TREK&RIDE

山と自転車!

スズカ8時間エンデューロ’07 8ソロ参戦記

2007-11-28 | 自転車
レースが終わって既に3週間以上経過していますが、記録更新をめざして自分なりに奮闘した6時間の記憶を、少し記しておこうと思います。

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2007年11月4日

東の空が白みはじめた頃自宅を出発。オレンジ色に輝く鱗雲に気をよくしながらサーキットへ車を走らせた。
パドックに車を停めて自転車を下ろし、ソロ組テントへ向かう。冷え込んだ空気のなか、緊張か武者震いか…ブルル。
8月のシマノロードレースで後続選手に接触されて落車して鎖骨骨折を負った先輩も僅か2ヶ月少々での復活レース。いきなり8ソロエントリーとは…その超人ぶりに唖然。
他に4時間にエントリーの仲間も一緒になり、8時のスタートまで暫しリラックス。少しでも体力を温存するため試走はパスした。

出走10分前近くになって集合場所へ。既にコース上は選手でいっぱいだ。8ソロにエントリーした僕たち3人はコース右手後方でスタートを待つ。かなり寒いが、スタート後はなるべく長時間の集団走行でタイムを稼ぎたいので、そのうち脱ぐ羽目になるウォーマー類は身につけない。

8時00分スタート。
この位置から先頭集団に追いつくつもりはない、いや追いつけない。
狙いは3分後にスタートする4時間エンデューロの先頭集団。彼らがやって来るまでは適当な集団で流しておき、その後この高速集団に乗り換える作戦だ。もっとも4時間の先頭集団は新幹線級の速さなので、その次の特急列車あたりが狙い目か。

はじめの4周のラップタイムは9分台前半。出足はこんなもんか。
5周目は4時間組の新幹線に乗って7分55秒。この日の自己最速ラップとなった。
新幹線からは直ぐに千切れて6周以降は次発の特急列車に1時間ほど。
それほど大きな集団ではないため時々先頭交代にも加わる。某強豪チームのエース様の後ろに付かせていただいたり、ちょっと前に出てみたり。
去年は集団後尾でひたすら金魚のフンに徹するのが精一杯だったので、少しは力がついたのかもしれない。

10時00分頃
ここまで1時間56分で13周。
空腹を覚えたため、走りながら補給タイム。フラスクに入れたパワージェルを流し込む。3:1(水)で希釈したので飲みやすい。この周10分10秒。
再び3周ほど、9分台の列車でまわす。

10時40分頃
ピットにチームメイトを発見したので、つられて僕もピットイン。
ピットに戻るとどうしてもドカッと腰を下ろして10分近く休憩してしまう。これで1周回遅れになるのは勿体ないので、今年はなるべく流れ作業で補給を行い、直ぐに走り出すイメージ。実際はバナナやらゼリーやらに手が伸びてムシャムシャゴクゴク…結局この周のラップ17分24秒、あまり進歩なし。

暫くいい集団が見つからなくて10分台のスピードで寂しく一人旅。そこへチームマトリックスのジャージが前後を固める集団がやってきた。これに乗らない手は無い。
プロが先導してくれるこの集団はペースが一定で至極走りやすい。特に先頭のプロ選手に続いて2番目の位置で走った周回は空気抵抗も全く感じず、ピタッと吸い付けられる感覚。平坦では殆どペダルを漕がなくても心地よく前進する感じが走っていてとても楽しかった。

12時03分。
ここで4時間エンデューロはゴール。次第にコース上はライダーの数が減ってゆく。引き続きマトリックス・トレインに乗り続けるがそろそろ限界。

12時40分頃。
再びピットにチームメイトを発見してつられてピットイン。
この日2回目の休憩。この時間で休憩をすると16時のゴールまでにもう一度休憩が必要かもしれないが、気力で負けてエサを貪る。トイレにも行きたくなったので順番に並ぶ。ところが本番になると…デナイ。全く無駄な時間をロスしてしまった。この周回のラップ20分00秒。

何周回目だったか記憶は定かではない。5時間半を経過し、6時間が近くなろうとしていた頃か、前方にオレンジ色のジャージを着た先輩が走っているのを発見した。
レース前までよく「いけるとこまで交互に先頭交代して…疲れらあんたに先頭引いてもろて…」とお互いいろんな妄想をしていたが、この日一緒に走れたのはこのあたりの2周回ほどだけ。一旦レースが始まってしまうと、それぞれのペースがあってなかなか一緒には走れないことが分かった。もう少し列車を作って走ることができれば、また違ったレースの組み立て方、楽しみ方があったようにも思う。
暫く併走して口々に「疲れた~」「もぉええわ~」と弱音合戦。その後、後方から快速列車がやってきたのでこれに付いてゆく。彼はこの列車に乗っただろうか。

14時07分。36周回通過37周回目へ。
ラップタイムは11分台に落ちていた。確実に体力は消耗していた。もうスプーンカーブ手前の上り坂をダンシングで駆けるのもやっとの思い。
スプーンカーブを大きく回り込み、少し一息つく平坦路を「あと2時間で10周走れたら…」と考えごとをしながら走っていた。かなりダレてきていた時間帯。

スプーンカーブの先、コースがやや左手にカーブを切り、緩やかな下り坂となるあたり。
前二人に付いて走っていたが、この二人にどのあたりから付いて走っていたのかは覚えていない。
疲労感そして考え事。完全に集中力を欠いていた。
そのような状況下であの落車は発生した。

ここからは僕自身の記憶は不鮮明であり、多くは事故後の伝聞と自己の記憶を辿っての回想である。

突然前を走る二人の体がグラついた。一瞬「何やってんだ、コケルぞ!」と思った。(前二人のタイヤ同士が接触したのではないかと思う)
無意識でブレーキをかけたのか、驚いてビクッと反応してブレーキングにつながったのかは分からない。
次の瞬間、後輪が大きく浮き上がり、路面に対して垂直になった姿勢を鮮明に覚えている。妙にスローモーション、「あっ!」と思うだけで何も出来なかった。そこで一旦記憶は止まる。

ヘルメットを抱えてうずくまる自分。後方から「落車」「落車」の大声。
記憶の中で僕は自転車を左手で引いてコース外に歩いている。しかし実際自分でコース外に出たのか、誰かに引かれていったのかは分からない。
頭を抱えて倒れている僕の周りに人の気配があった。「大丈夫ですか」
あっという間に救急車が来て背中に担架が回り、体を揺られて救急車に乗せられる感覚。その時先輩が近くにいることに気づいて「おってくれたんや」と話したことはよく覚えている。

後日、落車現場で助けてくれた先輩に聞いた話ではこうだ。
僕の数十秒後方を走っていた先輩は僕の落車シーンは見ていない(もう少し近ければなかなか派手な転倒シーンが見られただろうに…)。落車してコース脇でうずくまっているのがたまたま僕だと分かって停まってくれたらしい。その時僕はコース外の芝生の上にいたようだ。さらに、別のチームの方が停まってくださった。無線機を携行していたこの選手が落車の発生を報告、救急車を要請してくださった。そしてサポートと救急車が到着して、僕は収容されたのだそうだ。その間暫くの時間が経過している筈だが、僕にはその間の記憶が乏しい。
この間、僕は何度も「おってくれたんや」という言葉を繰り返していたらしいが、僕は何度も言った記憶は無い。別の先輩談では「脳震とうやろ」ということらしい。

救護室に運ばれた後の記憶はほぼ正確。
担当医の所見では脱臼ということだった。脱臼と診たてられた僕は診察台にうつ伏せにされ、肩をおろして重りを持たされたりもした。
背中には擦過傷も負っていたのでガーゼによる応急処置がなされた。
当然直ぐに病院に行く必要があるので救急病院をあたってもらい、津市内の病院に連絡を取っていただいた。
救護室での記憶が「ほぼ」正確と書いたのは、僕が自転車のことを気にしていたらしいのだがその記憶があまり無いため。

暫くして先輩の車が救護室に横付けされ、病院まで送っていただくことになった。車後部のキャリアには僕の自転車もきちんと積載されていた。
自分ひとりでは何も出来ずに慌てふためいていただろうが、何から何まで先輩方のお世話になり、自分はただ三角巾につられた腕を抱えて神妙にしているだけだった。

こうして8時間の完走を果たすことなく、先輩方に大迷惑をかけてサーキットを後にする。

16時頃病院の待合室。
救急外来が多いのか直ぐには診察してもらえない。僕の車を搬送してくれているもう一人の先輩が到着するまで、待合室で診察を待つ。そのうち、その先輩も到着して僕の身を案じてくださる。このまま診察を待っていただいても先輩方の帰りが遅くなる(サーキットに戻って先輩の車の回収をしなければならない)し、脱臼の治療をしてもらえばタクシーで帰宅できるので、ここで先輩方には先に帰っていただく。とんだドジを踏んでしまいゴメンナサイ。

そして漸く診察。先に撮ったレントゲンを見ながら当直の先生が言った言葉に僕の頭は真っ白になった。
「あ~、骨折れとるわ」
「手術せなあかんな」
「腱も切れとるし」
「今夜から入院な」

全く予想もしていなかった事態に泡を食う。
入院のことで頭がいっぱいになり、頭部の検査のことをすっかり忘れてしまう。
ナースステーションで頭も打っていることを訴えると「先生に言ってもらわんと」とムッとされる。が、すぐにCTを撮る手配をしていただいた。
CTを撮ったら早速タクシーで帰宅。まずは必要なところに連絡をいれて入院準備をする。
着替えや身の回りの物を整えたところへ職場の上司が駆けつけてくださり、病院まで送っていただいた。

あぁ、僕やってしまいました…
今夜からこれまで想像だにしなかった入院生活の始まり。
コンビ二で買った助六寿司を消灯間近の病室で食べながら深くため息をつく。
その夜は背中の擦過傷の痛みで殆ど眠れないまま朝を迎えた。

この日の記録(自己計測による参考)
走行距離 210.4km
走行時間 6時間02分(停止時間含まず)
平均時速 34.9km(停止時間含まず)
累積標高 1,965m+
消費熱量 5,319kcal

最後になりましたが、落車直後にレースを中断して無線機で救護を要請してくださった選手の方にこの場をお借りしてお礼申し上げます。どうもありがとうございました。

退院しました

2007-11-24 | 自転車
21日間の入院生活を経て、今日自宅に帰ってきました。
久しぶりの娑婆の空気?とはまたまた大袈裟ですが、送っていただいた先輩方と、まずは鰻屋で退院祝。一応ビタミンD補給も兼ねています。

帰宅後は洗濯やら掃除やら…もう自分でしなければならない筈なのに、なぜか窓掃除までしていただき…入院前よりすっかり部屋が綺麗になってしまいました、ごめんなさい。

今、部屋に一人になり、破れて血の滲んだジャージを横に置いて、この記事を書いています。

今回の落車では頭から垂直に路面に落下しましたが、頭部や頸椎に怪我が及ばず、普通に鎖骨骨折で済んだのは幸いだったと思います。
まずこうして元気な姿で退院できた事に感謝しないといけません。

そして、今回の怪我の発生から入院、退院までずっとお世話してくださった自転車仲間の先輩方はじめ、職場、友人の方々には大変お世話になりました。
このブログにもご心配や励ましの言葉をいただいて感謝の気持ちで一杯です。
本当にありがとうございました。

皆様からいただいたご厚情に対して今僕が出来ること。
それは一日も早い回復、一日も早い“復帰”です…?
骨がくっつくのは概ね3ヶ月と言われましたが、人によって大幅に遅れる場合もあるそうです。
まずは順調に2月上旬にボルト除去手術が出来るように、日々の生活に気を付けながら、太っとくて丈夫な骨作りに努めたいと思います。

さ~て、今日の晩飯は何にしよっかな~

退院カウントダウン

2007-11-21 | 自転車
チクッチクッと痛いような、少し気恥ずかしいような…おかげさまで順調に抜糸に至りました。
肩にはムカデのような手術の痕。これでやっと半人前の自転車乗りってとこですか。

大きく息を吸うと胸に痛みがあるので、昨日肩とあわせて胸骨のレントゲンを撮りました。今日の回診で胸骨には異常なしとのこと。右肩の筋肉の痛みとともに経過観察です。
肝心の鎖骨の方はレントゲンでも順調のよう。ただ骨折時に砕けた骨片の一部が肩の筋肉に刺さったまま残っているらしく、肩を触ってみるとこれが意外とデカい。骨片はそのうち筋肉に吸収されて消えてしまうそうですが…欠損した骨の部分は元どおり再生されるのか?どうなんだ?

今日で入院18日目。未だに夜は二三時間ずつ寝ては起きての状態ですが、いよいよ週末には退院の予定です。

あれはアルプス?

2007-11-19 | 自転車
今朝は入院してから一番綺麗な朝焼けでした。紫がかった水平線から凛とした空気が伝わってきます。そんななか、東の方角に随分と高い山影があります。もしや?と思って最上階に上がってみると、見えているのはやはり南アルプスのようです。その左手には恵那山、さらに中央アルプス?
自信がないので地図で確認したいところですが。三重県の平野部からでも結構山岳展望が楽しめるのですね。あぁ、地図が欲しい~。

昨日時雨模様だったという鈴鹿の山には、より一層厚い雲が垂れ込めています。鈍色の雲のスクリーンに鮮やかな虹が架かっていました。
一方、伊勢湾には今朝の冷え込みのためか、ポカンポカンと浮島が。
伊勢国の朝も表情豊かです。

北風と太陽

2007-11-18 | 自転車
今日も朝から激晴れ。極めて精神衛生上良くない天気です。
ビタミンDを生成すべく、屋上に出てみますが、今日は北風が吹き付けて長居できません。ピューっと冷たい風が体に寄せると、肩の奥が微かにズキーンと反応します。太陽の力もこの北風のキレにはかなわない?
遠く鈴鹿山脈に目をやると、真綿のような雲が滋賀側から流れ込み、冬の訪れを告げているようです。
今日も武平峠に行っている仲間がいます。冬季閉鎖まで間もない貴重な晴れ間。きっと寒さに負けず汗を弾かせて頑張っているはずだ。

太陽でビタミンD

2007-11-17 | 自転車
外は快晴、風も無く。今日は絶好の…洗濯日和です。はぁ…
ここ二三日で左腕がかなり動くようになってきたので、今日は洗濯にチャレンジ、ってほどの事でもないですね。
回診の時間前に済ませるつもりが、干している途中で先生が来てしまいました。アターッ。
慌てて洗濯物を抱えて病室に戻りましたが、「元気そやから、ええわ」と言われてしまいました。看護婦さんには「転ばんようにね」と言われて、あー、恥ずかし。汗かきましたわ。

それにしてもいい天気。日光を浴びると体内でビタミンDが生成されて骨折治療に効果的とか。今日のような日は牛乳飲みながら太陽の下で洗濯するのも回復への近道かも。

真夜中の攻防

2007-11-15 | 自転車
地球が自転を続ける限り、あの憂鬱な夜はやってきます…
夜寝る時、ベッドに仰向けになると肩がグーッと開きます。このため骨が軋む感じがするとともに、そのうち筋肉に疲労が溜まり、硬いベッドがさらに僕の背中を苛めます。憎きはこの星の引力。ベッドを起こして寝てみてもあまり効果はありません。
痛みは徐々に軽減していますが未だに3~4時間で我慢出来なくなり、遂にはベッドの上に正座。実は正座が一番楽な姿勢です。
そして毎夜悩むのです。
飲むべきか飲まざるべきか痛み止め。
痛み止めは術後毎日飲み続けているし、多少の痛みならそろそろ控えた方がいいのか。それに痛み止めを飲むとなんだか負けを喫するような気がして…
「我慢しろ、オレ!」「無理すんな、オレ!」
暗い病室にヌボーっと座る陰気な自分。結局、昨夜も僕の負けでした。
夜明け、今朝も真っ赤な太陽が弱気な僕を慰めてくれます。

骨一本

2007-11-14 | 自転車
今日の回診では昨日撮ったレントゲンを見て経過の説明を受けました。
骨はしっかりボルトで固定されています。カケラ同士が寄り合って一本になった鎖骨が愛おしくも思われました。
昨夜は再び肩の痛みで眠れなかっただけに、先生の「順調」の声に一安心。回診のあと、一人ベッドの上でニンヤリする単純僕でした。

今日の写真は西の空、夕暮れの街。

入院10日目

2007-11-13 | 自転車
今日で入院10日目、術後一週間です。経過はぼちぼちってところでしょうか。肩関節の痛みが気になります。

さて、入院生活の1日は日の出とともに始まります。というのも、消灯が21時と早いうえ、ベッドに長時間横になる体勢が一番肩が痛んで辛いので夜明けが待ち遠しいのです。
起床後の1日は…
7時30分朝食。ご飯、味噌汁、ちりめんじゃこ、ゆで卵。
8時15分ちりとてちん。
9時00分体拭き。
10時30分回診。
11時30分昼食。ご飯、汁物、おかず一皿(魚が多い)。
12時30分検温。
17時00分夕食。ご飯、汁物(無いことも)、おかず一皿(魚が多い)、牛乳があったり。
21時00分消灯。

術後は抗生剤の点滴がありましたが、今は経口薬に。血圧測定もなくなりました。
このように、かなり暇~なスケジュール。
みなさんに気をかけていただいて、ベッド脇にはマンガや自転車系の雑誌が積まれています。今の時期って08モデルの特集組まれてるんすよねー。ある意味、毒です…

写真は今朝の日の出。特捜最前線風に…