続きです。
その時風にあおられたのか、スカートがふわりと空気を含んで持ち上がりました。
「あ」
素直なエドワードは、つい反射的に声を出してしまいました。
しかし風は強くなく、女性は後ろ手にスカートを押さえながら階段を上り続け、それ以上のことは何も起こりませんでした。
周囲はほどほどの喧噪に包まれていて、誰一人彼らの方を振り向くこともありませんでした。
ほっとしたエドワードが大佐の方をうかがうと、明らかに今何があったか気付いていながら、先ほどと同じ表情のままで座って、こちらを見ています。
「…どうした」
「別に何も」
「そうか」
通りがかりの女性のスカートの中が見えそうになったなど、この大佐にとっては何程のこともないのでしょう。
エドワードにとっては一大事であってもです。
もう一度階段の方を見やりました。するとまた一人、同じようなことが起きています。
今度は一度目より強めに布地がめくれました。エドワードははらはらしました。
「風が、思ったよりも強く吹き抜けているようだな」
大佐が平然とした口調で言いました。エドワードは、狼狽を悟られないようにしました。
「目の保養ではあるが」
衝撃の言葉です。エドワードはあぜんとしました。
あれを目の保養という言葉で流せるくらいでなければ、大人はつとまらないのだろうか。
エドワードは暗い気持ちになります。
自分はそれを目にした瞬間、下腹がごくわずかに重く締まるような感じと、同時に小さな後ろめたさを味わったのです。
物慣れた大人の男は、そんな感覚は無縁なのでしょう。
「しかし、階段を上るたびにあれでは大変だ。周辺に住む男性たちの間で、他人に見せるのはごめんだから、恋人や妻にこの駅の階段を利用させないという話が出ても困る」
「…」
「上の方の窓をもう少し閉めるように、管理の方に伝えておこう」
中尉は大佐の目配せを受けて、「かしこまりました」と通路の方に歩いて行こうとしました。
エドワードはその後を追おうと、とっさに思いました。
「俺も行く」
「いや、君はここにいなさい」
あっさりと却下され、浮かせた腰を仕方なくエドワードは元に戻しました。
不要だと知っていて行こうと申し出たのは、大佐と二人きりになるのがなんとなく怖かったからなのです。
大佐の口から、恋人だの妻だのという言葉を初めて聞き、エドワードは妙な違和感をおぼえていました。
無論、大佐は自分の個人的なことを何一つ話してはいません。が、大佐に恋人がいても何も不思議はありません。
どこのどんな人かは全く予想もできませんが、大佐にそのように思ってもらえる誰かのことを考えて、エドワードはほんの少し、理由のわからない寂しさを感じていました。
ほんの少し。
「そう逃げようとしないで、久しぶりに会ったんだから、私に付き合ってくれ」
「いるだろ、ここに」
一つも信用はできませんが、言葉はいつも優しいのです。
「宿まで送ろうか」
「まだ明るいのにか」
「子どもは早く帰るべきだ」
エドワードはむっとしました。
子どもじゃないと言ったところで、笑われるだけでしょうが、その一言で線引きされるのはやっぱり嫌です。
(…君を他人に見せたら、減りそうな気がして困る)
大佐が内心そんなことを思っているとは知りもしないで、喉ではなく胸の奥が飢えたような気持ちになり、エドワードはお茶の残りを飲みました。
おわり
その時風にあおられたのか、スカートがふわりと空気を含んで持ち上がりました。
「あ」
素直なエドワードは、つい反射的に声を出してしまいました。
しかし風は強くなく、女性は後ろ手にスカートを押さえながら階段を上り続け、それ以上のことは何も起こりませんでした。
周囲はほどほどの喧噪に包まれていて、誰一人彼らの方を振り向くこともありませんでした。
ほっとしたエドワードが大佐の方をうかがうと、明らかに今何があったか気付いていながら、先ほどと同じ表情のままで座って、こちらを見ています。
「…どうした」
「別に何も」
「そうか」
通りがかりの女性のスカートの中が見えそうになったなど、この大佐にとっては何程のこともないのでしょう。
エドワードにとっては一大事であってもです。
もう一度階段の方を見やりました。するとまた一人、同じようなことが起きています。
今度は一度目より強めに布地がめくれました。エドワードははらはらしました。
「風が、思ったよりも強く吹き抜けているようだな」
大佐が平然とした口調で言いました。エドワードは、狼狽を悟られないようにしました。
「目の保養ではあるが」
衝撃の言葉です。エドワードはあぜんとしました。
あれを目の保養という言葉で流せるくらいでなければ、大人はつとまらないのだろうか。
エドワードは暗い気持ちになります。
自分はそれを目にした瞬間、下腹がごくわずかに重く締まるような感じと、同時に小さな後ろめたさを味わったのです。
物慣れた大人の男は、そんな感覚は無縁なのでしょう。
「しかし、階段を上るたびにあれでは大変だ。周辺に住む男性たちの間で、他人に見せるのはごめんだから、恋人や妻にこの駅の階段を利用させないという話が出ても困る」
「…」
「上の方の窓をもう少し閉めるように、管理の方に伝えておこう」
中尉は大佐の目配せを受けて、「かしこまりました」と通路の方に歩いて行こうとしました。
エドワードはその後を追おうと、とっさに思いました。
「俺も行く」
「いや、君はここにいなさい」
あっさりと却下され、浮かせた腰を仕方なくエドワードは元に戻しました。
不要だと知っていて行こうと申し出たのは、大佐と二人きりになるのがなんとなく怖かったからなのです。
大佐の口から、恋人だの妻だのという言葉を初めて聞き、エドワードは妙な違和感をおぼえていました。
無論、大佐は自分の個人的なことを何一つ話してはいません。が、大佐に恋人がいても何も不思議はありません。
どこのどんな人かは全く予想もできませんが、大佐にそのように思ってもらえる誰かのことを考えて、エドワードはほんの少し、理由のわからない寂しさを感じていました。
ほんの少し。
「そう逃げようとしないで、久しぶりに会ったんだから、私に付き合ってくれ」
「いるだろ、ここに」
一つも信用はできませんが、言葉はいつも優しいのです。
「宿まで送ろうか」
「まだ明るいのにか」
「子どもは早く帰るべきだ」
エドワードはむっとしました。
子どもじゃないと言ったところで、笑われるだけでしょうが、その一言で線引きされるのはやっぱり嫌です。
(…君を他人に見せたら、減りそうな気がして困る)
大佐が内心そんなことを思っているとは知りもしないで、喉ではなく胸の奥が飢えたような気持ちになり、エドワードはお茶の残りを飲みました。
おわり