日盛りの道の上で

日々の日記と家族のこと、仕事と趣味、雑感少々

帰る場所もやることもない日々

2009-11-30 20:57:37 | インポート

 大阪に3ヶ月くらい住んだことがあります、会社の研修でネットワークセキュリティの勉強をしていたわけです。

 6畳一間の寮の一室に寝泊りして、毎日阪急電車で梅田で降りて中ノ島まで歩いて行ってました、12月から2月までの寒い時期で、足を速めて歩く川沿いのコンクリートで固められた堤防沿いには、ブルーシートで囲った小屋にホームレスの人達が寝起きしていました。

 知った人もいない初めての街で私はひどく孤独で、休みの日は1日中歩き回り、マックで昼飯を食べ、公園のベンチでタバコを吸い、また歩き、本屋で立ち読みをし、日が暮れる頃、寮の私の部屋に帰るのでした。

 帰る場所は寮であり、やることは勉強であったわけですが何故か時間の中を、流れにまかせて漂っていた感覚が今でも思い出されます。

 自分という存在は、他者に確認されること(あるいは他者から肯定されること)によってのみ確認できる、と結論づけるのはまだ早い気がしますが、経験したこととして私の中で消化されているように思います。

 明日から12月、帰る場所もやることもない多くの人々がジングルベルの音を背中に聞きながら、それぞれの困難に向けて戦いをはじめる季節です。


いつかやろうと思っていることは、たぶんずっとやらない

2009-11-29 19:43:03 | インポート

 いつかやろうと思っていて、今年もできなかったことがいくつかあります、理由はいろいろあるけど結局はそれをやらなくても何とかなっているからで、要するにいつかやろうと思っていることはやらなくてもいいことなのかもしれません。

 1.あるIT系資格の取得
 2.バイクにテントを積んで2泊3日くらいの気軽なツーリング
 3.雑多なものであふれた倉庫の整理
 4.歩くとへこむ家の廊下の修理
 5.200キロくらいの日帰りサイクリング

 これくらいでしょうか、覚悟を決めて「よし、やろう」と動き出せばどれもできないことではないのですが、今年中には一つもできないようです。

 できなかったことはまた来年に持ち越されます、来年の今頃、上のやろうと思っているリストが少しは減っていればいいのですが。

 とりあえず優先順位をつけて、時間を見つけて、ひまがあれば、今日は無理だから明日に、きっといつか、、、、


Hard Day!

2009-11-28 22:53:02 | インポート

 朝から霧が濃かったので高速使えないかもと思って早めに仕事に出たらちゃんと乗れました、はい、今日は山鹿で仕事だったので車で出かけました、予定時間の1時間前に着いてしまって誰もいない駐車場で本を読んで缶コーヒー、霧の中から昇る朝日をしっかり見てました。

 予定の仕事は昼までに終わったのですが、別のクライアントが故障の連絡、事務所までサーバ室の鍵を取りに帰って現場に到着が午後2時半、軽い気持ちで行ったのですが、これが結構おおごとになって、何とかサービスを開始できたのが午後7時半、後処理や何やかやで家に帰って今やっと飯を食いました。

 年に何回かあるお祭りみたいなもので、まあ無事に復旧できて良かった、今日は寝ます、明日は何も無ければお休みなので1週間にたまった農作業をやります。

 すべての頑張っている人に、、、おやすみなさい。

 


何のために・・・

2009-11-27 20:55:12 | インポート

 宮沢賢治は「人は何のために生きているのですか。」と聞かれて「人は何のために生きるか、それを探すために生きているのです。」と答えたそうです。

 卵が先か、にわとりが先かに類した問答のようですが、私は苦しいときによくこの賢治の言葉を思い出します、自分の顔を直接自分で確認できないように(鏡に映るのは本当の自分ではないのです)、自分の生き方が正しいかどうかなんて自分で判るわけはないと思っています。

 死して評価が定まるまで、自分の生きる意味を迷いながら、苦しみながら探すしかないのですが、せめて胸を張って矜持を持って生きて行きたいと思うだけです。


声のない路上をどこへ行くのか

2009-11-27 16:51:13 | インポート
 小さい頃(小学校高学年くらい)は毎日帰ってから友達の家に遊びに行ったり、集まって野球やかくれんぼをやっていたので、村の路上は賑やかでした。

 村は狭くて公園なんかなかったので、どこかの家の前や路上や路地が遊び場だったわけで、不思議なことに大声で騒いで遊んでいても怒る大人はだれもいませんでした。

   あれからずいぶん時が経って、村の路上は車が走るばかりで子供たちの声はあまりしません、危ないから道では遊ばないという学校からの指示があるのか、子供たちにとってはひどく窮屈な環境になったものです、学校の運動場ほどでなくても小さい公園が村の中にあればと思います。

 自転車通勤をしていることは何回も書きましたが、このごろ確信するのは道は車のためにしかないということです、歩道を歩いていても横から鼻を出した車が遠慮なく道をさえぎるし、道の端を自転車で走っていると「こいつ邪魔だな」という声にはならないけれどウザがられている気配をひしひしと感じます。

 確かに道を作る財源は自動車関連のあらゆる方向からかけられた税金によるものと理解していますが、少しだけ歩行者やランナーや自転車や車椅子やその他に配慮した道を作って欲しいものです、そうすれば車を利用するのを控える人が今よりずっと増えてくるのではないでしょうか。

 エコをうたい文句にする車を優遇税制の対称にするくらいなら、車を使わなくてもいい環境を整備するほうに金をかけたほうが、ずっと環境にはいいのではと思うのです。