曇彌にその旨報じければ、夫人、心裡(しんり)に悦び稍(やゝ)夜も更闕(ふけた)ければ盃盤を納めて、
別殿に妹夫人および従い来たりし女官を寝さしめ、その翌日また摩耶夫人に対面し、斯くて御
身を数日留めまほしにけれども君の叡慮も量りがたければ、ひとまず青龍城へ帰りたまえ。再
び迎えをし、妾もまた参りてこと問まいらすべしと申されけるにぞ。妹夫人も名残は尽きされ
ど淨飯王の待ちわびたまわんを思(おぼ)し召して、再会を約し、別れを告げて青龍城へぞ帰
りたまいける。その後にて憍曇彌は急に両道士を招き寄せ、いかにや両人、妹夫人
が形容を写し取りたりやと尋ね問わるゝに、儀伯、無間したり顔に答えるには、妙后少しも
意(こころ)を労したまうことなかれ。遊楽の間に詳しく写し取りそうろうとてその形代を出し見
す。憍曇彌夫人是を見らるゝに、その面貌はさながらその人に似たれども、五躰はいと怪しく
忌まわしければ、その故いかんと問わる。両道師が曰く、是、道家の秘法にて面頭羊米(ようべ
い)を月中の水を取りて洗うこと七度(たび)。しかして後、粉となして是を造り、五体は羊米、
藁(わら)にて束ね、水火木金土五形の串にて接合(つきあわ)せ、青黄赤白黒五色の絹
にて是を巻き頭に箭(や)をさせそうらわなり。この形代(かたしろ)に百八十根の釘を刺して土中
に埋(うづ)み秘法の供物、焼香を具え、丹誠をを凝らし祈りそうらへば、胎子を母親の
筋骨(すじぼね)に梱(から)み付け数年を経(ふ)るとも出生することを能わず。終に母子の命を断(たゝ)
んこと疑いなくそうろうと、さも誇りに云いけるにぞ。夫人歓喜に勝てず、さらば急ぎ調伏の
祈りを始めそうらえと命ぜらる。両道師、了承し、地位を考えて土中を掘ること七尺件(くだん)
の形代に、百八十根の釘を刺してこれを埋(うづ)み、その周りに四箇の壇を築く。東方を息
祭壇と号(な)づけ、西方を敬愛壇と号づけ、南方を増益壇と呼び、北方を調伏壇
と云う。さて祈りの具には木瓜(ぼけ)の花を華鬘(けまん)とし、白蛇の膏(油)を洒水(しゃすい)に湛(たゝ)
え燈火には蝦蟇の油を注ぎ、焼香塗香(しょうずこう)には豺狼(さいろう)の骨を焼き、四方三尺の白刃を
立て、その余種々の供物を供じ、儀伯、無間の両師、髪を乱し跣(すあし)になりて壇に上(の
ぼ)り、“天血妄地血妄業妄七徳七性五形位内縛外縛屠閉”の法業縛
磐拆無明の印種々の秘訣を尽くし、肝胆を砕きてぞ祈りける。さればこれが
ために欲界色界の悪鬼邪神万気の悪霊を駭(おどか)して調伏の壇上壇下、震
動し、護摩の烟(けぶ)り黒雲のごとく立ちあがり恐ろしというも疎かなり。儀伯、無間の両
道師はかかる奇特を顕して、益々図に乗り、息災壇に儀伯迎(むか)えば敬愛壇
に無間立ち、増益壇に無間向かえば調伏壇に儀伯立ち、互いに周(めぐ)り回(めぐ)りて黒汗
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