きのうはけっこう伸びてきたニンジンを間引いた。間引き菜がこの畑からのはじめての収穫(?)だ。葉っぱは油でいためて甘辛く味付けしたらとてもおいしかった。ニンジンのあかちゃんのようなほそい根の部分はみそ汁の具にしたら、独特の香りがあっておいしかった。
連休最終日にはトマト、キュウリ、ナス、ピーマンなど夏野菜の苗を植えた。ジャガイモも青々として生長は順調だ。草取りの手を止めて、ふと目を起こすと、夕日が沈みかけていた。空は紫色に染まって美しかった。
その時、農地というのはおてんとうさまからの借り物なのかな、とふと思った。もちろん地主さんは別にいらっしゃるが、そういう人間のしがらみを超越したところで、ある面積にふりそそぐ日の光を利用して、そこはあんたに貸してやるからそれで生きていきなさい、とおてんとうさまは言っているような気がした。
製造業などとはちがって、農作では作物を作るのは人間ではなく、太陽の光を吸収して勝手に生長する植物そのものだ。人間はその手助けをするのにすぎない。前に愛知県安城市の場合で計算してみたら、安城市の面積にふりそそぐ太陽の光のエネルギーはどれほどのものかというと、安城市民が家庭内で消費している全エネルギーのざっと1000倍ほどもあった。農作もその太陽エネルギーのお裾分けのひとつのカタチというわけだ。
太陽の光は誰の上にもどの地域にもふりそそぐ。ありがたく、上手にいただいて暮らしていきたいものである。
僕たち日本人の理想の自給自足を少しでも確保しようと実践されている高野さんの姿勢が究極の人間の幸せの姿だと思います。
僕にはしようにも土地が近くに無いのです。
輸入している窒素、燐を減らすにはそれぞれ個人がどれだけ自分の食糧を自前で調達するか、そこに懸かっていると思います。
究極的には半農半Ⅹという生活をすることによって、食糧の輸入を減らし、物の移動を減らすことが持続可能な社会の建設に必要だと思います。
僕もこの夏からプランターによる自前の食糧確保に挑戦したいと考えています。