マニャーノ4日目(9月19日)
シンポジウムも今日が最終日、レクチャーにはそうそうたる顔ぶれが。
でも、始まる前に村に一軒の商店へ筒井さんと食料の買い出しに。日本のお店と違って昼休みがあるから、昼に昼メシを買いにいってもアウト。コンビニの便利さに慣れ切っている私たちは、それが分かってはいてもマニャーノに来て以来ずっとアウトだった

。今日こそはと、レクチャーが始まる前に勇んで出かけて、初めてセーフ

その商店は日本の田舎にもよくあるような小さなスーパーマーケットみたいな雰囲気。奥に、ハムやチーズの塊が入った冷蔵ケースがあって、その場でスライスしてくれる。チーズが2種類あって、おばちゃんが説明してくれるけど、もちろんイタリア語だから??? そしたら、少し切って試食させてくれた。ハムは、全部生ハム。10種類くらいありそうだ。見た目で見当をつけて2種類頼む。そこでたぶんおばちゃんは「何グラム?」と聞いたに違いない、返答に困っていると、"Cento grami?"「100グラム?」とおばちゃん、すかさず "Si si" とわれわれ。パンは、堅くて叩かれたら痛そうなものが大きな木箱に無造作に放り込まれていて、手頃な大きさのものを一つずつ。これで昼メシはバッチリ。
で、レクチャーはというと、Koen Vermeij が Ch. G. Hubert と Tafelklavier というテーマの発表。彼は、The Hubert Clavichord Data Book の著者で、この本は、現存する Hubert の楽器17台についての考えうるすべて要素を図、あるいは数値であらわしたマニアックなもの。その後、シンポジウムの主催者の一人 Bernard Brauchli が、彼の専門のクラヴィコードのイコノグラフィーについてまだ知られていないいくつかの図像を紹介した。
午後の二人目に、Derek Adlam が私の楽器を使うことになっていたので、生ハムとチーズをはさんだサンドイッチを平らげてから、早めに会場に行って調律。そしたら、午後一番の Norberto Broggini が自分も使うという。なんだかよくわからないけどもちろんOKして、午後のレクチャーが始まった。
Norberto のテーマは、Haydn in Spain and South America というもの。スペインと南アメリカでのハイドン受容の初期の様子を現地に残る手稿譜などから探ったもの。スライドあり、演奏ありで分かりやすかった。それに比べると、Derek のレクチャーは、ハイドンの独奏鍵盤曲に於けるクラヴィコードの役割を論じたものだったが、カタコト英語レベルには難しすぎ

前の晩に、Peter に、君の楽器はどうして蓋が折れるようになってないのかな?と聞かれたのだが(大型のクラヴィコードは、上蓋が手前からちょうど鍵盤の奥行きの幅のところで二つに折れるようになっているものが多い)、やっぱりこういう場面

では、それは必要だった

シンポジウムのまとめ。左から、Bernard Brauchli, Peter Bavington, Derek Adlam, Gregory Crowell
最後に、なにか気がついたことはありませんか?という問いが司会者からあると、あそこはもう少しこうした方がいい、とか言う意見が次々に出る。シンポジウム全体をとおして印象に残ったのは、演奏家、研究者、製作家、愛好家と参加者全員が対等に意見を交わす姿。
レクチャーが終わって、楽器をまた展示会場に運び、どこに置こうかなとキョロキョロしていたら、Peter が「あそこが空いてるから置いたらどう?」と言ってくれたのが展示会場の中の特等席。シメシメとばかりに置いたところへイタリアのテレビ局が取材に来た。

Bernard が日本からも参加者があってとか説明して、居合わせた Norberto が弾いてみせているところ。この状況はちょっと可笑しかった。

オリジナルのピアノ(Tafel Klavier)。Christian Baumann (Zweybrücken, Germany), c. 1775 FF-f3, B. Brauchli collection.

Peter Bavington の楽器。basede on the only surviving J. J. Bodechtel (late 18th century). BB-f3 diatonically fretted

Jean Tournay の楽器。上が unfretted after Friderici (1773), FF-f3 下が fretted C-c3, after anonymous from the beginning of the 18th century
夜は、最後のコンサート。Ilton Wjuniski がレクチャーで紹介した Wilhelm Rust のソナタを4曲。とここまで書いて、10月12日のブログに書いた Rust が別人だったことに気づいた

Ilton の紹介した Rust の生没年は1739-1796、私が勘違いした人はこの Rust の孫だった。じいさんと孫が同じ名前とはややこしい。で、この Rust の作品は、18世紀後半の音楽としてはモダンな響き。でも、4曲も聴くとみんな同じに聞こえてしまうところが、一流になれなかった所以?
とりが Derek Adlam で、オリジナルの Tafel Klavier を使ってハイドンのソナタを2曲。正直言うと、シンポジウムも4日目、時間も夜11時を過ぎていて、もう疲れてしまって

。あーもったいない。
コンサートが終わってから、Jean の車で村まで帰って来たところで、ちょっと呑もうという。時間は12時をまわっていて、えっと思ったけれども、例の食堂へ行くとおっちゃんは起きて待っていた(らしい)。入れはいれと招き入れられて、みんなでグラッパを注文。そこへ、三々五々他の参加者も集まって来て、にぎやかになる。やっぱりあちらの人はタフ。二日目のコンサートで弾いた Susan Alexander-Max が私たちのテーブルにやってきて、日本に行きたいんだけど日本にはクラヴィコードはあるのか…?という。よく聞くと、コンサートや公開レッスンをしたいのだが可能だろうか?というような話だった。失礼ながら、お歳は60過ぎとお見受けしたが、すごい情熱だ。ここでも、日本のクラヴィコード協会はどうなってる?という話に。そう、あちこちで、筒井さんと私は、お前たち二人でなんとかしろ、と迫られていたのです。