たち兄妹を学校に行かせるために、多くの犠牲を払ってきました。

 私は将来、安定した仕事に就いて、家族を養うことができるように、そして母を楽にしてあげられるように、頑張って勉強しようと毎日思っています。

 でも、そんな将来を現実のものにするには、大学の最終学年まで一生懸命勉強して優秀な成績を収めなければなりません。

 今日、FUJI教育基金の奨学金のおかげで、いちばん重要な課題である今年度の1学期の学費と、もうすぐ始まる専門の実習にかかる費用の納入ができます。

 2011年9月30日の奨学金授与式と、パーティーで、皆様の優しさ、熱心さ、明るさに触れ、皆様のことが大好きになりました。奨学金のほかに、とても素晴らしい贈り物もいただきました。

 いちばんうれしかったのは、基金の皆様が奨学金を一人ひとり渡していただいたことで、温かいお心が直接伝わりました。

 言葉の違いはありますが、親しく接していただき、その言葉の壁が無くなったように感じました。その触れあいの時間に、日本語ができたら皆様ともっといろいろとお話しすることができるのにと残念に思いました。

 どんなに楽しいパーティーにも終わりがやってきます。

 奨学金授与式の日、私たちは皆様にお別れを言わなければならなくなりました。皆様がいつまでも私たちのことを覚えてくださり、これからもFUJI教育基金が発展をつづけ、多くの学生が困難を乗り越え、勉学を続けていけるよう支援していただきたいと強く願っています。皆様のご健康、ご多幸、そしてご成功を心より祈念いたします。

 奨学金を本来の目的通りに使うこと、私たちに期待を寄せてくださっている皆様のお心に応えらえるよう一生懸命に勉強をするということをここに誓います。    敬具。

(北山夏季・訳)

 


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(5)  2011年

2011-12-27 | アンザン大学

感謝状

 

 FUJI教育基金の皆様へ

 

 私の名前は、ファム・ティ・ジェム・フォンです。アンザン大学農業・天然資源学部、バイオテクノロジー科、DH9SHクラスに在籍しています。 

 この大学の合格通知書を受け取った高校生だったとき、表現しがたいほどの嬉しさと、悲しみが少しよぎりました。母が額に汗して働き、父が泥まみれになって働いている姿を思い出したからです。

 

 それから3年が過ぎ、相変わらず自転車で学校に通っており、時々倒れそうになります。勉強がとても大変で、生活費は足りないからです。

 勉強以外に、私は毎日求人広告を見て、仕事を探し、両親を助けたいと思っています。

 実家を離れて通学しているので、よくホームシックになって、泣きたくなることがあります。でも、いつも頑張っている両親のことを想って、「泣いてはいけない、強くならなくては」と自分に言い聞かせています。

 

 いま、最終学年になりましたが、両親は一度もぼやくことはありませんでした。けれども、私は両親の白髪がどんどん増えていくのを見て、迷惑をかけているなと申し訳なく感じています。

 教育基金の奨学金のことを知ったとき心が軽くなったような気がして、2011年度の優秀奨学生20人に自分が入ったということを知ったときは泣いてしまいました。

 基金の皆様はわずかばかりの奨学金と謙遜して言われましたが、私にとっては物資的に支えてくれるばかりか、精神的な励ましを与えてくれる贈り物です。ベストタイミングで、実際的な支援が何物にも代えがたい贈り物であり、FUJI奨学金こそがそのような贈り物なのです。

 

 そしてもう一つ、私がとても感動したのは、基金の皆様がとても親切だということです。皆様に接して、人類愛に溢れるお心の温かさと人徳を感じました。

 奨学金をいただきましたら、そのお金を学費や学習に必要なものを買う費用に使います。

 私たちは頑張って勉強し、優秀な成績を収めてこそ、困難な生活から這い上がることができます。

 

 私たちにお心を傾けてくださったことに、心から感謝いたします。これからも皆様の支援を引き続き賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

(北山夏季・訳)

 

 


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(4)  2011年

2011-12-26 | アンザン大学

感謝状

 

 FUJI教育基金の皆様

 

 はじめに、FUJI教育基金の皆様に心からの感謝を申し上げます。

 私、ファム・ヴァン・ホアイは、アンザン大学の農業・天然資源学科のDH10PNクラスに在籍する学生です。

 

 私は農家の4人兄弟の中に生まれ育ちました。毎日、雨や日照りなど変わりやすい気候条件の下の農業なので、暮らしは少なからず苦労があります。

 家族の暮らしが大変なので、私の妹は8学年で退学して、両親の手伝いをしています。それでも3人兄弟の学費と家族全体の生活費がどんどん増えるようになって、子どもたちの学業を続けさせるために、両親は仕事量を増やさなければならなくなりました。 

 

 両親は高齢になってきたというのに、私たち3人兄弟を学校に行かせるためとても苦労しています。

 両親が苦労しているのを見て、私も退学して下の2人の弟たちを学校に行かせてやろうと思うときがあります。

 でも両親は私を励まし、「勉強してこそ、この苦労から抜け出せるんだよ」と言ってくれました。

 学校に行っている時間以外には、私もパートの仕事をして、学費や下宿代の足しにしようと頑張っています。さらには、もっと勉強して優秀な成績を収め、両親の期待に応えようと思っています。

 

 そして、このたび、幸運にも皆様から奨学金をいただきました。これは、私にとってとてつもなく大きなプレゼントです。

 はるばる日本から遠いベトナムに、特にアンザンというところへの移動の大変さに対して何のためらいもなくお越しになり、私や農業・天然資源学科の学生たちにかけがえのない愛情を与えてくださり、心から感謝いたします。

 勉強を続ける私にとって、やる気を起こさせる何よりの応援であり、励ましです。

 奨学金は、勉強と毎日の生活費という目的通りに使わせていただきます。 

 私と農業・天然資源学科の学生たちに傾けてくださったFUJI教育基金の皆様の愛情に対してふさわしい奨学生であるように、一生懸命勉強することをお約束します。 

 アンザン大学の執行部、学生協力課の先生方に対しまして、この奨学金を得る機会を与えてくださったことを改めて感謝申し上げます。

 FUJI教育基金の皆様、私と農業・天然資源学科の学生たちに愛情を注いでくださりありがとうございました。

 FUJI教育基金のますますのご発展と、このような愛情あふれる奨学金を得る学生の数がますます増えていくことを祈念いたします。このような貴重な奨学金は、私たち学生がしっかりとした大学生活を送るモチベーションの源だと思います。

 改めて、FUJI教育基金の皆様のご健康と、そしてご多幸を心よりお祈りいたします。

 (北山夏季・訳)

 


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(3)  2011年

2011-12-25 | アンザン大学

感謝状

 

 2011年11月3日、ロンスエン にて

 FUJI教育基金 御中

 

 私の名前はグエン・ホアイ・タンです。アンザン大学DH9SHクラスの、2011年度FUJI奨学生です。

 

 私はアンザンで生まれ、育ちました。

 家は8人家族です。両親と5人兄弟です。家族は主に農業によって生計を立てています。

 祖父母は農業のことを、「天と地に身を捧げる仕事」とよく言っていました。

 両親は一年中畑仕事をしていますが、それでも私たち兄弟の勉学を安定させることは難しいです。

 私たち兄弟は家計を助けるため、次々と学校から離れていきました。下の弟に勉学の機会を譲るため、あるいは、勉強するというバトンを渡すと言った方がいいでしょうか。

 幸運にも、私は大学まで行かせてもらえた唯一の子どもです。

 

 私を育て、学校に行かせてくれた両親と姉たちの期待を裏切らないために、頑張って勉強して優秀な成績を収めなければいけないと、自分に言い聞かせてきました。

 両親の期待を裏切らないために、小学校からの12年間ずっと優秀な成績を収めてきました。

 その努力の甲斐があって、高校の成績は「優秀」でしたし、アンザン大学のバイオテクノロジー科でも優秀な学生として認められています。

 

 大学の合格通知書をもらったとき、私の心は嬉しさと不安が入り混じっていました。合格した嬉しさと、勉強を続けていけるかどうかという不安です。

 今まで勉強を頑張り続けるよう、私を慰め、勇気づけてくれたのは、両親です。父は私に、

 「頑張って優秀な成績を収めるんだぞ。お父さんはどこまでもお前を応援するからな。」

と言ってくれました。父のその温かい言葉を聞いて、涙が私の頬を伝いました。

 4年間ずっと、頑張って勉強し、自分の道徳心を磨いてきました。友だちの助けや支え、先生方の教え、家族の愛情に恵まれ、幸運だったと思います。

 

 さらなる幸運は2,300,000ドンという奨学金を、このたびFUJI教育基金よりいただけたことです。

 ほかの人たちにとっては、このお金は大した額ではないかもしれませんが、私にとってはとても大きなものですし、私にとってはちょうど困っているときの助け舟でした。

 もうすぐ大学の4年間を修了しようとしています。卒業後、後悔することがないように、一心不乱に頑張らなくてはならない時期です。

 卒業証書は私の夢をはぐくみ続け、社会に役立つ人間になるための財産になります。

 目の前の道には多くの障害や試練が立ちはだかるでしょうが、もっと努力してそれを乗り越え、成功を収めたいと思います。

 アンザン大学の先生方ならびにFUJI教育基金の皆様には、心からのお礼を申し上げます。

 これまで私を支援してくださり、第二の家族を与えてくださり、喜び、幸せ、たくさんの思い出を与えてくださいました。

 卒業後の進路においても、これまで以上に努力を続け、私のように困難な境遇にある家庭や子どもたちを支援するため、微力ながらも貢献したいと思っています。

 最後に、アンザン大学の先生方とFUJI教育基金の皆様のご健康をお祈り申し上げます。

 私たちの基金のさらなるご発展をお祈りし、困難な境遇にある学生たちへの支援を続けていかれますよう期待いたします。

 改めて、感謝申し上げます。

              (北山夏季・訳)

 


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(2)  2011年

2011-12-24 | アンザン大学

感謝状

 

  FUJI教育基金   御中

 

 私は、レ・クォック・カンと申します。

 1992年1月、アンザン省チョモイ郡ニョンミ村ミトゥアン邑に生まれました。

 現在、DH11PNクラスに在籍し、農業・天然資源学部で学んでいます。

 

 先日、奨学金授与式への招待状を受け取ったときには、思いがけないことで本当に驚き、感動しました。

 そして、学校とFUJI教育基金が私を選んでくださったことを、とても光栄に思いました。

 

 私は農家に生まれました。

 4人家族で、父は失業中、母はちょっとした商売を営み、姉はグエン・フー・カイン高校の教員をしています。

 全員の収入を合わせても、その日その日をなんとか暮らしていける程度で、農作物を育てる土地もないので、雇ってもらわなければなりません。

 

 私は、自分が大学に行くなんて思いもしませんでした。私を大学に行かせるほどの余裕が家にはないと思っていたのです。大学で勉強することは、私にとって人生で最も大きな夢でした。

 勉強の大変さを乗り越えるのも、簡単なことではありませんでした。

 ですから、FUJI教育基金の奨学金は私の勉強にとって、大きな意義があります。

 学校の支払いや、教材費などの費用に、この奨学金を充てたいと思っています。

 短い時間ではありましたが、奨学金授与式や懇親会を思い出します。

 FUJI教育基金の皆様にお会いできて、とても興味深く感じました。あえて、こういう表現をさせていただきます。

 日本という国について知っていたことといえば、武士道のことや、日本人が忍耐強いこと、どんな性格かといったことでした。

 例えば、いちばん典型的なことといえば、日本人は第2次世界大戦後、世界の強国にまで上り詰めたということです。この戦争で、日本人はとても大きな損害を被ったというのに。

 また近年では、歴史的な地震が起き、大変な被害を受けました。にもかかわらず、日本人はその困難をいとも簡単に乗り越え、世界中を驚かせました。

 

 もう一つ申し上げたいのは、FUJI基金の皆様がとても親切で、私たちのいる環境に対して非常に関心を持ってくださっているということです。

 私たちのことをとても理解してくださっていることに、とても驚きました。私たちのことに強い関心を持ってくださっているのだと分かりました。

 

 自分が日本人と話をするときがやってくるとか、日本人の習慣や風俗について知るなんて、思ってもみませんでした。それは単なる夢でした。

 皆様とお話ししながら、日本に行って、ちょっとの間暮らしてみたいなぁとひそかに思ってしまいました。そうすれば、日本人の習慣や、「日のいずる国」の「ひと」と「くに」についてもっと学び、理解することができるでしょう。 

 

 私にとって、FUJI教育基金はとても意義があります。

 基金のお金で、教材費や生活費が本当に助かります。それによってある意味、家計も助けることができます。

 FUJI教育基金は、私たちにこれからも頑張ろうというやる気を与えてくださいました。

 私は、基金の皆様や大学の先生方、社会の期待に応えられるよう頑張ります。

 これからさらに一生懸命に勉強し、皆様のご期待を裏切らないと約束します。

 皆様のご健康を祈念いたします。

 心から感謝申し上げます。

(北山夏季・訳)

 


ベトナム・アンザン大学奨学生から届いた感謝の手紙―(1)  2011年

2011-12-23 | アンザン大学

 2011年のFUJI教育基金・奨学金授与の旅では、9月30日にアンザン大学を訪れました。授与式のあと、アンザン大学の奨学生から、感謝の手紙が7通届きました。翻訳は、北山夏季さんがしてくださいました。以下、紹介します。


感謝状


 FUJI教育奨学基金御中

 

 

 敬愛するルーンさん。

 私はカオ・ティ・キム・ホンと申します。アンザン大学、農学部、DH10PNクラスに在籍しています。


 私はとても嬉しいです。

 この喜びを何と言って表現したらいいか分かりません。

 本当のことを言うと、FUJI教育基金から奨学金をいただくような栄誉に恵まれるとは思ってもみませんでした。

 1回生の時、奨学金の申し込みをしましたが、クラス長が奨学生リストを読み上げた時には私の名前はありませんでした。

 去る9月26日、ようやくタン・ロアン先生からの連絡を受け、私の名前が奨学生リストにあるということを知りました。 


 思いがけない喜びが押し寄せてきて、その瞬間どう対処していいか分かりませんでした。

 その日、両親が帰ってくると、外に飛び出して両親に抱きつき、今日まで苦労を厭わず私を育ててくれてありがとうと言いました。

 FUJI教育基金の皆様には何とお礼を申し上げたよいか分かりません。

 「本当にありがとうございます」という言葉しか出てきません。


 私は、同世代の友人たちのようなよい環境に恵まれていません。

 私の家族はとても貧しくて、両親は雇われ仕事をしていて、誰かに仕事を頼まれたらそれを請け負うような生活です。

 毎日食べていくのがやっとで、私たち3人の子どもを学校へ行かせるお金を何とか捻出しているような暮らしをしています。子ども3人を学校に行かせるため、家計には余裕がありません。

 ですから、ほかの友だちのように、服や本など十分に買うことができません。


 高校3年生の時、卒業試験の勉強のために「生物学の試験問題集」を買いたかったのです。

 けれどもその本は少し高くて、その頃何週間も父の仕事の依頼もなくて、家計が困窮していたので、母に相談することができませんでした。

 毎朝、学校に行く前には冷ご飯を食べたり、遅刻しそうになって朝食を食べられなかったりして、それから2週間ほどたって、朝食代を浮かせた分でやっと問題集を買うことができました。

 たぶんバランスよく食べてなったり、徹夜したりしていたせいでしょう。

 ある日の昼、すっかり疲れてしまって、学校から帰宅すると、突然倒れてしまい、7日間も入院しました。

 子どもたちのために大変な思いをして働いている両親を思って、頑張ってたくさん勉強しよう、もっともっとたくさん勉強しよう、そして両親の期待に応えようと、自分に言い聞かせてきました。


 現在、大学に進み、両親にさらに負担をかけてしまっています。

 両親の表情から、私の進学を喜び、誇りに思ってくれていると感じますが、いろいろと心配をかけていることも分かっています。私の毎日の食費から、私の学費、下宿代、教材費まで面倒を見てもらっています。


 FUJI教育基金は物質的な面だけでなく、心の面でも大きな意味を持っています。

 奨学金は、私にやる気、自信、誇りを与えてくれました。

 自分自身のためだけではなく、私のそばで応援し励ましてくれるみんなのために、どれだけ大きな困難がやってこようと、立ち止まってはいけない、弱気になってはいけないと思っています。

 応援してくれているのは、家族や、友だち、そして基金の皆様です。

 改めて、FUJI教育基金の皆様に心からお礼を申し上げます。


 皆様の期待を裏切らないために、これからも一生懸命勉強します。

 この奨学金は私にとってとても大きなものです。

 これがあれば2011~2012年の一学期の学費の精算を済ますことができますし、英語能力試験レベルBの受験料を納めることもできます。残ったお金で家計を助けたいと思っています。


 あと一つ言いたいことがあります。

 ルーンさん笑わないでくださいね。これは私が考えているだけのことなんですから。

 私は経営者になりたいと思っていて、卒業したら、ルーンさんのように植物の苗や種や農具を販売する店を開きたいという夢を持っているんです。

 いつか、お金を貯めて、日本に留学したいとも思っています。桜の国が大好きで、日本人にもあこがれを抱いているんです。


 FUJI教育基金の皆様のご多幸を心よりお祈りいたします。

                    (北山夏季・訳)

 


アンザン大学のリーさんから、感謝の手紙が届きました。

2011-09-28 | アンザン大学

 

 アンザン大学のリーさんから、感謝の手紙が届きました。

 紹介します(出井さん訳)。

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感謝状 

 

FUJI教育基金の皆様

 

 グエン・ミン・リー(NGUYỄN MINH LÝ)と申します。

 今年6月までアンザン大学農業・天然資源学部農村開発学科に在籍し、貴基金の奨学金をいただいておりました。


 卒業後、私はベトナムと日本の合弁会社であるアンジメックス・キトク(ANGIMEX – KITOKU)有限会社に就職し、現在、日本米(稲)生産室のスタッフとして働いています。

 これまでの約2ヶ月間のなかで、与えられた仕事を、迅速に、しっかり把握するよう努めてきました。


 私は、この室での仕事が大好きです。

 なぜなら(大学で勉強してきた)私の専門的知識レベルに非常に合っているからです。


 私は、ほんとうに幸運な人間だと思います。

 といいますのは、大学在学時に日本のFUJI教育基金の奨学金を授与され、そして今、ベトナムと日本の合弁企業であるアンジメックス・キトク会社で働いているからです。

 どうやら、私と日本の人たちとはお互いに深いご縁があるようです。

 ですから、近い将来、会社から与えられるであろう仕事を立派にやり遂げるよう努力し、常に自らのレベルを向上させ、会社がますます発展するよう努力をしたいと思います。

 そしてまた、FUJI教育基金の皆様とアンザン大学が私にもたらしてくださったものを受け取るにふさわしい人間になるよう、さらに努力していきたいと思います。


 最後に、皆様のご健康、仕事や生活面でのご成功をお祈りしています。

 同時にFUJI教育基金のますますのご発展をお祈りするとともに、困難な環境にある学生たちが勉学優秀な学生になれるよう、貴基金が常に支援してくださることを願っています。

 心からのお礼を申し上げます。

                           ロンスエン、2011年9月10日

                           グエン・ミン・リー

                   

 

注)「KITOKU」は、木徳神糧株式会社(きとくしんりょう)で、東京都江戸川区に本社を置く米穀製品専門の商社である。1991年8月にベトナム産米の取扱いを目的として、アンジメックス・キトク合弁会社(ベトナム・ホーチミン市、後にアンジメックス・キトク有限会社に社名変更、ロンスウェン市に移転)を設立。10年ほど前からアンザン省で日本のブランド米の種籾を輸入し、農家に契約栽培させている。栽培した米は、日本米として香港、フランス等に輸出されている。

 


アンザン大学ビックさんから、手紙が届きました。

2011-09-06 | アンザン大学

 アンザン大学のビックさんから、感謝の手紙が届きました。

 紹介します(松田さん訳)。

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FUJI教育基金の皆様へ

 

拝啓

  私はグエン・ゴック・ビック(Nguyen Ngoc Bich)と申します。アンザン大学の天然資源・農業学科の学生です。

 現在、私の家族は多くの困難に直面しています。

   父親: 44歳 就農

   母親: 42歳 家事

  私には3人の弟妹がいます:

   ―弟:家族を助けるために休学し、家業の農業に従事。

   ―妹:縫製技術習得中。

   ―弟:ヴォン・ドン(Vong Dong)中学校6学年に在学中。

 私は良い成績を修めて卒業することができ、また仕事を見つけることができ、自立した生活ができるようになりました。

 私は、困難な環境にいる私たちに奨学金を与えてくださったFUJI教育基金の皆様に、心から感謝しております。奨学金の金額はそれほど多額というわけではありませんが、でも、私たち学業をつづけ、より安心して勉強するうえで大変大きな助けとなりました。同時に私がこの奨学金を受けられるような条件を作ってくださった先生方にも感謝しています。

 奨学金を受けられたことは、私が直面していた困難を部分的に解消する助けとなりました。今後は、困難な中で私の世話をしてくれた両親、私を教育し助力してくださった先生方、そして私たちを支援してくださったFUJI教育基金の皆様を裏切ることなく、さらに学業に努力し、よりよい結果を達成できるよう努力したいと思います。

 私は、自立した生活をつくりあげ、家族を支え、自分よりももっと厳しい環境にいる人たちを援助できるよう、社会に貢献するために、与えられた任務をよりよく実行し、一生懸命仕事に励んでいきたいと思います。

 最後に、皆様に衷心からの感謝を申し上げます。

                                                            敬具

   ロンスエン、 2011824

                グエン・ゴク・ビック(女)


FUJI教育基金奨学金授与の旅2009年:(4)10月8日アンザン大学での奨学金授与

2009-11-14 | アンザン大学
アンザン大学


  授与式はルク副学長の挨拶から始まる。インフルエンザの影響で学内を消毒している最中に訪問したので、猛烈な噴霧器のエンジン音と消毒液の臭いの中で式が進行する。アンザン大学での奨学金授与は今回4回目、授与するのは農学部の学生20名である。
  私たちは交互に奨学生(男性16名、女性4名)に奨学金を授与する。そして、返礼としてアンザン大学の標章の入ったピンバッジを奨学生たちから胸に付けてもらう。
←アンザン大学の奨学生と授与者たち
  奨学金の授与が終わったあと、奨学生を代表して、ゴク・ユンさんがお礼の挨拶を述べる。
←奨学生代表ゴク・ユンさん
  彼女の話は長く複雑で、日本語に訳すと時間が相当かかりそうなので、ルク副学長が手短にと促した。そのために中間をとばして挨拶は終わった。
  そのあと、彼女を代表に選んだ教官の1人から、
  「彼女から、父親が勤め先をリストラされ、それによって生じた家庭の窮状を綴った手紙を受け取り、その内容に感動したので、奨学生代表に選んだ。そして、手紙の内容を挨拶の中で話すよう彼女に勧めた」との説明があった。
  「今回は残念ながら、時間が押しているので手紙の全容を紹介できないが、後日、日本語に翻訳し、何らかの方法で皆さんに知らせる」ことで一同、納得。
  最後に、アンザン大学からお礼として、アンザン大学の標章入りの盾と花束がFUJI教育基金に贈呈される。
←副学長から盾と花束が授与される

  夕食はロンスエンのレストランで、ネップ・モイで乾杯しながら、奨学生たちと楽しく交流。奨学生たちは私たち高齢者に対して非常に礼儀正しく振る舞い、日本の若者に彼らの爪の垢を煎じて飲ませたいとの思いを強くいだいた。
  会も終わりに近づき、一同のアルコール度も上がった頃、奨学生の1人が地元の民謡を歌ってくれた。その返礼に私たちは“北国の春”を歌おうと、立ち上がったのは良いが、それぞれが歌詞をうろ覚えで、断水後に蛇口をひねったような歌となる。
  すると、奨学生のみんなが立ち上がり、一斉に威勢よく歌い出す。歌詞の詳細は不明だが、どうやらホーチミンを賛美する歌らしい。まるで母校の応援歌を歌う団員のような彼らの歌声に、ただ脱帽!
  私たちが訪れた時、ロンスエンに長期滞在する日本人は2人だけとのことだが、どのような伝をたどってか、その2人とも今宵の交流パーティに出席された。1人はJICA(青年海外協力隊)から妊婦の栄養指導のために派遣された遠藤さん、もう1人はコシヒカリの栽培を指導されている江森さんである。江森さんはベトナムから日本に帰化された方なので、ロンスエンに長期滞在する元々の日本人は遠藤さん1人であるらしい。彼女はベトナムに滞在してまだ3ヶ月なのにベトナム語で奨学生たちと楽しく会話している。 (岩田・記)

アンザン大学(ベトナム)奨学生タオさんから卒業式の知らせ

2009-09-07 | アンザン大学

アンザン大学奨学生のタオさんから、うれしい知らせが届きました。
8月末に、卒業式を迎えたそうです。


そして、FUJI教育基金に、以下の手紙を寄せてくれました:

皆さん
 大学で卒業式に参加したばかりです。大変楽しかったです。
 私に対する皆さんからの今までのご支援を感謝しております。
 私と友人に対する皆さんの強いご関心と厚いご支援を忘れることはありません。
 卒業式の写真数枚をお届けさせていただきます。
 FUJI 基金のご発展と皆さんのご成功をお祈りいたします。
  タオ



 おめでとうございます。


アンザン大学(ベトナム)奨学生テュエンさんからの感謝の手紙

2008-12-29 | アンザン大学
             感謝書


 Fuji教育基金の皆様へ

 まず、Fuji教育基金の皆様の御健康をお祈りいたします。
 私はテュエンと申します。アン・ザン大学の学生です。
 奨学金をもらってとても光栄です。
 私たち学生を財政援助してくださったFuji教育基金の皆様に、本当に感謝します。

 学生たちは誰でも勤勉に勉強し、家庭を手伝って、親を喜ばせたいのです。
 しかし、厳しい環境で勉強しながらアルバイトをすることは、学費を払って、家庭の負担を軽くしますが、勉強の結果は思うどおりになりません。
 どうすれば、勉強をよくでき、しかも精神と財政の心配をなくせるのでしょうか?
 それは頼る人がいない、厳しい環境にある何千人の学生たちの質問です。

 私は大学に入ったとき、新しい環境のなか、夢をもって、とても喜びました。
 しかし、喜びと同時に、大きなショックが私の家庭を襲い、信じられないほどの混乱のなかに置かれました。
 交通事故で、私は永遠にその方と会うことができなくなりました。
 その方が大学受験のとき、毎日私を大学に連れていってくれ、何時間も大学の門の前で待っていてくれました。
 その方とは、私の父です。
 父は家庭の柱で、毎日早く起き、何百キロの野菜を運んでいました。
 昼間はバイク・タクシー、便利屋の仕事をしていました。
 母は食費の補助のために、家で小さな雑貨屋の仕事をしていました。
 私の家族は四人で、両親、私と妹でした。
 家族は末子に弟が生まれるのを待っていましたが、ちょうどそのとき、黒い陰に覆われたのでした。

 母は早産、難産の困難を乗り越えて、弟の命が救われました。
 彼はとてもかわいくて、父とそっくりでした。
 家族に新しい人を迎えるという喜びがありましたが、他の子供たちと違って、父がいないので悲しかったのです。
 そして、私の家族の生活はもっと忙しくて、厳しくなったのです。
 母は朝早くから働いて、私と妹の勉強、末子の弟の面倒を見なければなりませんでした。
 そのとき私は母を手伝って、大学を辞めるつもりだったのですが、母はこう言いました:

 “お父さんの念願は、いくら苦難があってもあなたたちの学問が終わるまで面倒を見ることでした。私はこのようにいくら苦労してもいいのです。あなたは頑張って勉強して、あとで私を手伝って、兄弟の面倒を見るようにしなさい。”

 私と母は、抱き合って泣きました。
 私は、母が喜ぶために頑張って勉強することを、母に約束しました。

 1年生のとき、私は家庭の困難な環境に置かれてたくさんの機会を失い、勉強の結果があまり良くありませんでした。
 2年生、3年生のとき、私は頑張って7.0以上の成績に達しました。
 そのとき初めてFuji 教育基金の奨学金をもらいました。
 私はとても喜びました。
 もし前から奨学金をもらえれば、家族を助けられました。

 今年は最後の学年で、卒業テーマのための費用が必要です。
 奨学金は、私にとってとても大切なお金です。
 有効に使います。
 卒業テーマを勉強するときにお金の心配をしなくてすみ、母はもっと安心します。

 あらためて、私たちに対するFuji教育基金の皆様の支えを本当に感謝します。
 機会があれば、何かFuji教育基金の役に立ちたいです。
 本当にありがとうございます。
                   ロン・スエン2008年11月26日
   テュエン