Darkness Before the Daylight Blog

鋼の錬金術師、黒子のバスケにまつわる人々、漫画やアニメ、日々の楽しみ、その他つれづれ。

大佐と兄さんとミニスカート(2)

2015-05-06 21:17:03 | 小話
続きです。



その時風にあおられたのか、スカートがふわりと空気を含んで持ち上がりました。
「あ」
素直なエドワードは、つい反射的に声を出してしまいました。
しかし風は強くなく、女性は後ろ手にスカートを押さえながら階段を上り続け、それ以上のことは何も起こりませんでした。
周囲はほどほどの喧噪に包まれていて、誰一人彼らの方を振り向くこともありませんでした。
ほっとしたエドワードが大佐の方をうかがうと、明らかに今何があったか気付いていながら、先ほどと同じ表情のままで座って、こちらを見ています。

「…どうした」
「別に何も」
「そうか」

通りがかりの女性のスカートの中が見えそうになったなど、この大佐にとっては何程のこともないのでしょう。
エドワードにとっては一大事であってもです。
もう一度階段の方を見やりました。するとまた一人、同じようなことが起きています。
今度は一度目より強めに布地がめくれました。エドワードははらはらしました。

「風が、思ったよりも強く吹き抜けているようだな」

大佐が平然とした口調で言いました。エドワードは、狼狽を悟られないようにしました。

「目の保養ではあるが」

衝撃の言葉です。エドワードはあぜんとしました。
あれを目の保養という言葉で流せるくらいでなければ、大人はつとまらないのだろうか。
エドワードは暗い気持ちになります。
自分はそれを目にした瞬間、下腹がごくわずかに重く締まるような感じと、同時に小さな後ろめたさを味わったのです。
物慣れた大人の男は、そんな感覚は無縁なのでしょう。

「しかし、階段を上るたびにあれでは大変だ。周辺に住む男性たちの間で、他人に見せるのはごめんだから、恋人や妻にこの駅の階段を利用させないという話が出ても困る」
「…」
「上の方の窓をもう少し閉めるように、管理の方に伝えておこう」

中尉は大佐の目配せを受けて、「かしこまりました」と通路の方に歩いて行こうとしました。
エドワードはその後を追おうと、とっさに思いました。

「俺も行く」
「いや、君はここにいなさい」

あっさりと却下され、浮かせた腰を仕方なくエドワードは元に戻しました。
不要だと知っていて行こうと申し出たのは、大佐と二人きりになるのがなんとなく怖かったからなのです。

大佐の口から、恋人だの妻だのという言葉を初めて聞き、エドワードは妙な違和感をおぼえていました。
無論、大佐は自分の個人的なことを何一つ話してはいません。が、大佐に恋人がいても何も不思議はありません。
どこのどんな人かは全く予想もできませんが、大佐にそのように思ってもらえる誰かのことを考えて、エドワードはほんの少し、理由のわからない寂しさを感じていました。
ほんの少し。

「そう逃げようとしないで、久しぶりに会ったんだから、私に付き合ってくれ」
「いるだろ、ここに」

一つも信用はできませんが、言葉はいつも優しいのです。

「宿まで送ろうか」
「まだ明るいのにか」
「子どもは早く帰るべきだ」

エドワードはむっとしました。
子どもじゃないと言ったところで、笑われるだけでしょうが、その一言で線引きされるのはやっぱり嫌です。



(…君を他人に見せたら、減りそうな気がして困る)

大佐が内心そんなことを思っているとは知りもしないで、喉ではなく胸の奥が飢えたような気持ちになり、エドワードはお茶の残りを飲みました。



おわり


大佐と兄さんとミニスカート(1)

2015-05-06 19:56:30 | 小話
小話です。二人は現在のところ、普通の後見人と被後見人です。



ある日の午後のことです。大佐とエドワードは珍しく、街で偶然出会いました。

「鋼の、久しぶりだな」
「おう、大佐じゃねえか。仕事はどうしたんだよ」
「予定が早く片付いてね、先日建て直した駅の様子を見に行くところなんだ」

そういえば落雷で屋根が破損した駅舎の工事が終わったのだと、エドワードも思い出しました。

「良かったら一緒にどうだ。ついでに改装もしたはずだ」

アルフォンスと別行動をとっていて、図書館巡りに煮詰まっていたエドワードは、たまにはいいかと一緒に行くことにしました。

「ついでにお茶でも」

お決まりの誘いです。そばにいるホークアイ中尉は、いつものことと聞き流しています。

「野郎と」

楽しくなくても付き合ってくれたまえ、と続ける言葉を横取りされ、エドワードは苦笑しました。


大佐が青い軍服の裾をなびかせて、初夏の風の中を歩いて行きます。襟元はきっちりと締まっています。
金色の紐と肩章が時折日差しを反射するので、エドワードは眩しいそちらを見ないようにして、並んで歩きます。
エドワードはさすがにこの季節ですから、もう赤いコートは着ておらず、黒い上着とズボン姿です。

駅の中は以前よりもこぎれいで、高い天井から光が降り注いでいました。
まだそれほど混雑する時間帯ではなかったので、人は少なめで歩きやすく、二人は並んだままで中を一通り見ました。
所々に、疲れた旅人が腰掛けて休むことができるように、テーブルと椅子がしつらえてありました。

「こちらで」

エドワードを座らせてから、大佐は自分の椅子を引きます。
座った場所から建物の中全体を見渡すため、壁を背にしています。
大佐が、こうした時にも危険に対処するための心構えを忘れないところは、口には出さないけれどエドワードも尊敬していました。
発火布の手袋も嵌めたままです。大佐の焔は銃よりも早く、的確だからです。
中尉もそばに控えていました。兄弟での旅に慣れているエドワードですが、こうした戦い慣れた大人といると、どこか安心感があるのは事実です。

二人は運ばれてきたお茶を前に、少しだけ話をしました。
次の旅の目的地について尋ねられ、エドワードは西とだけ答えました。

視線の赴く先には、階段が一つありました。少し離れた場所にはホームがあり、列車が時々入り、また出て行きます。
階段を上っていくスカートをはいた女性の姿が、二人の目に留まりました。

(続く)