De cela

あれからいろいろ、昔のアルバムから新しい発見まで

丹沢山系の生まれ

2009-05-06 17:50:53 | 中津川
丹沢山系は海からやってきた
最近のプレートテクニクス理論によると丹沢山系もフィリッピンプレートに乗って日本にやってきたものということらしい。
先日、地質学を学んだ方と一緒に相模川大島近くの左岸岸壁に地層の観察に行きました。海底火山の亡骸がプレートに乗って日本に押し寄せた時、砂浜だったところが押し上げられて岸壁に無数の貝殻とともに層を作っています。その一部をとってきましたが、貝の化石も非常にもろくて形を維持したままとりだすことは不可能です。
学校では、確か、丹沢山系は昔海の底で溶岩が持ち上がってきて噴火しきれなかった火山のなりそこないと学びました。それは正しくなく、隆起したのではなく海底が押し寄せてきたものというのが今の理論のようです。
現に、愛川町には海底と書いて「おぞこ」と読む地名のがあります。私の仮説では「おぞこ」は於曽弧(漢字は違うかも)という地名が同じ読みの海底となったものだと思います。於曽という地名はあちこちで見ることができます。しかもその土地でザクザクと貝殻が出てきたということから昔は海の底だったに違いないと信じてこの漢字があてはめたもの思います。現に、明治初期に、地名の漢字を「感じ」の良い文字に勝手に置き換えた痕跡がこの辺にはほかにもあります。
その海底にいってこの目で砂浜の地層の様子を調べてみたいと思っています。