甲府にて
甲府ではだいたい二週間くらい滞在した。その間俺は、日雇いのバイトで汗を流したり、駅前で寂しく響かないエレキを軽くかき鳴らして、それに合わせて歌った。
俺は少し後悔した。道でそうして引くことを想定せずに、ただ宝物のこのギターを持ってきたはいいが、どうも弾き語りなどをするにはこれは振るわない。
活気がでない。あたりの喧騒に負けて、ただ俺の声だけが少し遠くまで届いたかどうかだった。
俺の前に立ち止まる人間なんていなかった。ただ、ある朝のほかは。
俺が聞こえもしないだろうソロを一人陶酔しながら引き終わると、突然予期しない乾いた拍手が届けられた。俺はちょっと驚いて、音の方向を見た。
細面で、無精ひげに尖ったサングラスをつけて、頭には黒いニット帽といういかにも近頃の若者といったいでたちの男が――俺が言えた台詞でもないが…――、そいつが気障な笑顔を作って立っていた。
「見栄えがしないねぇ」
んなことは分かってる。それでもむしょうに弾きたいから弾いてるだけだ。
「ふーん」
男は解しにくい不敵な笑みを浮かべ、サングラスの向こうでどんな顔をしてやがるのか。
「あんたもやるのか」
「まぁね。今度名古屋の方でやるのさ」
俺たちはほんの取り留めのない会話をした。話しても話しても正体不明な奴だったが、俺にとっては随分興味深くもあった。
坂本拓也といった。
坂本はあるバンドのベーシストだという。それが一体どうしてこんな山梨のほうをうろついているのか、坂本にそれをとるとなんかやれよと無闇に手をたたき出しやがった。近くにいる何人かがふとこちらに注目する。
俺は腹の中に向かって舌打ちしてから、ピックを振り上げた。前奏のパワーコードを思いっきり弾く。いくら弾けどもサウンドホールがないこのギターじゃあ、面白い音は出ない。ただ、ささやかな生の弦の音が響く。
前奏の最後のコードを全て開放して弾き、大きく息を吸う。
旅立ちの 朝は こころもとなくて
携帯 右手に 握り締めたよ
オリジナルの曲だ。俺は更に一フレーズ歌うと、Aメロを歌い終わり、高音が入り乱れるBメロにコードを移動させていく。
バンドで演奏する時と同じ単なるバッキングを弾いている。迫力がないのは仕方ない。それでも、俺はいつも以上に声を上げた。
サビへのあおりをビブラートをかけながら、爽快に全力に吐き出す。
君の待っているあの街へ
鳥よ その翼を貸してください
改札さえも飛び出しそうに
あの街へ
頭の中に情景が駆け巡る。手は激しくギターをかき鳴らす。寂しいはずの音が、アンプを通したように大きく聞こえる気がする。ベースの音も耳の深いところで、ズンズン響いている。
気持ちよくて、思わず口角が上がり気味になっていく。
俺はこうしている時が一番の幸せだ、首を揺らしながら間奏する俺は、確かにそう思った。
通勤途中の金縁メガネの無表情も、スポーツバッグを背負っている丸刈りも、文庫本を片手に見ている女子高生も、目の前のニヤツキ顔の坂本も、俺を見ている。繋がっているのじゃないか、そう思った。
演奏が終わるなり、坂本はご満悦とばかりにぱちぱちと手を叩く。それでも、正体不明でつかみどころのない雰囲気は変らずに、紙にくるんだカンパを渡して、他には何も言わずに去っていった。
街は何事もなかったかのようにまた動き出した。
ふぅ、と溜息をついた。一気に自分のやっている事がちっぽけに思えてくる。
なんだったのだろう。演奏しているときのあの高揚感は……。
どうしたいんだろうな俺は、なんてらしくないことを考えながら、再び街の中に消えていくギターを鳴らした。
民宿の二階でようやく、坂本の渡した紙包みを開いた。これで石でも入っていたら、笑ってかじりついてやろうかと思った。
譲渡人に似合わず綺麗に折りたたまれていた包みを、開いていくと一枚の紙が入っていた。
いや、紙といっても紙幣ではない。光沢を持ったつややかな上質の紙であった。
開いてみるとそれは、ライブの告知だった。場所は名古屋だと書いてあるから、多分坂本がライブをするというやつだろう。
どうにも解せずに、俺はそれを放った。
ふん、授業中の女子中学生の手紙交換じゃあるまいし、なんでこんなに包んでよこしたんだ。普通に勧誘する気がなかった?いや、そんなシャイな男には到底見えない。
・・・すると一体どういうつもりだ?
折り目で畳から、浮き上がっているチラシを再び手に取る。
じっと眺める。他にやることも思いつかず、ただ眺めていた。
そして、甲府に来て二週間目の朝、イベント「ロック・キングダム」の前日、俺は黒のレスポールを担いで民宿を出た。
民宿の家族はまるで、親兄弟が去るときのように盛大に見送ってくれた。彼らのアットホームな接待のお陰で俺はどうやらホームシックにならずに済み、東京にいるときよりは、だいぶ晴れやかに、甲府を去った。
これは、挑戦……いや寧ろ俺に魅せようってのか、自分たちのサウンドを。
いいだろう。確かに受け取った。
俺はそんな密かな炎を持って、電車に飛び乗った。
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感想以上 あとがき未満
毎度ご来場ありがとうございます。(←ブログは『場』でよいのだろうか)
今回のよくわからない曲を、私は正式にかかなければいけない責任感が生まれてしまった。正直、かなり高レベルな作曲しないといけないという重圧が。故に、触らずに置こう。いい作編曲家にあったら頼んでみるという事で。
ああ、ミューズよ我が元に祝福を!
ふと、気づいたことがあります。ジャンルでショートショートとくくりながら、この「旅」は普通に続きものじゃあないか。嘘つき!!・・・て自分か。
素直に『小説』とか『徒然』とかにジャンルを変えたほうが良いのかなぁ。精確じゃないのは納得できない。よし、こうなったら強行手段『SS等』……。
これはだいぶ卑怯かもしれないな。よし、分かった。『小説/SS』で行こう。
よろしくお願いします。
甲府ではだいたい二週間くらい滞在した。その間俺は、日雇いのバイトで汗を流したり、駅前で寂しく響かないエレキを軽くかき鳴らして、それに合わせて歌った。
俺は少し後悔した。道でそうして引くことを想定せずに、ただ宝物のこのギターを持ってきたはいいが、どうも弾き語りなどをするにはこれは振るわない。
活気がでない。あたりの喧騒に負けて、ただ俺の声だけが少し遠くまで届いたかどうかだった。
俺の前に立ち止まる人間なんていなかった。ただ、ある朝のほかは。
俺が聞こえもしないだろうソロを一人陶酔しながら引き終わると、突然予期しない乾いた拍手が届けられた。俺はちょっと驚いて、音の方向を見た。
細面で、無精ひげに尖ったサングラスをつけて、頭には黒いニット帽といういかにも近頃の若者といったいでたちの男が――俺が言えた台詞でもないが…――、そいつが気障な笑顔を作って立っていた。
「見栄えがしないねぇ」
んなことは分かってる。それでもむしょうに弾きたいから弾いてるだけだ。
「ふーん」
男は解しにくい不敵な笑みを浮かべ、サングラスの向こうでどんな顔をしてやがるのか。
「あんたもやるのか」
「まぁね。今度名古屋の方でやるのさ」
俺たちはほんの取り留めのない会話をした。話しても話しても正体不明な奴だったが、俺にとっては随分興味深くもあった。
坂本拓也といった。
坂本はあるバンドのベーシストだという。それが一体どうしてこんな山梨のほうをうろついているのか、坂本にそれをとるとなんかやれよと無闇に手をたたき出しやがった。近くにいる何人かがふとこちらに注目する。
俺は腹の中に向かって舌打ちしてから、ピックを振り上げた。前奏のパワーコードを思いっきり弾く。いくら弾けどもサウンドホールがないこのギターじゃあ、面白い音は出ない。ただ、ささやかな生の弦の音が響く。
前奏の最後のコードを全て開放して弾き、大きく息を吸う。
旅立ちの 朝は こころもとなくて
携帯 右手に 握り締めたよ
オリジナルの曲だ。俺は更に一フレーズ歌うと、Aメロを歌い終わり、高音が入り乱れるBメロにコードを移動させていく。
バンドで演奏する時と同じ単なるバッキングを弾いている。迫力がないのは仕方ない。それでも、俺はいつも以上に声を上げた。
サビへのあおりをビブラートをかけながら、爽快に全力に吐き出す。
君の待っているあの街へ
鳥よ その翼を貸してください
改札さえも飛び出しそうに
あの街へ
頭の中に情景が駆け巡る。手は激しくギターをかき鳴らす。寂しいはずの音が、アンプを通したように大きく聞こえる気がする。ベースの音も耳の深いところで、ズンズン響いている。
気持ちよくて、思わず口角が上がり気味になっていく。
俺はこうしている時が一番の幸せだ、首を揺らしながら間奏する俺は、確かにそう思った。
通勤途中の金縁メガネの無表情も、スポーツバッグを背負っている丸刈りも、文庫本を片手に見ている女子高生も、目の前のニヤツキ顔の坂本も、俺を見ている。繋がっているのじゃないか、そう思った。
演奏が終わるなり、坂本はご満悦とばかりにぱちぱちと手を叩く。それでも、正体不明でつかみどころのない雰囲気は変らずに、紙にくるんだカンパを渡して、他には何も言わずに去っていった。
街は何事もなかったかのようにまた動き出した。
ふぅ、と溜息をついた。一気に自分のやっている事がちっぽけに思えてくる。
なんだったのだろう。演奏しているときのあの高揚感は……。
どうしたいんだろうな俺は、なんてらしくないことを考えながら、再び街の中に消えていくギターを鳴らした。
民宿の二階でようやく、坂本の渡した紙包みを開いた。これで石でも入っていたら、笑ってかじりついてやろうかと思った。
譲渡人に似合わず綺麗に折りたたまれていた包みを、開いていくと一枚の紙が入っていた。
いや、紙といっても紙幣ではない。光沢を持ったつややかな上質の紙であった。
開いてみるとそれは、ライブの告知だった。場所は名古屋だと書いてあるから、多分坂本がライブをするというやつだろう。
どうにも解せずに、俺はそれを放った。
ふん、授業中の女子中学生の手紙交換じゃあるまいし、なんでこんなに包んでよこしたんだ。普通に勧誘する気がなかった?いや、そんなシャイな男には到底見えない。
・・・すると一体どういうつもりだ?
折り目で畳から、浮き上がっているチラシを再び手に取る。
じっと眺める。他にやることも思いつかず、ただ眺めていた。
そして、甲府に来て二週間目の朝、イベント「ロック・キングダム」の前日、俺は黒のレスポールを担いで民宿を出た。
民宿の家族はまるで、親兄弟が去るときのように盛大に見送ってくれた。彼らのアットホームな接待のお陰で俺はどうやらホームシックにならずに済み、東京にいるときよりは、だいぶ晴れやかに、甲府を去った。
これは、挑戦……いや寧ろ俺に魅せようってのか、自分たちのサウンドを。
いいだろう。確かに受け取った。
俺はそんな密かな炎を持って、電車に飛び乗った。
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感想以上 あとがき未満
毎度ご来場ありがとうございます。(←ブログは『場』でよいのだろうか)
今回のよくわからない曲を、私は正式にかかなければいけない責任感が生まれてしまった。正直、かなり高レベルな作曲しないといけないという重圧が。故に、触らずに置こう。いい作編曲家にあったら頼んでみるという事で。
ああ、ミューズよ我が元に祝福を!
ふと、気づいたことがあります。ジャンルでショートショートとくくりながら、この「旅」は普通に続きものじゃあないか。嘘つき!!・・・て自分か。
素直に『小説』とか『徒然』とかにジャンルを変えたほうが良いのかなぁ。精確じゃないのは納得できない。よし、こうなったら強行手段『SS等』……。
これはだいぶ卑怯かもしれないな。よし、分かった。『小説/SS』で行こう。
よろしくお願いします。