西風に吹かれて

日本の西端にある基地の街から、反戦や平和の事、日々の雑感を綴ります。

反核立ち込み?

2013-12-09 20:07:06 | 反戦・平和
午後から雨という天気予報だったのに、もう午前中から降り出した。

こんな日は嫌だ。
今日は「反核座り込み」の日なのに、地面がべちゃべちゃで絶対に座れない。

島瀬児童公園横の座り込み場所は屋根が無いし、結局は商店街のアーケードとの境辺りに雨にふられつつ立つことになる。

午後5時半からなのに、30分ほど前から激しい雨脚になった。

水道局がいつも言う「慢性的な水不足の佐世保市」なのに、今月に入ってから貯水率は100パーセントだ。
「もう、降らなくていいんだよ。」と空に向かって言ってみるが、止む気配はない。

市を挙げてのイベント・きらきらフェスタで公園も街中もネオンだらけだ。



やっぱり雨は止まず、アーケードの端に立った。

こんな日だから参加者は少ないだろうと思っていたが、40人を超えた。

みんな特定秘密保護法が成立したことへの怒りと不安を口にし、原発再稼動は許さないと声を上げた。



高校生1万人署名のメンバーも参加してくれた。

進学して佐世保を離れるけど、他の土地でも平和運動に関わりたいと話してくれた。

まだ10代の若い子たちのまっすぐな気持ちに感激する。

この子たちがいれば、未来は真っ暗というわけではないだろう。

残りの人生を数える年齢になったけれど、まだまだ頑張れるぞ~。


半田滋講演会へ

2013-12-07 20:38:32 | 反戦・平和
県平和センターと佐世保地区労主催の「12.8 平和を考えるつどい」に参加した。

講演者は、東京新聞論説・編集委員の半田滋さん。
半田滋さんは、反基地運動に関わっている者の間では有名人である。新聞の連載記事で数々のジャーナリスト賞を受賞されている。



その半田滋さんが昨夜、強行採決された「特定秘密保護法」と改憲、集団的自衛権、国家安全保障基本法、について話された。

特定秘密保護法は言論・表現の自由を奪うものであり、国民全体への口封じの法である。
採決されても整備しなければならないことが多く、施行は1年以内とされているので、施行させない、また施行したとしても政府に恣意的な運用をさせない運動をやっていかなければならない。

この後、安倍首相が狙っているのは国家安全保障基本法策定、集団的自衛権行使、武器輸出三原則緩和、そして改憲である。
安倍首相の目指す憲法は、現行憲法の国民主権・基本的人権・平和主義とは、真逆のものである。
権力者を縛るための憲法を、国民を縛るための憲法に変えようとしているのだ。



驚きだったのは、イラクに派遣された陸上自衛隊員5.500人のうち19名が自殺(一般の10倍)、航空自衛隊員3.800人のうち6名が自殺(一般の5倍)と言われたことだった。

戦後処理と言う名目で派遣されても、日々の戦闘は続いていたわけで、戦争が私たちに与える影響がいかに大きいか、どれほどの重圧なのかをこの数字は表しているのではないだろうか。

それと、2015年にアメリカから購入して自衛隊に導入予定のオスプレイは大村に置かれ、その運用部隊である陸上自衛隊・水陸両用部隊は佐世保の相浦駐屯地に置かれるとの話にも驚いた。

これ以上の軍備の拡充は阻止しなければならない。

もうしばらくは元気でいなければならない。基地反対運動には休みがないのだ。







弁護団結成

2013-12-05 22:41:56 | 石木ダム
9月6日、国交省による「石木ダムの事業認定告示」があり、これによって土地の強制収用を行なうことが可能となった。



地権者の絶対反対同盟はもとより、水源連(全国水源問題連絡会)を初めとする私たち共有地権者・支援者も法律の専門家である弁護士さんたちに力になってもらいたいと思ってきた。

いざというときに法律の知識がなく、強制収用を許してしまってはならないからである。

幸いなことに、諫早湾干拓事業の裁判に取り組み、開門判決を勝ち取った馬奈木弁護士を団長に北九州、福岡、久留米、熊本、長崎と10名の弁護士の先生方が弁護団の結成にはせ参じて下さった。









馬奈木弁護団長の挨拶の後、かく弁護士の方々からの挨拶もあった。
その後、地権者、支援団体からの挨拶と続いたが、これまでとにかく何かやらなければと、抗議活動や署名活動をやってきていた素人集団の私たちも、弁護団に力になってもらえると思うと力が湧いてみんな元気のよい挨拶となった。





馬奈木弁護士は「裁判は自分の運命を他人に預けることである。しかし、自分の運命は自分で勝ち取らなければならない。」と言われた。

そうなのだ。

これからは、ありとあらゆる場面で法的に全面抵抗をやる。
必ず勝ち抜く。ダムは作らせない。

運動として勝ち、訴訟でも勝つ。

話された一つ一つに勇気を貰った集会だった。


さようなら原発講演会「原発を東京湾に造らなかったのは万が一の事を考えて」

2013-12-02 23:16:24 | 原発事故
O歳からの20年と40歳からの20年では速さが違うと言われたことがある。

「そんなばかな!20年は同じ20年だ。」と笑ったが、近頃、そうかもしれないと思い始めた。
20歳までの1年1年はとても長かったような気がするが、今年などはあっという間だった。もう12月も2日になった。

残りの人生があとどのくらいなのか分からないけれど、80歳まで14年ほど。

これからの若者たち、子どもたちに原発のない社会を手渡さなければならない。
戦争のない、基地も必要としない社会を手渡さなければならない。

そのために私に何が出来るのかを常に問い続け、行動したいと思う。

しかし、デモをやってシュプレヒコールをやるとテロ?



政府に都合の悪いことはすべてテロとみなしていくのか?
何をかいわんや!


久々に大笑いした動画。

さすがニュースペーパー、冴えている。

笑いを力に変えて、問題山積の12月を乗り切るぞ!

さようなら原発講演会「原発を東京湾に造らなかったのは万が一の事を考えて」