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江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

新説百物語巻之三 5、僧天狗となりし事

2022-01-17 23:50:01 | 新説百物語

新説百物語巻之三 5、僧天狗となりし事 

 坊さんが天狗になったこと

江州(ごいうしゅう:滋賀県)に智源と言う僧がいた。
又、その所へ毎日毎日話に来る二十三歳の若い僧の光党と言う者あいた。
この光党が、ある時、智源にこう言った。
「長年仲良くしていただいて、残念なことですが、愚僧には少々の望みがありまして遠い国へ行くことになりました。
ただ今までのよしみに、何であれ御のぞみの品があれば、うけ給まわりましょう。」といった。
智源がいうには、
「年もとっていますし、出家の身ですから、特別にほしいものはありません。
若い時より、あちこちの神社仏閣をおがみめぐりましたが、まだ拝み残した遠い国の仏様や神様があります。
一生の内に、多くの神仏をおがみ残した事は、残念なことです。」と言った。
その時光党がいった。
「それこそ、簡単な事です。御望みの所を、みなみなおがませ致しましょう。
私の、背中につかまって下さい。
決して、動いている内には目を開けないで下さい。
着いた先で、背中よりおろした時に目を開けて下さい。」と約束させた。
そのまま、背中の背負われて出で行った。
智源の望みに任せ、先づ都の神社仏閣の他、名所を見めぐり、伯耆の大山、讃岐の金毘羅、秋葉山、大峯、富士山など、おおよそ名のある高山を見めぐった。
始め江州を出た時に、光党の背に背負われたと思えば、たださあさあとなる音ばかりが聞こえた。あまりに不思議に思い、そつと目をほそめに開ければ海の上を一町(上空110m位)ばかりも高く飛んでいた。
あまりの事の恐ろしさに、その後は目を開けず、所々にて地に下ろされれば、目を開けた。
食事等は、何処でも食べられたが、誰もとがめるものもなく、自由な事であった。
諸方を巡って、二日めの夕方、我が寺の庭に、我知らず立っていた。
その後、四五日過ぎて、又々光党が来て、
「御望みの所々をおがまれて、本望な事でしょう。
しかし、他の者であったら、海の上で目を開けた時に、引き裂き殺すべき所でした。
しかし、あなた様であったので、許しましたよ。」
と言ったので、智源は、いよいよ肝をつぶした。
光党は、暇乞いをして出で行った。
「この後、火災などがあれば、前もっと知らせて置きましょう。」と言った。

この智源は、今も生きているとのことである。

 


新説百物語巻之三  4、猿 蛸を取りし事 

2021-12-20 23:43:33 | 新説百物語

新説百物語巻之三 
4、猿 蛸を取りし事  
                                                 2021.12

大阪に箔や嘉兵衛と言う人がいた。
毎年、西国へ商いに下っていた。

又、ある年、いつもの通り西国ヘ下ったが、途中で、安芸の宮島へ参詣をしようと、舟に乗った。

宮島の三里ばかり手前で、
その船の船頭が、こう言った。
「さてさて、皆さんは、運がよいですね。
めづらしい事をお見せしましょう。
半町ばかり向こうの岩の上に一匹の猿が座っています。
よくよく目をとめて見て下さい。
猿が蛸を取る様子です。
稀には見られる事もありますが、大変珍しいことです。」と。

船をとめて船中の客が見守っていると、その一匹の猿のうしろに数多くの猿が集まって、一匹のさるを後ろから抱えていた。
その時、海中より何やら白い物がひらひらと出ては海中に入り、又入っては出るを繰り返していた。
終にその白いものが猿の首に巻き付いた。
その時。多くの猿どもが力を合わせ、一匹の猿を引き上げると、海中の白いのも一緒に引き上げられた。
大きな蛸であった。
その後、多くの猿どもが、その蛸を食いちぎって、ばらばらにした。
先頭にいた一匹の猿は、殊の外くたびれた様子で、砂の上にふせっていた。
他の猿どもが集まって、取った蛸をかみ切って、先ず大きな足を一本ふせっている猿の枕もとに置いた。
蛸の頭を小さく食い切り、一匹ずつ分けて食べ、声をあげながら山手の方へ逃げ帰っていった。
その後に、ふせっていた猿は、やっと起き上がり、蛸のあしにも目もかけずに、茫然としていた。
少ししてから、蛸の足を手に持って、ひょろひょろと静かに歩き、他の猿達が帰っていった道に戻っていった。

最近の事であると、嘉兵衛が自ら語った事である。


新説百物語巻之三 3、縄簾(なわのれん)といふ化物の事  

2021-12-20 23:41:16 | 新説百物語

新説百物語巻之三
3、縄簾(なわのれん)といふ化物の事  
                                                                   2021.12

京都には、昔から不思議なことがある。


雨などそぼふる夜、ある所を通ると、何やら頭へ懸るものがあった。
縄のれんの様であった。
ともかく、顔へかかって、まっすぐに歩きにくかった。
無理に、通り過ぎようとすると、又うしろより、傘のロクロを押さえ持って引き留められ、動けなかった。
何とかして通り抜ければ、後は何の不思議、不都合もなかった。


昔より今に至っても、絶えず幾人もの人が遭遇したとの噂である


新説百物語巻之三 2、櫛田惣七鷹の子を取りし事

2021-12-19 00:09:43 | 新説百物語

新説百物語巻之三

2、櫛田惣七鷹の子を取りし事                    2021.12

京の西嵯峨の辺りに、櫛田惣七(くしだそうしち)と言う浪人がいた。

常に山野にいたって殺生(せっしょう;生き物をころす。狩猟)などしていた。
山城と丹波の境に、俗に龍門と言う所があった。
その所に殊にすぐれて大きな大木の松があった。

その梢に一組の鷹が巣を作って子を生んだ。
惣七は、その鷹の子を欲しいと思ったが、大木の事であるので、仕方なく、杣(そま)人を雇って、その子をつかまえさせて、持ち帰り育てた。

その翌日、その所に行って見れば、彼の親鷹が、巣をめぐりながら、悲しく鳴いている様子であった。
帰って友だちなどに話をした。
すると、ある人が、
「鷹の子を取ったら、その後へ紅の手拭を代わりに入れておくものだ。そうすれば親鷹は、子供を捜さないものだ。」と語った。

又々杣人(そまびと:きこり)を雇って、紅の木綿を三尺ばかり入れて置いた。
その日より、彼の親鷹は、どこに行ったのか、悲しむ声もなくなってしまった。
その後、十日ばかりも過ぎて、惣七がふと表へ出てみると、鷹が一羽来て、何かを口にくわえて、家の上を何度も飛びめぐって、惣七の前にくわえた物を落した。
そして、そのまま、どこかへと、飛び去っていった。
その物を取り上げて見れば、以前巣の内へ入れて置いた紅の手拭に琥珀が包まれていた。
重さは、六十匁あったという。
何処から持ってきたのであろうか、極上の琥珀であっったそうである。

その琥珀を見た人が、この話をしたのである。

 

 


新説百物語巻之三  1、深見幸之丞 化物屋敷へ移る事 

2021-12-01 21:45:40 | 新説百物語

新説百物語巻之三  1、深見幸之丞 化物屋敷へ移る事 
                       2021.12
備前岡山の近所に、中頃に、深見幸之丞(こうのじょう)と言う武士がいた。


常には詩文を好み、華奢風流の男であって、軟弱な男である、と若いものは評判していた。

その辺に、五六十年このかた、人の住んでいない化け物屋敷があった。
どんな剛毅(ごうき)なものも、二夜とは泊まらず、逃げ帰る所であった。

若い人々が寄会い、
「どんな、剛毅な者でさえ、一宿もしない化け物屋敷であるから、幸之丞などは、門の内へも入れないだろう。」
と言った。
幸之丞(こうのじょう)は、聞かない顔をして、その座を立ち去った。

それから家に帰って、家族にもかくして、独りで弁当や酒などを用意して、かの化け物屋敷におもむいた。
誰も住んでいない事であるので、門には錠もかかっていなかった。
すこし開けて、薄い月あかりにすかして見れば、草はぼうぼうと生えて、茂っていた。
屋根なども荒れ果てていて、縁(えん)もかたむき、畳もなかったので、用意の尻敷を取り出して、台所とおもわれる所に敷き、そこで、たばこを吸った。

秋の末の頃であったので、荒れた庭に吹く風も身にしみ、鳴く虫の声がうるさく、心細く思う頃、奥の方から、メリメリと言う音が聞こえてきた。
これは、と思って、刀を引きよせ、油断せずに、奥の方を見た。

すると、なにかはわからないが、
「たすけてたすけて」
と、泣きながら来る女の声がした。
姿を見れば、顔は青ざめて、髪はぼさぼさで、拾貫目の銀箱と見える物を手に持っていた。
そして、くゎっくゎっと打って、火がもえ出てきた。
しばらくすると、又台所の釜の下から、これも色が青ざめた男が、髪をぼさぼさにし、縄を帯にして、手に鍵とおぼしき物を持ち、
「ここへ来い来い」と言った。
幸之丞は刀を抜く用意をし、
「何ものだ。
この屋敷に住んで人々を迷わして、こんな事をするのか?
狐や狸であるならば、正体をあらわせ。」
と、ハタとにらんだ。

すると、二人の者は、少しもさわがず、そろそろとそばへ来た。
「わたくしどもは、この家につとめていた男女の下人でございます。
主人の目をかすめて、仲良くなりました。
その上に、土蔵にあった銀子(ぎんす)の箱を盗み出して、かけおちをしようと思う所を、主人に見付られてしまいました。
二人とも手打ちにあい、別々に埋められました。
しかし、我が身の罪は思わず、主人の家内を皆々取り殺しました。
こうして、この家は断絶いたしました。
その罪により、二人とも今にいたるまで、成仏出来ておりません。
かわいそうだと、また御慈悲と覚しめして、御とむらい下されば、ありがたく存じます。」と。
このように、熱心に頼んだ。
それで、幸之丞はしっかりと聞きとどけて、仏事を丁寧に行った。

その後は、何も怪異なことはなかった。

藩主が、そのことを聞いて、その屋敷を幸之丞に与えた。

幸之丞がいつもの軟弱な様子とは違って、この度の働き、皆皆が、この度の武勇をほめたたえた。