だいずせんせいの持続性学入門

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由布院

2013-01-21 23:06:33 | Weblog

 

 由布院といえば言わずと知れた温泉観光地である。でも私が子どものころは、ひなびた湯治場というようなイメージだった。今のようにあか抜けた温泉地のイメージは80年代に築きあげられてきた。
 そのまちづくりを学びに学生たちと由布院を訪問。先ほどまで、まちづくりの先頭に立って旗をふってきた亀の井別荘中谷健太郎(なかやけんたろう)さんにお話を伺ってきた。今は亀の井別荘の落ち着いたカフェでこの記事を書いている。

 中谷さんは長く湯布院温泉観光協会を中心に温泉まちづくりを率いてきたカリスマ的リーダーである。70年代、今後の方向性に悩む中谷さんたちはドイツを訪問、落ち着いた保養地の姿に学び、それ以来由布院は保養滞在型の温泉地をめざしてきた。一方で、この観光協会は闘う!観光協会である。これまでに、米軍の実弾演習反対運動とか、ゴルフ場建設反対、そして平成の市町村合併にも反対運動を率いてきた。
 80年代、バブルが加熱するころ、由布院でも外部資本による大規模なリゾートホテル、リゾートマンションの計画が持ち上がるものの、中谷さんらは大規模開発を制限する「潤いのあるまちづくり条例」の制定に成功する。日本中がバブルに沸く中、落ち着いた保養地としてのまちづくりは、むしろ人々の支持するところとなり、おもしろいことに客数が激増する。今では日本でもっとも行きたい観光地として常に上位にランクインされる常連となった。

 中谷さんは、若いころは旅館を継ぐことを嫌い、東京で映画の仕事をしていた。それが父親がはやくなくなったことで、帰ってきて亀の井別荘の経営を引き継ぐ。この宿は由布院の最初の温泉宿であり、大正時代の富裕層の長期保養地として開かれた。そのころは客は1ヶ月ほども滞在していたという。現在でも広大な敷地に20室のみ。全室が茅葺きの離れでそれぞれに露天風呂があるという贅沢な空間と時間を提供している。
 由布院というとこういう高級なイメージがあるが、来てみると、さまざまなランクの宿があり、それぞれに楽しめる。今回私は山水館というホテルに泊まったが、リーゾナブルな価格にもかかわらず、部屋も満足できるし、料理やお風呂は抜群で十分に楽しめた。
 そして、由布院の魅力はなんと言ってもすばらしい風景である。火の山由布岳が真ん中にどーんとそびえ、それに抱かれるように広がる盆地が由布院である。まちのどこからでも由布岳を見上げることができる。そして水と田んぼの田園風景。川にはアオサギが優雅に飛ぶ。由布岳は四季折々、朝晩とその表情を変える。川のほとりをゆったりと散策するのがオススメである。

 90年代に入ると、人気の観光地としての地位が定着したことで、外部資本によるホテルやおみやげもの屋さんなどが由布院に入ってくる。これらの中には観光協会や旅館組合に加盟しないものもある。中谷さんらの理想は共有されず、だんだんと従来の由布院のイメージに沿わない施設も増えてきた。福岡と別府を結ぶ高速道路が開通すると、大型の観光バスでやってきて、数時間散策し土産物屋で買い物をして立ち去るという立ち寄り型のお客が激増。保養滞在型という理想とは真逆である。
 そういう中で、2000年代に入ると宿泊するお客さんの数が減少をはじめた。これは日本全体が人口減少する中で避けられないことである。さてどうするのか。

 私が思うに、中谷さんのすごいところは、カリスマでありながら、次世代のリーダーを育てたということだ。普通はありえないことである。現在の観光協会長は、中谷さんとともに闘ってきたもう一人のリーダー溝口薫平さんの娘さん、桑野和泉さんである。彼女は中谷さんが主宰するサロンのような場で学びながら、女性の視点を生かしてまちづくりの運動に参画してきた。今はもう一つの老舗旅館玉の湯の経営を担いながら、まちづくりに取り組む。女性らしいしなやかなリーダーシップの持ち主で、旅館の若い経営者たちの間での人望も篤い。
 和泉さんに今後の由布院のまちづくりの方向性を訪ねたところでは、大事にしたいものは三つ、「静けさ、緑、時間」とのことだった。ゆったりと流れる時間を味わいに由布院に来てほしい。それを彼女は「由布院時間」という言葉で表現する。それを実現するためには静けさと緑が必ず必要。そしてその静けさということの中には、由布院の中の静けさということもあるけれども、沖縄のオスプレイの問題も含まれる、とのこと。このあたりに「闘う観光協会」の志の高さが受け継がれているのである。

 外部資本による宿泊室数増加がある中での、宿泊客の減少。これにどう対処するのか。現在のまちづくりのコアメンバーたちの共通の思いは「前向きな縮小」である。80年代はお客さんが激増する中で、それに対応するだけで精一杯で、本当のおもてなしができただろうか、という反省がある。客室稼働率90%以上がずっと続くという「異常」な状態だったものが、稼働率70%程度でゆったりとおもてなしをするようにしたい。また、入れ込み数は減っても、1泊が2泊、2泊が3泊というように、滞在日数を伸ばしてもらって、宿泊数は減らさないようにしたいとも。また、お客さんが減る中で、由布院らしくないものは淘汰されて欲しい、という思いもある。いずれも、中谷さんらが70年代に夢見た保養滞在型温泉地の理想が、若い世代によって再確認されているのだ。

 しかしながら、本当にただの縮小でなく「前向き」な縮小ができるのか。課題もたくさんある。淘汰されるのは、外からやってきた「由布院らしくない」ものか、内部の方なのか。「これからが正念場」という言葉を何度も聞いた。

 私が興味を引かれるのは、「前向きな縮小」は観光地だけでなく、日本の社会のすべての領域で今まさに求められているということである。拡大=前向き、縮小=後ろ向きという常識をいかに覆すことができるか。由布院は日本社会全体のフロントランナーと言えるだろう。その姿を私は研究者としてだけでなく一人の訪問客として支持するし、応援するきもちを広げて行きたいと思う。

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