世界有数の造船技術を持つとされる日本。
しかしいま、豪華客船の建造能力を喪失する危機に直面してます。
造船業界のリーダー、三菱重工の失敗
日本の造船業で「悲願」ともされた、豪華客船の建造。
その灯が消えてしまうかもしれません。
三菱重工・長崎造船所が現在、ドイツの豪華客船建造において、当初予定の納期を9か月間引き延ばさざるを得なくなっています。
それだけでなく、受注船価の165%増しにあたる1646億円もの損失発生が確定。
これは造船の常識からすれば、けた外れの損失です。
さらに工程の再遅れも起きていると見られ、「このままでは今年12月の新しい納期も守れるかどうか」という綱渡りの操業が続いています。
業界内からも「三菱さんの、次のプロジェクトへの受注取り組みは実際上、無理だろう」という見方さえ出ています。
韓国・中国の追い上げのなかで、付加価値の高い客船建造にシフトしていこうとした造船業界のリーダー、三菱重工の失敗は、日本の造船業にボディブローのように効いてくるのかもしれません。
日本で豪華客船を建造できるのは事実上、三菱のみ
三菱重工・長崎造船所の香焼工場(長崎市)。
日本最大の規模を誇るこの造船所では現在、ドイツのクルーズ会社アイーダ・クルーズ向けの豪華客船「アイーダ・プリマ(12万4500総トン、3300人乗り)」を建造中です。
これは三菱にとって、創業以来101隻目という記念すべき客船となります。
豪華客船は、部品・機器類が1200万点に達し、建造には高い“実力”が必要。
これまで三菱重工はその“実力”を持っており、新時代の豪華客船建造を再開した1989(平成元)年以降でも、国内外から6隻を受注し建造。
この間、欧州の造船所以外で、豪華客船の新造を手掛けたのは同社だけです。
現在の日本で豪華客船を建造できるのは、事実上同社のみといえます。
三菱重工は、2004(平成16)年に就航させた「ダイヤモンド・プリンセス(11万総トン)」の建造中に火災事故を発生させた苦い経験もあり、一時、客船の新規受注を中断します。
その後、工程管理の強化や新技術の導入、設備投資などを行い、万全の体制を組んで、アイーダ・クルーズから2隻を受注。
2013年6月に第1船の「アイーダ・プリマ」を起工し、今年3月の竣工を目指していました。
しかし三菱重工は船主から大幅な設計変更を求められ、やり直しなどで大混乱に陥りました。
当初の納期を過ぎた今年2015年5月8日には、第1船の納期を半年遅らせ、今年9月とすることで船主と合意。
合計1336億円の損失を引き当てると公表しています。
その後も三菱重工は、並行して建造中の2隻目とあわせて、現場に工員を総動員して建造を進めたものの、1隻目の納期を今年12月まで再延期。
さらに309億5300万円の追加損失が出ることが明らかになりました。
さらに第2船の引き渡し時期は公表されておらず、「合理的な損失の引き当ては完了した」(10月30日、三菱重工)としているものの、追加損失もあり得るという状態が続いています。
ドイツ船が日本最後の豪華客船に?
なぜ、三菱重工はこのような事態に追い込まれているのでしょうか。
同社では理由として、公式に「プロトタイプの建造」という船主の要求に応えられなかったことを挙げています。
つまり、船主が期待した新船型の開発に応じ切れなかったということですが、設計・製造を含めた三菱重工の“現場力”の劣化を指摘する声は、社内外から出ています。
同社は今後、一種のリストラ策として、客船部門を「エンジニアリング事業」に組み込む方針です。
しかし「エンジニアリング事業」の具体的な内容は明らかにされておらず、同業の造船会社も「受注リスクを負わず、製造など担う中堅の造船所や海外の造船所に協力するといったイメージかもしれないが、(三菱さんでさえ上手くいかなかった大きなリスクがある)客船建造に取り組む造船会社はあるのだろうか」と話します。
いずれにしても、このドイツ船には3隻目の建造計画があったほか、日本のクルーズ会社の客船も代替建造期に差し掛かっています。
日本で唯一、豪華客船に取り組んできた三菱重工について、客船建造の継続を期待する声がないわけではありません。
当面は、今年12月に引き渡しが迫るアイーダ・クルーズの第1船と、来春に竣工予定の第2船を無事に建造することが課題です。
しかしこのままでは、これらドイツ船が日本の造船業が手掛けた最後の豪華客船になる可能性もあります。