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歴史は人生の教師

高3、人生に悩み休学。あったじゃないか。歴史に輝く人生を送っている人が。歴史は人生の教師。人生の活殺はここにある。

人間の実相を語る歴史人(親鸞聖人の女犯の夢告)

2011年07月24日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(親鸞聖人の女犯の夢告)

親鸞聖人にとって
忘れることのできない
第3の夢は、
大乗院の夢告の直後
さしせまる後生の一大事に
苦悩せられた聖人は、
比叡山を下りて
京都のド真ん中の
六角堂に100日おこもりに
なられたことがある。

六角堂は聖徳太子の
建立なされたものだが、
その本尊の救世観音に
我が身の救われる道があるかと、
必死に尋ねられた時のこと。

その95日目の夜明けに
救世観音が顔かたちをととのえ、
立派な僧の姿を現わして、
まっ白な御袈裟を着て、
広く大きな白蓮華の花の上に
しっかりと座って、
親鸞聖人に次のように
告げられたと、
聖人自ら記されている。

「行者がこれまでの因縁によって
 たとい女犯があっても
 私(観音)が玉女の身となって、
 肉体の交わりを受けよう。
 一生の間、よく荘厳して
 その死に際して引き導いて
 極楽に生じさせよう」
 救世菩薩は、この文をとなえて言うには、
  「この文は私の誓願である、
  一切の人々に説き聞かせなさい」
 と告げられた。
 この知らせによって
 数千万の人々にこれを聞かせた、
 と思われたところで
 夢がさめ終わった」

この夢告の偈文は
『御伝鈔』上巻第3段にも
のせられているし、
親鸞聖人より5年も早く死んだ
高弟の真仏が書写した文書にも
あるので、親鸞聖人の真作と
して今日疑う人はない。

行者とは、真実の救いを求め
仏道修行していられた
聖人を指していわれている。

それまでの仏教には、
僧侶は一切女性に
近づいてはならないという、
厳しい戒律があった。

しかし、色と欲から生まれた人間が、
色と欲から離れ切れない
絶対矛盾に突き当たって、
悶え苦しんでいられた
親鸞聖人に対して、

「もしあなたが女性の肉体と
 交わりを結ぶ時は、
 私(観音)が玉女という
 女となってあげましょう」

と告げられたのは、
ありのままの人間として、
男女が結婚して
人生を荘厳できる
阿弥陀如来の絶対の救済の
あることを、救世観音は
夢によって教導なされた
ものだろう。しかも、

「この文は私の誓願である」

と断言しているのは、
この阿弥陀如来の
絶対の救済のあることを
教えることこそが、
諸仏菩薩の出世の本懐で
あることを告白なされた
ものである。

「一切の人々に
 説き聞かせなさい」

と言ったのは、

「この阿弥陀如来の救いを
 一切の人々に説き
 聞かせることこそ、
 あなたの唯一無二の
 聖使命である」

と救世観音は親鸞聖人に
さとされたものだろう。

「この菩薩の教えによって
 数千万の人々に、
 これを聞かせた」

とあるのは聖人の
開顕なされた真実の正法によって、
どれだけの大衆が
人間あるがままの姿で、
絶対の救いにあって
いったであろうことを思えば、
深くうなずかずにはおれない。

世にこれを、

「女犯の夢告」 とか、
「救世観音の夢告」

といわれている。



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